二の十乗/選択1-2
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休み終わりの新学期。それもちょうど、始業の日。それが事故の日だった。その日は珍しく、●●が自宅近くのバス停で待っていた――――当時の彼女が言うには、いつもの路線が遅延していたらしい。生徒会の引継ぎ仕事だのがあるからと、遅れるわけには行かないようで。
だから私の使うバスを選ぶのは自然だった。
「●●じゃないの。遅延?」
「遅延。ってことはバスはまだよね?」
「もちろん。こいつ引っ張ってるときに間に合うわけが……ねぇ」
二人が会話しているのを、眠気もあってただ聞いているだけだった。私はその時、半分寝ぼけながら手を引かれていたように記憶している――――その手が誰か別の人間に受け渡されたことも覚えていて、受け取ってくれるのは彼女だけだったからと、主たる●●に寄りかかってみた。
幾分嬉しそうに、彼女は「もう朝なんだから、起きなさい」とつぶやいた。
私はただ、うむうむとするしかなかった。
それからしばらくして、バスは何もなくやってきた。黄色い二階建てのバスは、スクールバスなどでなく普通の公共のもの。扉が開いて誰も降りないので、扉わきの端末にタッグをかざして席を探した。
「ちょうど三人……こっち」
最初に乗った□□は、窓際に入り込んで●●と私を連れる。一階の最後尾の席で、それはだいたい、うちの生徒で埋まっているのだが。
「おあつらえむきねぇ」
今日は珍しくそこに誰もいなかった。私は眠りそうだからとよっかかれる窓際に入れられ、●●、□□の順に座る。外は今日も相変わらずで、読むものもなく、それ以上に好きなことはあれど眠たし。だから私は目を閉じた。
いつもよりほんの少し遅めの加速度を感じ、リズムに乗って目が沈む。こっそり手をつないでいた●●の感覚を感じながら、しばらくは心地が良かったと覚えていた。
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事故から軽く10年は経過して、世界は完全に入れ替わる。
シルクリートで染められた道路には、爆発の跡も破壊の跡もありはしない。いったい誰が、ここに地獄があったなどと理解できるだろうか?そんなもの、知が無ければあり得ないのだと。
花を手向けるべきなのだろうけれど、すぐにゴミ掃除ロボに捨てられるだろうな。
多すぎて機能停止しかけのロボを見て、いまだに置かれるたった一つの造花でいいと、彼らは手を合わせて目を閉じた。事故の時刻は今くらい。寝ていた私にはわからないが、●●が語るならそうなのだろう。
「久しぶり…………ですね」
同じようにする人とは、顔見知りになった。
「半年ぶり、でしたね」
互いに言葉少なく、あの時を見る。数少なく救われたのが私たちだ。バスに投げ出された二人、救い出された八人。それ以外は全員がいなくなった。
私は前と同じように、軽食でもと彼を誘った。
「ごめんなさいね。今は……そうでなくて」
断られるのは、毎年のことだった。
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黄色かった外壁が目の前に転がっていて、気が付けば無傷のままに外に立ちすくむ。バスに乗っていたはずなのに、いつの間にかカバンを背負って歩道に立って。私は何をしているのだ?そう気づいたのは、めらめらと赤い舌が私を捕まえようとしていた時だ。
何が起きたのかそのときはわからなかったが、耳に届いた大量のうめき声からそれは理解できた。
バス事故だ。
窓際にいた私は偶然にも無傷で投げ出され、寝ぼけながらにして神がかり的な着地をしたのだ。
大量に漏れていることから、もはや空気と一体化しつつある燃料の臭いからもそれはわかる。数少ない燃料使用車が転倒したのだ、いつ炎上から爆発に変わってもおかしくはなさそうに思える――――逃げるべきだろう。
救急車のサイレンも遠くから聞こえ始めている。消防の特殊車両でも来るのだろう、交通整理が始まりつつあり、急げ急げと消火器リレーが始まっていた。
「逃げろ!爆発するぞ!」
誰かの怒号が銃のように行きかう。泣き叫ぶ人の中には、私と同様の状況なのだろう。誰か救ってくれと、片腕から血を流して叫ぶ人間がいる。自分も熱さがあるからとみてみれば、左足にガラス片が突き刺さっていて、出血は止まっているけれども深く痛い。
よく考えれば、健の一つも切れているのだ――――足はなぜか動かないし、神経も死んだらしく感覚はない。なぜそれに今まで気づいていないのだろう?
動けないままに立ちすくんでいると、どうしてか強制的に開かれでもしたかのように視界が広がる。
小さな爆発で開かれた外壁からのぞく、私の隣にいた二人があるのだ。私はどうするべきか?
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救えたのは一人だけだった。選んだのは一人だった。つまりそれは直接的に、救えないことを示しているのだった。私の行動を称賛する人間もいたかもしれないが、彼らの言葉は一切が私には無駄だった。
恋人か、親友か。その二択はいつまでたっても私の中に残り続けている――――選んだのは事実だけれど、選べたならと望むことは可能だ。
そうした時にどうなったかを考えることも。
まだ若い私にはどうすればよかったのか、その答えはまだ出ない。けれど思うことはできる。しなかったことへの後悔も、したことへの後悔も。してできなかったことへの後悔も、してできたことの後悔も、すべてが今は脳の中にある。
ひとまず今日は、これで眠るとしよう。ただ一日だけもらえた、慰霊と感謝の為の休息。それを体の中に、とどめておくために。
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