ボイルボールの日
#前回までのあらすじ#
ケルス・シティの製薬会社である『アンデルセン・アンド・ハーツ』が違法な生命創造事業に取り掛かっていることを知ったアストラは、企業の無法を止めるために行動を起こす。パーティーに潜入した彼は同時に入り込んでいた謎の太った男性に絡まれる。彼に娘を少しの間頼むと言われ、人のいいアストラは男がトイレに行く間少女を預かることとなった。
しかしそのときに発生した爆発事故により、謎の生物がパーティー会場に解き放たれ…………!
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社交パーティー会場は地獄だった。安全確保のために無駄に厳重なセキュリティは、内部での犯行を想定していない。赤いじゅうたんに余計な赤が増えるのは当然の運びであり、オートロックで時間まで出られなくなり、そのままそれぞれが死に至るのは正しい予想だったのだ。
もちろんそれを想定してだろう。ミュータントらしき人間は解決のために部屋を調べまわっていたが、ある程度の廊下と部屋以外はどうもならない。どころか会場のホールに増え続ける死体の製作者に返り討ちになり、肉体を蒸発させるのが答えだった。
「テロリストの襲撃です!すぐに逃げてください!」
警備会社がすぐに外を固め、バリケードを作ってライフルを取り出す。
「止まりなさい!さもなければ射殺します!」
そして一切の逡巡を見せないそれに、2発の威嚇。
「止まりなさい!」
だがそれはむしろ加速し、走り出す。明らかに危害を加えるための行動なのだからと彼らはトリガーを深く引く。そのままマガジン全てを打ち切り、入れ替えてコッキングするのだ。
硝煙が廊下に漂い、穴まみれのホテルの壁が出来上がる。しかしそこにあるべきハチの巣は存在しなかった――――なぜならば。
「…………弾いた……のか?!」
彼が自分に飛んでくる弾をすべて、滑らかな表面で滑らせ、ざらついた針で飛ばしたからだ。そのまま最初に相手した男を潰し、彼は血をジュースのごとく搾って飲む。そのまま扉を力でこじ開けるので、中の護衛は下がるように伝えるのだ。
テーブルを跳ね上げて壁にして、隠して持ち込んだ拳銃で応戦が始まる。今度は表皮ではなくまるっこい影が弾いてくるので、まったくダメージにはなっていない。無駄玉ではあるが、まだ足止めになっていると信じたい。
けれど意味がないことは、アストラにすぐ分かった。
「逃げるぞ!このままだと死ぬ!」
そして抱き上げてアストラは駆け出した。ホールからテラスに出て、そのまま地上20メートルという構造。それでもまだ上か下かに逃げられる方が有利だ。
後退しながら弾切れまで撃つものの、誰も守れなかった警護が一人一人死んでいく。引きうちが有利なのは削れるときだけ。ミュータントには銃が通用しないものもある――――そういうものは大概が、打撃でなければ殺せない。
「舌噛むなよ!」
今は普通のスーツだから、動くには適さない。強化ガラスを蹴り砕き、彼はプールに飛び込んだ。
そして能力でワイヤーを作り、壁にくさびを打ち込んで飛び降りるつもりをきめる――――しかしちょうどそこには、なぜかアニメチックな丸い影があった。
「!」
とっさに彼はくさびをそれに投げ、身をひるがえしてプールサイドに着地。そのまま少女を下ろして後ろを見た。
いつの間にかさっきの男はいなくなっており、どうやらこっちに瞬間移動したらしい。
「野郎……皆殺しにでもするつもりか……!」
あまりの速度でそう見えたらしく、一直線上に人間のミンチが並んでいた。
アストラは体勢を整え、隙だらけで近づく男の顔に右ストレート。回避するつもりも見せなかったので、メリケンサックを作って力推しの一撃。これならば。
ゴキリと首の骨が折れる音がし、そのまま180度水平に首が回転する。やったか?そう思ったが、さすがは人外であるミュータント。系列がわからないから何とも言えないが、おそらくは再生能力の類だろうか?
拳を何度も繰り出すが、破壊音とともに彼は立ち上がる。
100は軽く打ちこんだだろうが、もはやサンドバッグめいた状態になってもそれは襲い掛かってくるのだった。
「クソが!」
死体を目くらましに投げて、だったらと彼は鋭い刃を作り出す。無理だろうが、切り裂くまで。けれど滑らかな表皮に刃は滑るばかりで、アブラにまみれた刀のごとくだ。
「どうすればやれるんだ…………」
サッカーボールのごとくして死体を蹴り飛ばし、勢いのままに空中で横回転。からの回し蹴りをかませてみても、当然意味がない。打撃の傷はあるかもしれんのだが、それ以上に回復は早いらしいのだ。
どう逃げるかに思考はシフトしつつあった。
乱打で効果がないのだ、衝撃は意味がない。だからと言って切断も無効、点での破壊も駄目だ。可能性は何なのか――――全く見当がつかない。
けれど預かった少女を見殺し、というのも気分が悪い。無垢なものまで、回避できるなら復讐に付き合わせたくはない。けれど、これも割り切りの一つしかありえないのだろうか。
ぽつりと雨粒が手に落ちた。天気予定にないランダムの雨――――それにヤツも当たったのだが、どうしてか少し痛いらしい。大げさに雨を避けるそぶりをしていた。
もしかしたらば。
彼はワイヤーを作って投げて巻きつけ、そのままプールに引き込む。するとどうだろう、それは驚きと苦痛に満ちた「わ!」という声を出したではないか。
みるみるうちにそれは動きを鈍くしていく。少しずつ肉体が緩くなり始め、上がるころにはスライム一歩手前といったところだ。
着地に失敗したところを、アストラは最後にパンチで砕いた。液体が散らばり、すぐに動かなくなる。
「なんてもろい…………水に弱いとは」
彼は少女の無事を確かめ、頼んだ男のどざえもんを確認する。よくよく見れば、戦っていた相手と酷似していて、何か関係があるのでは?と思わせる。しかしそんなことがどうでもよくなる嫌な音が、遠くのシルクリートから響いてくるのだ。
オートで通報がなされていたらしいので、アストラはすぐにビルから飛び降りた。ワイヤーでクモ男めいたスイングをし、ポリスから離れた屋上に立つ。遠くでは赤青の光が、まるで映画のように道路に並び始めていた。
「結局、情報は手に入らず、か」
無駄足に終わった出来事の中で、あきらめる様に缶コーヒーを開ける。勝利の美酒ではあったが、フルボディであること以上にひどく苦く感じられた。




