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まだ眠れる獅子の牙/休もうか、休もう

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工事現場を飛び回るのは、解放されたように身軽な影。外見年齢的にはパワードスーツの一つでも欲しいところなのだが、それなしで十分に持ち上げられるくらいの力があるらしい――――男は柱を的確に組み付けると、溶接機を取り出して見事にくっつけた。


「よし、今日はこれまで!ノルマより速いから日当も弾むぞ!」


その下で現場監督が喜ばし気に語る。それもそのはず、一人がここに来てから一気に作業ははかどりはじめ、上から工賃削減につながるとして評価が上がっていたからだ。


予定通りの構造通りに組みあがったゆえ、降りてくる作業員たちに支払いを勧めながら彼はどれくらいネコババできるかなと楽しむ。短縮分を単純に入れているわけではないのを誰も知らない――――というより、わかってはいても休暇と新たな日雇いの為に言い出すことは無い。そこで訴えられでもしたら、純粋に無駄だ。


彼らはタッグに振り込まれる金を確認して、今日が終わったと着替え、退勤措置をとる。そして歓談し、酒でも飲み。好き勝手なことをするのだ。


もちろんそれは、アストラ・リベルタスも同様。彼はどうしてか楽な肉体仕事で、気ままに書物をたしなんだりと自由をしていた。


身分証明などのいらないゼロゼロ物件に住み、現金可能のスーパーでネットの金を手に入れる。雑な手法だけれど、そのおかげで配送だのもしてくれるようになって、だから気に入りの作者も取り入れができるようになって。ネカフェでわざわざタッグを買ったのも、そこら辺を楽にするためで。


そうして彼は今日もまた、手に入れたミルで豆を挽く。今日の豆はアラン・バート。ブルボンの改良種で、具合はフルシティだ。


香りはそこまでたたないが、コクの多いもの。けれど少しやりすぎたようで、苦みの方が多かった。


「酸味……少しほしいな」


彼はおいていたタグレースにどのくらい燻したかを打ちこみ、明日はもう少し軽くしようかなとして息を吐く。冷蔵庫からミルクを取り出し、ほんの少し落として飲み込んだ。


最近どうもコーヒーがうまい。技術が上がったからかもしれないが、豆が良く見えるようになったからかもしれない。思えば今までよりは何かが強まっているような感覚もあるが、そんなこともまあどうでもいい。


彼は復旧の進む街を見ながら、かつての自分を思い起こしてカップをあける。


してしまったことへの贖罪と、そのためにこの日常を作り直すこと――――それが彼の今の行動原理だった。


タグレースを折りたたんでスリープモードにし、ベッドに投げたタッグをとって小説を開く。睡眠導入剤代わりになっているツァラトゥストラは、いつになったら読破できるだろうか。


布団の感覚を確かめながら、彼は電子のページを進めていった。


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やはり昨日も、50は進まなかったか。


オートで落ちている明かりを見て、彼はカーテンを開けてノブを回した。蛇口の水で適当に顔を洗い、冷たさで目を覚ましてタオルに埋もれる。


カラっと晴れた空には、雲一つもない――――そもそも雲は出来ようもない世界ではあるが、それでも雰囲気のための物はある――――それがどうも、少しはまともに生きろよと、許しの為に生きろよと、彼に言うようだ。


踏み出したばかりの新しい日常。それをつぶすつもりも、書き換えるつもりもはたはたない。


コンロにポットを置いて火にかける。冷蔵庫の卵を取り出し、油をひいたフライパンに放り投げるようにして広げる。すぐに白色に染まるので、半熟のままに取り出してトーストに置いてテーブルで待ち、昨日の残しを蒸らしてそそいだ。


タグレースをつけると、今日のニュースがやっている。どうやら芸能関係のスキャンダル――――麻薬使用らしい。


「昨日アイラ・ハラバナイト・ミリアルド氏が麻薬取り扱い法違反で逮捕されました」


その声と共に代表作が示されて、まるで生まれつきそんな人物かとでもつけたしたいらしい。逃げる被告とでもしたいのか、前日にコンビニに行く様子を撮影した映像が表に並ぶ。


「被告は容疑を否定せず、『全て自分の弱さが原因だ。悪かった』などと述べています」


キャスターは一端の落ち着きののち、そう語った。


どうせこの後に気ままなタレントが何かを言うんだろう。アストラはチャンネルを変えてため息を吐いた。


「公開処刑、か」


数年前にも、知り合いの女優がらみで痛い目にあった。彼女が死んだとき、本当に本当にあのメディアスクラムには痛いほど。


自分のアカウントに隠しで保存してある彼女の画像を思って、彼はまたため息を吐いた。


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部屋の掃除を終えて、風呂をたわしに洗剤で磨いて、洗濯を終えて。一通りをしてから彼は家を出た。腹ごなし程度の食事なので、いつものように外で食べるつもりなのだ。


「おはようございます、リベルタスさん」


隣人の女性がそう語った。


「ああ、フェスタさんですか…………今日も元気でなによりです」


「今日も朝からお仕事ですか?」


彼女と同じようにゴミ袋を持つアストラは、肩をすくめて答えた。


「ええ。食事にしてからそうしようと」


「そうですか……いつもお疲れ様です」


スーツなど着ておらず、見た目にわかるくらいには力強い。彼の姿を見れば、この町での作業員となっていることが簡単にわかるだろう――――それもあってか、好意的な返事だった。


「すぐに別のところに行くかもしれませんがね」


工事はすぐに移り変わる。少し前の大火災と放火事件も相まって、かなりが立て直し需要なのだから、それが終われば本当にしばらくはどう食つなぐかになってしまう――――ここしばらくの給料のの残りで、節制すればしばらくは生きられるとはいえ、それからは。


「工事は一年は続く見込み……でしたっけ?」


「予定より早く作業が進んでましてね」


「あら、そうだったんですか」


彼女はそれが迅速な復旧と思っているのだろう。こちらにしては食い扶持稼ぎの消し飛ばしだ。


「まあ、そのうちに」


彼はそう言って、手を振り別れた。少しばかり心に突っかかる物があったが、それも半分は自分のせいなのだからと彼は打ち潰す。押し込んだため息を呼吸にごまかして、2ブロックほど歩いていきつけにたどり着いた。


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開店時間からは30分。ちょうど朝の客の時間で、ぱっと見7割ほど埋まっている。


「いらっしゃい」


ダークオークでできた内装に、カシの机。皿の並んだカウンターの前でマスターは、いつものように注文を聞く。慣れた場所に腰を落ち着けてアストラは、カレーとコーヒーを頼んだ。


「いつもそればっかだねぇ」


実際、ここ一カ月彼はそればかり注文している。時間がないときのインスタントだって、常にどこぞの言葉でうまいとあるカレーだけ。それ以外はなんとか思い出しながらの自炊だから健康的になるのだろうが、外面からすればそれだけだったか。


アストラは今までの生活を顧みながら、どうこじつけるかなとライブラリを思い出し、かつての漫画を見て言葉にした。


「昔、こういう人にあこがれたんですよ」


すると彼は、店舗に置いてある漫画本のいくらかを示して言った。


「それは医者かい?」


直球の回答で何も答えることができず、アストラはただ、食べることでしかその通りですと答える手段がなかった。


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