地下街の夜の夢/銀影
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どうやら標的はエレカに乗ったらしい。だがその行き先くらい、手に取るように読める――――クラックするためのバックドアが、このアンダーシティの中にないとでも思っているのだろうか?
もしそうならばお笑いだ。
ツェーンまで行こうとしていることもわかるし、医者だのの為でないことも分かる。目的こそ完全に不明だが、だからこそまだ読める今のうちに…………。
「このあと、ステーションに向かうようです。レイヤーに潜りますか?」
「いや、行先を書き換えろ。どうせガキなんだ、そんな思慮はないさ」
カーターは少女を侮りながらも、あのミュータントのことを思って息を吐いた。通信をしながら時計塔を飛び越え、光学迷彩を使いつつ彼はギャング街に足を運んだ。彼の脚力ならエレカで走るより、直線で移動できるこれの方が圧倒的に速い。
誰かの物干しざおを失敬して棒高跳びの要領で屋上に飛び込んで、カーターは少女が惑うのをライフルスコープで確認する。
ゼロインをする暇はないから、揺れで精度が変わっていないことを祈って彼はスコープを覗く。ブルパップそれにはサプレッサーが付けられていて、彼はマガジンを装填しボルトを引いた。
「エレカの機能をロック。そこで止めろ」
ハッカーに指示し、彼は肉体機能を上昇させる。距離にして500メートル。手元で1ミリでも弾着では50センチになるのだから、できる限りを…………。
スポッターが欲しい作業ではあるが、ミュータントの技能ならば一人二役は簡単だ。記憶能力から一射でメモリなどはわかるから――――このあとの偽装のため、彼はマフィアのフロント企業の扉へと弾を撃ち込んだ。
人ごみの海が急に割れる。飛び込みだのでかなりずれていたようで、ドアノブをわかりやすい的に狙ったにもかかわらず弾丸は、それから幾分離れた人間に着弾して血を噴き出させていた。
男が駆け寄り、なんぞを言って救おうと試みる。それを冷静に眺めながら彼は、人間離れした速度でスコープのノッチをずらして合わせ、ボルトを引いて一発撃ち込む。今度の狙いも同じだったが、ノブでなく逃げ始めている人間の頭に命中したようだ。
レストマシンのごとき強靭な力で抑え込んでいるゆえ、どれくらいかを納得した彼は調整を終え、深く息を吐き吸ってトリガーに指をかける。三発目はミオの頭をつぶすため、絶対に外す気はない――――マフィアが敵襲と勘違いし銃撃戦を始めている中で、逃げ惑って路地へと走る彼女を確認する。
あの速度ならば、そこまでずらす必要もあるまい。陰に隠れることもないから、一発あれば十分さ。そしてトリガーを引き絞り、火薬が燃えてブレットが飛び出る。
だがその弾丸はスコープの狙い通りにならなかった。
なぜならば、バレルに右方から弾丸が撃ち込まれたから。
アストラ・リベルタスが、探していた存在を見つけたから。
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「悪いが、この世界に落ちるのは俺くらいで十分なんでな…………」
「『麻薬街の銀影』か……それがどうして、あんなガキ一人に」
停弾してしまったゆえに使いものにならないライフルを投げ捨て、カーターは構えた。
「ガキだからこそ、ちょうどいいのさ」
アストラも少し前のようにする。互いに痛み分けで終わったあの戦闘はまた、この場所で続くらしい――――すぐにカーターが肉体変化して仕掛けた。
彼の体は見る見るうちに膨らんで、カートゥーンかと見まごうほどの太さになっている。エレカのタイヤが腕輪にできるくらいだろう。それがまっすぐに、アストラを襲うのだ。
右ストレートを入れ、左フック。右アッパーから両手での叩きつけ。アッパーまでを側転とバック宙返りで回避し、アッパーからはロンダートを経由して背中側に飛び越えた。そして背中を蹴り飛ばして銃を抜き、追いうちとばかりに頭を狙う。
一応はさらに肥大化させた腕で防いだけれど、カーターは動脈を切ったらしかった。
「やはりやる…………」
フンと力んで傷口を無理に塞ぎ、彼は弾を筋肉の動きで排出しながらブレーキ。シルクリートに2本の線を残しながら、屋上のタイルを引きはがして蹴られた勢いを殺し、そこから一度呼吸。腕を元の大きさに戻し、めり込んだ足を抜く為に体を回した。
攻撃ではないから、当たらないだろう。そう見てとった動きだったのに急激に伸びる足の甲。それにに気づき、アストラはぎりぎりでジャンプするもののよけきれない。滑って背を地面に打ち付け、お返しとばかりにカーターが駆け寄った。
今度は上腕が肥大化し、逆に腕の先が細くとがっている。抜き手を極端にしたものと言えばわかるだろう――――ドリルのように穴をあけ、リーマーのように広げられる力の杭。それが刺されば命はないものとみていい。
彼はそれを突き刺そうと引き戻し、目にもとまらぬ速度で振り下ろす。破壊の音が、あたりに響いた。
「…………!」
だがカウンターが胴に食い込む。本来はクロスカウンターで頭狙いだ。
ぎりぎりで逸らしたおかげで、貫きはしないほどに収まる。確実な内臓破裂が、一部損壊にまでは収まったらしい――――こちらの攻撃も外れてしまったが、幸いだったろう。蹴って離れる前にアストラは99ショートで駄目押しし、弾丸を腹部に残す。
「ぐっ…………」
吐き出すような声が出た。
変化中だったので内臓機能は全身に分散されていたけれど、それでもメインを貫かれて機能的には恐ろしい――――解除すれば反動で死ぬだろうな。だから限界以上を使わねば。
そうカーターは思った。異食の能力を失った時と同じほどに、全力を尽くさねば死んでしまう。能力が変化しようと失われようと、それでもまだミュータントではいられる――――死んで肉になるよりは100万倍マシだ。
彼はかつて意識の底に封印した扉を開ける。ミュータント能力の根源に近い、触れるとまずい何か。
それを意識の手で取ると見る見るうちに肉体が黒く変質し、それを見て『頭は防がれるから』と胴体にしたことをアストラは後悔した。
肥大化させて、いつもにない力などを担保するのが前までの力だった。速度はミュータントになったときの筋力上昇でまかなえているから、力をさらに上げるべきと。しかし今のは先ほどと違い、ただ筋肉の質そのものを変質させて強化するもの。単位面積あたりを物理学の限界に挑むほどに向上させるための物なのだ。
けれどそれ相応のダメージはあり、耐え切るには肉体がもろすぎる。せいぜい出来て10分だ。
この一瞬で決めなければ、絶対に命がなくなる。
ガット・カーターは二度目の終わりに向けて、残った全てを燃やそうと決意した。
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