地下街の夜の夢/蜘蛛の糸
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「さて、あんたの話を聞こうじゃないか…………『ストレイド』のミスターさん?」
昼のビルの屋上に向かい合う2人は、当然のごとく人外。
「『麻薬街の銀影』か」
カーターは殺すべき少女を逃したことを残念そうに、目の前のアストラに向き直った。
「あえて光栄……とでも言うのか?自分の身内を散々殺されながら?」
「残念だが今は組織ではない…………俺の意思で動いている」
「ならば手を緩めると?」
この場で言葉を交わす気はないと、アストラは引っこ抜いた鉄骨を叩きつけた。
側転からのロンダートは屋上の材を削り、滑りを突き刺して止めて直角に曲がる。ピンボールのごとくカーターが回避一体のムーブを取ったのだ――――そこから脚を強化してのラリアット。綺麗に首に命中し、横ぶりに続けていたアストラの体をシルクリートにたたきつけた。
そしてブレーキ、飛び上がって腕を強化。拳の一撃を頭にまっすぐいこうと彼はしたが、ホルスターから引き抜かれた99ショートの弾の為に断念せざるを得なかった。
カーターが腕で防いでいる間に体を丸め、アストラは飛び上がって起き上がる。頭、首、胴体とばらばらに散らしたので見えなくなったろうと、横から彼は頭を狙い命中させた。
勝負はあくまで一瞬でついたらしかった。カーターの肉体は地面に倒れこみ、白いものが少し流れ出る。
「まあ、自分は一人と豪語するから期待したが…………存外、あっけないものか」
基本は人間なのだ、頭を撃ちぬけば死ぬ。何度となくしてきたし、それで死を確認してきた。アストラはこれで十分だろうと銃創を確認し、男の変身ではじけ飛んでいない服の中身を探す。
瞬間的に肥大化するボディに合わせ、伸縮性の高いゆったりとした装束だ――――内ポケットも伸縮を妨げない位置にあるだろう。そう見て彼は、襟に近い位置の胸元を探ろうと手を伸ばす。
「…………残念だが、意外だろう?」
だが想定外の声が死体からあがった。アストラの右手はそのままカーターにつかみ返され、ぐしゃりと握られてずだ袋になる。プレス機にかかったようなそれを無理くりに引き抜いて、アストラは抜きにくい戻した銃の代わりにピンを噛み、グレネードを投げた。
特殊仕様の破片煙幕グレネードで、音の少ない特殊部隊用アイテムだ――――ほんの4メートル半径の視界はホワイトアウトし、二人は互いに引くべきと考える。
アストラは『確実に殺すには、腕が欲しい』と。カーターは『奥の手を取ってこなければ』と。
それぞれ手持ち道具もほとんどないので、彼らは目で理解した。このままでは共倒れしそうだ。
「……また、会おうか!」
そうしてほとんど同時に彼らは逃げ出した。ビルの山を飛び回り、路地を走って2人は喧騒に紛れ、見えなくなる。ほんの数分の出来事だった故に誰も気づかず、最初から屋上に何もなかったかのように人々は歩む。
そうしてあたりは、元の平穏に戻ることとなった。
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「その手……どうしたんです!?」
「いやなに……ちょっと事故しただけさ」
「ちょっとって…………そんな、骨が出るちょっとがあるんですか!?」
早めの昼を済ませていたミオは、中身を噴き出しそうになるほど驚き声を上げた。一応防音であったので外に漏れていないが、そうでないなら確実に壁を殴られるほどの声量。うるさいうるさいとアストラは指で耳をつつく仕草をした。
「ちょっとだ……どうせサイバネさ」
「そんな生々しいサイバネが…………」
強がっているのは一目瞭然だった。いくらサイボーグパーツだったとしても、そんな赤い液体が飛び出るほどに破壊されているのならば、接続だのがおかしくなっているに違いない。人工生物になっていたとしても、脳保全のために感覚をつけなければいけないと法律にあるらしい。
「あるんだ。あることにしていてくれ」
明らかに嘘だとわかっていても、アストラは肯定しない。
「でも……」
そもそも人工骨だの人工筋肉だのは、今の技術でも人間と変わりない精度で滑らかに動かすことはできないはずだ。専用の培養液化何かが必要で、父は仕事でそうなったからと仕方なく注射をしていた。
「お前さんには…………関係ない話だ…………!」
痛みが駆け抜けたのだろう。彼は押し殺した苦痛を顔にさらす。柔らかに揺らめく表面は充分に硬く見えず、あくまで人間とは違うけれども人間らしい皮膚だと示していた。
旗のように揺らめく中に、砕けた骨があることは自明だ。切り落とさないのも何かがあるからだろうが、わからないなりに心配で仕方がない。けれど彼とはまだ、何も知り合えない中で――――恐ろしさも、触れにくいやさしさもある。
だからミオは、何も言い返そうとしなかった。できなかった。
一応はここに置いてもらえている恩があり、次の住居の為のタッグだのも手配してもらった。誰もいないゆえの孤独はほんの数日で嫌になったのだから、本当に本当にどうしようもない。まだ15に満たない彼女には理解できなかった。
それが人外たるミュータントの仕業であると、それが既にふれてしまった暗部のせいであると。
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隠し通した小競り合いののちに、ついにアストラが部屋を出る日となった。
今だ手は治っておらず、一応の固定でなんとか動いているような状態が見られる彼を、ミオは見送る。これからはまた自分の力で生きていかなければならない――――そしてまともな立法の世界には、戻れそうにない。
少し前に探っていて知った、連続したアカウント主の消失。それに関係するのはクスリで、おそらくそこには何かの力がある。
幸か不幸かはわからないが、ニュースを知っていれば何がしかにはなるだろう――――そんなことをする人物なのだから。
「しばらく、ありがとうございました」
エレカでいなくなってから、ミオはそうつぶやいた。
アストラの手に何かの大けががあったのも、あの地下に銃があったのも。大本はすべてイリーガルのあれのせいであったのだからと彼女はごまかす。既に時分でしたことを棚に上げて、少女はまた少しを歩き出す――――すると今度は、足元のガス管が破裂でもしていたらしい、
爆音が遠くで響いて、肺から空気が大量に吐き出された。
とてつもなく高い音が脳の中でうごめきまわり、まるで音叉のように形を残す。それが連鎖して彼女の足元に近づき、耳をふさいで目を閉じて、口を開けていた少女は体を壁にたたきつけられた。
「…………っ」
どこかの骨が折れたようだ――――それしか教えてくれない痛みが這いまわって、それ以上を考える暇がない。現状を変えたくても金のない労働者のごとく、目の前の車輪を延々と回すしかできなかった。
生まれつき習ったラマーズ法で痛みを和らげながら、ミオはエレカを呼び出してそれに乗り込んだ。合法の医療はきっと受けられない。警察と連携されて檻付きの病院に押し込まれるだけだろうから――――でも地下の医療も受けられない。行けば今度は機密の意味で出てこられないだろうから。
たった一つだけ残しておいた、タッグを使った糸を彼女は見る。
『今日の午後4時、ツェーン・ステーションで待つ』
麻薬街で売り子をする。それを流せば食いついてくれる脅威がきっとそこにあるから。それさえ味方にできたのなら、一応の解決を見せてくれるだろうから。
いまだ抜け出せないヒーローへの渇望を胸に、少女は暗がりの列に紛れ込んだ。
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