地下街の夜の夢/日常への帰宅
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もう数分すればポリスがやってくるだろう。察知して逃げ去ったマフィアたちと、取り残された一丁の拳銃。そして少女と死人たちが街に並ぶ。銃撃事件の被害者としてなんぞをされるだろうが、結局状況は変わらないと見えた。
「これから、どこへ行くんだ」
アストラは少女からもう使わないだろう銃などをもらって問うた。今更何をしても逃げきれない。アストラ一人ならミュータントの力でともかく、学童一人を連れてとなると文字通り荷が重い。
骨は折れているしコートは繊維になった。たぶん中に入れていたタッグだのもそうなったのだから、何ができるわけもない。データのバックアップなどはあるから、まだましとは思えども。
「……どう、しようかな」
近づいてくるサイレンの中、ミオは撃ってしまったことの罪悪もあって、立ち止まっているばかりだった。
「撃ったのは事実だ。それも二度。どうするもこうするもない」
薬莢を取り出し、握りつぶしてくず鉄にする。これで火薬でも取らない限りは、銃の発砲なんてわからんだろう――――線状痕不明のブレットが一つ残るだけだ。
「だが、救うために撃ったのだろう?ならば……」
アストラは粛々と証拠の隠滅を図った。いつ来てもいいように鉄仮面を作り、そこいらの死体から綺麗なものをえりすぐって纏う。荷物だけは輸送してあったからいいとして、後で使う小道具を。
「おい、これ…………」
ミオから受け取ったもので、何か使えないかと彼は見ていた――――その中にはカードが残っていて、噂程度にはつかんでいたものとそっくりそのままの物が彼の瞳に残る。セカンドレイヤーへのフリーパスだ。
「知ってるんですか?」
そりゃ組織が動くわな。ケルスの地下に確実に存在するだろうそこについて思い、アストラは口を開く。
「ああ。だがその前に」
そしてミオに銃を向けた。
「悪いな。お前さんは上の人間。俺のように地下に潜らんでいいんだ」
発砲音。鉛玉は貫通して壁にめり込み、ミオの左腕を精密に破壊するのだった。
「……それって…………」
「動くな!」
いきなりの裏切りなのだろうか?戸惑うミオの背中から、装備をそろえた人間が並ぶ声がする。振り返ればそこには、さんざっぱら捕まることを恐れていた、公的組織が置いてあった。
予期していたアストラはポリスに向かってミオを盾にし、いつの間にかかぶっていた鉄仮面越しに続ける。
「悪いが、ここで捕まるわけにはいかん。道を開けるんだな――――さもなくば、このガキが死ぬ!」
彼は何をするつもりなのだろうか?そう彼女が思うと、
「麻薬街のマフィアに騙された、とでも通報しておく…………悪意は全部俺に押し付ければいいんだ」
とアストラがささやく。つまり彼は、自分に全てを押し付けて悪になるつもりなのだ。
弾丸を放ち、既にこいつを殺す準備はできているんだからなと、彼はポリスを押しのける。人命優先の枷からどうやっても逃れることはできず、ガードを呼ぶには無理筋だ。
「大人は汚れていい。撃つ意味はもう分かったんだから、子供でいろ」
じりじりと人ごみから離れたアストラは、ガードの盾に弾丸を放ってミオを解放した。そのまま駆け出し、わざとワイヤーガンを使っている風に鉄線を出してビルを駆け上がる。
そうして彼の姿は、まともに追えなくなったようだった。
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「午後のニュースです。校内銃撃事件から行方不明だった学生が先日、保護されました。同時に現れた謎の人物は自らを『ストレイド』と名乗り、先の事件で撃ったのも自分だとする文書を出しました。これに対し、ポリスは…………」
精神安定だの、鑑定だの。もろもろを終えて自宅に帰ったのは、撃たれてから2週間後のことだった。2カ月ほど学校からいなくなっていたから、それも込みで戻りづらい雰囲気ではある。あいつは真実を知っているから、それをばらされればどうなるか…………。
40日ほど前に峠を越して、話せる状態になっていたと聞いている。そのときかなりの証言を残したらしいが、それが自分のとどれくらい食い違うのか――――アストラが捕まることはおそらくないだろうから、真実が暴かれることは無いにせよ。
「犯人としては、古い学校で監視カメラがないことも幸いしたでしょうね。室内を着替え用に扱うこともあるからとつけていなかったがこうなるとは。改善を望みましょうか」
キャスターが喚いた。
だがそれがあったとて、どうだというのだか。結局私は平穏に戻ったのだ――――ある種負の平穏から、幾分プラスの異常に。ただそれでいいのではないか?
アストラと聞いて、何かくすぶっていたものが今やっと理解できた。アストラ・リベルタス。結構前にシティに放火したウィーヴス乗りと同名なのだ。
確か彼は遺書にこう残していた。
『俺はただ平穏が欲しかった。奴隷を脱し、自らの足で生きる糧を稼ぎ。そして恋人を得て、彼女と終わる。それが欲しかった――――なのにどうだ。お前らがくれたものは、怒りではないか』
恋人を殺された人間が、どうしてなのか罵倒され。いつしか殺人者に仕立て上げられたのはなぜなのか。
ただやさしさが欲しかった。それだけなのだ。
同名だからと彼も、きっと何かがあったのだろう。だから私にそうしてくれたこともうかがい知れる。だからか。
久しぶりに顔を合わせると、あの少女は変わり果てていた。私は彼女に、同じように接してやった。
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