まだ眠れる獅子の牙/宴会へ
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「お疲れ。あとはやっておくから、好きにしててくれ」
持っていくとそれだけ言われて、自由になった。でも特にすることもないのに好きにしろ、とはどうするか。
朝に『部屋は使ってていい』と言われたけれど、置く家具も書籍もない。仕方なくとぼとぼと外を歩いてみれば、さっきハルにアーカ爺さんと呼ばれた老年が立っていた。
「まあ、そうなるだろうとは思っていたさ。どうだい?どぶろくだが、飲んで話でもしようや」
そして彼は緑の瓶を示し、使い捨てのコップを出して注ぎ入れる。廃材の鉄で作られたテーブルには、既につまみがそれなりに用意されていた。
まあ、いいか。アストラは提案を飲んで椅子に座す。アーカに渡された液体からは、幾分甘いにおいが漂っていて白い。かなり作り慣れていた様子で、後ろにある彼の家らしきバラックには、それ専門の設備のようなものが、ご丁寧に免震構造で据え付けられていた。
アストラは一口含み、幾分香りを見てから飲み込む。存外日本酒のよう。いけるらしい。二人は少しの間そうして時間を過ごした――――そして息を吐き、アストラが口を開く。
「ここでは、長いんですか?」
アーカは彼のコップに酒を注ぐ。
「ああ。24年だ」
手のしわは見かけの年齢以上に深い。
「24年。俺が最年長さぁ」
「24…………アンダーで24…………」
「なに、言われんでもいろいろあったさ。だからこうしてここにいるんだ」
彼は立ちあがり、一息ついたろうと串揚げの鶏肉を出す。そしてラミネート加工された小さな本を出し、読むように勧めた。
ブラウンの合成紙に手書きで書かれたタイトルは、『機械分解法』。どうも昼の作業を新入りに教えるための教本らしく、明日からの為に覚えろよ、とでもいうらしい。
「こいつはやる。新入りにはその前に来た奴から俺が渡すしきたりでな、できるまでは見ながらやるといい」
彼はそう言って串を二本取り、残りをアストラに渡してかじりつく。ぱらりと開いてみれば、どれも雑ではあれど丁寧に構造があった。彼はありがたいと礼をしながら本を閉じ、小さくつぶやいて串をかじる。淡白な味はいつもより甘く、強かに思えた。
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しばらく食事をしていると、仕事終わりらしき住人が集まってくる。
「アーカ爺。少し早いんじゃないかい?」
見れば年は20から30。作業終わりにシャワーでも浴びたのか、ボディソープのにおいが幾分あった。彼らは買ってきた酒を持ち出し、分ける前提で買ってきた多めのつまみをテーブルに並べ、缶を開ける。
「初めまして、新人さんよ。俺たちは歓迎する」
「ようこそ、『コールド・タウン』へ」
そしていつの間にか握らされていたカシスオレンジとともに、アストラに音頭を取れと誘うのだ。
「乾杯!」
幾分戸惑いながら、彼はそう叫んだ。ノリのいい男どもは、こぼす勢いで缶を突き上げた。
「さて、イントロダクションといこうか、新人さんよ!」
勢いのいい男がチータラをかじり、アルコールを飲みいれて続ける。
「こういう時は俺から名乗るのがルールだろう?俺はシャルク・ハネス。ここで出稼ぎのまとめを知れる……外で働くなら、声をかけてくれよ」
シャルクと名乗った男はそう言って腕を叩いて見せた。力こぶを作らずとも乗っている筋肉の音がする。どうも彼自身もガテンに走っているらしい。
「ありがとう。でもしばらくはこれがあるから」
「アーカ爺さんのマニュアルだよな。もちろんだ。俺の仕事は力に知識がいるから、勉強の金を集めてからさ――――でもあんたは割かし知ってそうだが?」
「そんなこたないさ。でもまあ、いつかは世話になるさ」
「そうか。じゃあ次だな」
そして彼の隣からコートを着た女が続ける。
「ウェル・コローネ。仕事はまあ……いろいろ。よろしく」
「こちらこそ」
彼女もそれなりに鍛えているらしく、見えないところに筋肉がしっかりとついていることが見て取れた。握手を求めているので、アストラは手を取って軽く握った。相手も軽く返したようだが、十分に成人男性並みだ。
「ライフラインの担当してるから、困れば……っても、困ったとき連絡するかもね。見込まれたんだから、それくらいはできるでしょう」
「……善処しよう」
続いて差し出された合成肉バーを開けながら、アストラは答えた。それが聞ければもう他に要らないとばかりにウェルはそっぽを向き、机に置いていたつまみを取って酒をたしなむ。
「あと、電気系は自分で何とかして。バッテリーを契約するなり、なんなりさ」
忘れてたとばかりに彼女は、タッグを見てそう立ち去るのだった。
「あいつ、なんだかんだでいろいろ担当してて……多分今は、水道周りの更新で忙しいんだわ。悪いな」
アーカが肩をすくめた。
「いえいえ――――ってことはここには、水とガスはあるんですよね?」
「風呂はまだだったか。行って来るか?」
「悪いですが、そうします」
「おうよ。ちょいと道あけてやんな!」
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替えの服はないがタオルだけは持ち込んできている。だからとりあえず全部脱いで置いて、ブースに入ると人がいた。
「……ハル?」
驚きながら前を隠すと、それはハルだった。隠す気もない彼女は隣の棚のタオルを取り、拭いて着替えてアストラに言う。
「……その顔、まだなじめてないって感じね」
襲われるなんてことを考えてもないらしい。朝のとよく似たデザインのシャツを羽織り、ボタンを閉じていく。
「そんな早く出来たら、苦労もしないよ」
「でも、悪くはないって感じだけど」
ショートカットから水を雑にぬぐい、彼女は続ける。いつの間にか宙に浮いていたズボンを履き、ひもで結んでタオルに下着をまとめながら。
「まあ、そうではあるが」
入れ替わりにアストラが入る。石鹸はないからとハルが自分のを無理に貸し、彼女はついでにとタオルまで置いていくのだ。
「ならいいわ。宴会で待ってるから」
ありがとうと言う暇もなく、おそらくルンルン気分で彼女は走り去った。いや、使っていいのはありがたいが、女物…………。
自由なものだと、彼はあきれながら湯を出した。
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