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二の十乗/選択1-1

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一人を救うことは、ほかの誰かを救わないことだ。かつて僕は、それを知らずに手を差し伸べた。


燃え盛るバスの中に●●がいたので、彼女を救ってあげたかったからだった――――その試みは成功し、彼女は骨折などもなく軽いやけどで搬送された。新聞に『炎上バスから奇跡の救出』と乗せられたと記憶していて、そのせいもあって連日連夜の取材がやかましかった記憶があった。


一生に一度あればいいような記憶だけれど、その時の僕は有頂天になりかけていた。


誰かを救ったという実感、恐怖を乗り越えた高揚感、目の前に横たわる知己。救えたことがこれほどまでにうれしいのだとばかり心にきらめいていた――――そしてポストに押し込まれる手紙だのもあって、それはしばらく終わることは無かった。


それもあって、僕は引っ越しを余儀なくされた。落ちないバスだからとフアンのついた運転手があっただろう?それと似たような神格化をいつの間にかされていて、それが気に食わないやつがいて。そのうちガラス割って家財を盗み取られるかもしれない、と思えたからだ。


誰も知らないところで平穏に暮らしたい。近しい友人にだけ連絡先を教えて、僕は新しい生活を始めた。


嘘だ。それはただの名目だ。ただその時の僕は、逃げ出したかったのだ。


●●の隣にいた□□を救えなかった恐怖を消してくれる称賛がなくなった今、彼女の元にいたくなかったからだ。たった一人引き出せるスペースしかなかったあの場所で、□□でなく●●を選んでしまったことが、どうしようもなく恐ろしかったのだ。


すぐに救助隊に助けられて、そこまでのけがもなかったと聞いているけれど、僕は彼女と顔を合わせたくなかったのだ――――手紙を理由に引きこもって、それがなくなると新生活と言い張って家を出て。


選ぶことの重さを僕は知らなかった。だからいなくなりたかったのだ。


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私には幼馴染がいた。


彼女は生まれたときから私の隣の家に住んでいて、年も同じで学年も同じ。だから長いこと親友以上の関係であった――――そうしておきたい。


「おばさん。今日もつれていきますね」


彼女は寝坊の多かった私を引き連れ、いつもそう語るのだった。


「□□ちゃん。いつもありがとうねぇ」


どう頑張っても午前8時には目覚めない私を、彼女は無理くりに乗り込んでたたき起こす。布団をはぎ取りベッドから落としで、それでもまだ寝ぼける私にコーヒーを突っ込んで目覚めさせることをしさえもした――――今から思えば、いい思い出だ。


「いえいえ。私が好きでやってることですから」


「私の若いころはそんなのしなかったわよ……じゃあ、たのむわ」


「勝手にゆだねないで」


そんな表面的な否定の上でぶっきらぼうに好意を受けながら、私は彼女の手に引かれた。


長期休みの後、久方ぶりの登校日。身を焼くくらいに日光がまぶしく、まだ夏の雰囲気の残る温帯の8月末。軌道エレベーターの線が遠くに見え、少し前に連れて行ってもらったことを思い出すのだ。


「なんでまだあっついのに学校が…………」


「そこを疑ったらキリないっての。バス遅れちゃうよ?」


かつての自宅はマンションの3階。何をどうしてか学生のエレベーター使用禁止があったので、会談は走って降りるしかない。


「遅れたって10分後にはあるでしょ…………そんな急いでも」


「そうやっていつも逃すじゃないの。たまにはまともにしなさいな」


カンカンと幾分速度を速め、私たちはもうできないバカを話しながらに下る。


「たまには私が起こす前に来なさいよ」


彼女が小さくつぶやいていたのを、私はどうしてか深く覚えていた。


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今でもたまに、学生のころの夢を見る。□□と私と、今の妻と。三人で笑いあえた学生の頃のお話。ほんの少し右手に残る傷跡でいつもそれがわかるからと、あの楽しかったころを追体験しようと願ってみる――――だけれどいつも、私は飲み込まれる。


思いも知らない展開の物語は結局、目覚める寸前になって一段落する。駅にたどり着いた列車の中で、もう生まれるはずもない嬰児を抱える□□。彼女はいつになったら私と一緒に帰れるのと小さくつぶやく。けれどそれにこたえることはできない。


銀色の絵の具で塗りつぶしたかのような空に、見たこともないガラガラのモノレールが懸垂して、少し浮いた景色を見せていた。


「ねえ。どうしようか」


パンダだのの動物の子によく似ている本当の意味で赤子がそこにいて、純白のガーゼで包まれ抱き上げられている。その子の指を見せられ、こんなに小さなところにまで命は宿っているのだと知らされる。


本当に小さな小さな、1ミリもないだろう細さの指。未熟児故からかもしれないが、そこには確かに爪の一つ一つが、剥がせてしまいそうなほどに優しく小さく先を守る。


ついているものと、雰囲気からどうやらその子は女らしい。


「この子、どうしようか」


小さな手紙を見せられて、けれどどうしてか読めないからと音読してもらう。彼女は見慣れた様子で、「仕方ないなぁ」とつぶやいた。


読めないから彼女を抱いて、私は目を閉じる。心地いいのだから仕方ない。


燃える様に熱い赤子と、□□の幾分高い鋸めいた波形。二つが移ったらしく、いつの間にか私の体は燃えていて…………。


これが、今日の夢だった。いつの間にかうなされていたらしく、私は妻に手を握られていて、またあの時のかい?と頭を撫でられる。


赤子を抱いていた右手には、また見慣れた引き連れの跡。今更消すわけにもいかないし、消したくない記憶が駆け巡って、ため息になって飛んで消える。


「また、□□の夢だった」


じっくり見なければわからない傷跡に、私は肯定していいのだろうかと体を起こす。あの夢はイフかもしれないけれど、あの時手を引いたことは事実だ。


救った、ということ自体は事実。だけれどそれが、正しかったのかと。誰かを押しのけてまで、ただ愛した人を救うことが優先されたのかと。私が身代わりであるべきだったのかと。


そうすべきだったのでは?という並びが無限に続き、だからこそ割り切っていると自分では思っているはずなのだ。


「…………私も」


●●はつぶやき、ベッドわきのノートを手渡してキッチンに立つ。


「私は……あなたのことを…………ありがとう」


罪悪にとらわれなくていいというのだろう。けれどそれとはもう違うのだ。


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