地下街の夜の夢/JIKO
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見知らぬ天井が、お前はまだ生きていると伝えた。少女にとってはそれは不可思議そのもので、最後に見えた赤い色はどこに消えたのだと、まだ朦朧としている意識の中であたりを見回す。落ち着いたように見せることはできるのに、一瞬が網膜に焼き付いたよう。
野ざらしにされた獣のような人影と、放置されたレジンのように静まり切った川の表面が意識から離れてくれなかった。
ミオはゆっくりと体を起こし、もう少し深く息を吐く。場所はどこかのアパートのようだ。一人暮らしか二人暮らしか、どっちにしろそれほど長く住んでいない様子。ゴミ箱など無用とのように置かれたゴミ袋からは、あくまで拠点としてしかここを扱っていないように思われた。
それもここ数週間。長いこと住んでいるにしては、必需品があまりにも綺麗でおざなりすぎる。どう頑張っても一カ月はない――――見積もっても二月。だからってどうということもないのだろうけど。
彼女は立ち上がり、ボストンバッグはどうしたとベッドを降りる。あの中には銃も食べ物も、元手になるべきカードまであるのだから、絶対に取り戻さなければいけない。
身体が少し辛いので、壁に手をついてリビングかダイニングかの扉を開けた。爆発の衝撃で何かが打ち付けたらしく、足首も手首もどこか壊れかけのシグナルばかりだ。限りなく長い道路を、靴一つで駆け抜けるような痛みだろうか。
廊下も転がりすぎた残骸だらけで、それをゆっくり超えて彼女は倒れこむ。足がつったのか、左足がなぜか上がってくれなかったのだ。
肺の中身を缶によって押し出されて、少女はガラガラと山に埋もれる。手をついて起き上がろうにも、どこが床でどこが缶なのやら。どうすればいいかわからないので、動いて一度避けて体を横にした。
「目ェ覚めたか、悪いな」
日本人めいた体つきの男は、軽々と少女を持ち上げて言った。そのまま彼女が行きたかったらしいリビングのソファにミオを置いてボストンバッグを示し、冷蔵庫からアオイドリンクを取り出して机に置いた。
彼女はその中身がそのままだと確認して、その中を見たのかと目で問う。指で銃を作って示し、アストラは対面の椅子に座して言葉をつづけた。
「まあ、エレカの中だからなぁ…………それも水没してやがったやつ。中身はこれで…………っと」
彼は自分のぶんのドリンクを開け、幾分緊張をしている少女にパンを出し、
「とりあえず腹もすいたろう。しばらく落ち着いて、そこから出ていくなりなんなりすればいいさ」
として部屋を出た。ミオはどうすればいいかわからないままに、好意には甘えようと食して息を吐く。
これからいったい、どうするべきなのか。置いてあったタグレースをつけると、ちょうどニュース番組が放送されるらしい。始まりの音と並んでいる見出しの列――――その中には、学校内での発砲事件についてというものがある。おそらく自分のことだろうかと、彼女は少しの間、スキャンダルなどを目に流した。
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市内の学校で、女子生徒が、何者かに銃撃された。ただそれだけの現実を、ニュースキャスターは笑うように話した。もはやショーかなにかなんだろうと思わせぶりの口調で彼らは、犯人はきっとこんな人間だと馬鹿らしく話す。
「私はきっと、ぶっさいくな男だと思いますよ?」
「いやいや、きっと少女趣味のババアですって」
「案外普通の人かもしれませんねぇ」
「ま、どっちにしろ犯罪者ですよ。許す理由などありませんって」
その当人が一体どんな理由を持って、どんな理由で銃を持つに至ったかなんて、だれも考えようなどとしてくれていなかった。世界にもろもろの恨みつらみを抱えながら、帰れなくなった結果が偶然の入手、だなんてそんな事実誰がわかる?誰が考える?
好き好んで罪を犯したくて犯したわけではないし、そりゃたしかに最初は自分の『この程度なら』って意識だったのはそうだ。けれど、それだからってここまでされるいわれはないだろう?
タグレースの簡易検索でニュースについてさらに見ていけば、まとめだのが上がってくる。そのどれもが否定的で、犯人には厳罰をとの声ばかりだ。オルレ・フィビシが死んだときも、確か彼女の恋人がガンガンにバッシングをされたと聞いた。だから今もこれなんだろうな。
ミオは諦め交じりで番組に戻った。
たった3分で片付きそうな内容を30分に引き延ばすニュースチャンネルだからこそ、いつでも世間の情報が入ってくるからこそ、そして扇動の意思がわかりやすいからこそ。対比の意思でよく見られているのだなと、彼女は自分のニュースでついに理解したらしかった。
そういえば彼は、バッグの中を見たのだろうか?
ミオは拳銃のことを思い出してぞっとし、カードは無事か心配する。一応の着替えはびしょびしょだったから、洗い終わるまでしばらくはこれで過ごすのかな。
かなり寝ていたようで、あの朝からまる一日が過ぎていた午後4時。少女はアストラにバスルームと洗濯機を貸してくれと言うために部屋を出た。
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長くても2週間で出ていくからと、アストラと名乗った男は語った。彼曰く、それまでの間に全部片づけてしまうから覚悟してくれ。持て余していたから、部屋は好きに使ってくれて構わないというらしい。
名義で困っていたのでありがたく使わせてもらうことにして、今日で3日経った。
何か嫌な雰囲気を感じるものの、一応の平和を味わうことができる環境がうれしく温かいと思う。会話はそれほどないけれども、それでも人がいるということがこれほどうれしいなんて。
ミオは冷蔵庫に突っ込んだレトルトを食し、皿を捨ててタッグをつけた。アストラが余っているからとくれたタッグで、性能は最新に近い代物だ――――彼女はそれでエゴサーチを繰り返す。自分がどう思われているのか、どう捜査されるのか。
そればかりが気になっていて、肌に何かが刺さるような感触ばかりの日々からは、一応は解放されそうだ。
工事中でかなり周りはうるさい。サイレンス機能がうまく働いていないのか、何かが阻害されているのか使いまわしなのか。それでもエレカの波くらいで、まだまだ街では許容といえるのかな。ジビア・ストリートの食料品店に赴き、ミオは明日の食事をどうしようかと選ぶ。
前日にしか通達できないから。そうアストラは語っている。だから日持ちはどうでもいいし味だけでいい。それだからなぁ…………。
冷蔵の棚に並んでいる冷凍食品か、それともパン食かヌードルか。
ドリンク食で済ますこともここしばらくは多かったし、最悪タブレットのこともあった――――机にレンジだのがある場所できちんと食べることよりも、逃げることを優先していたから当然だが――――なのでまともなものを食べたいな。
栄養的には満足できても、ちゃんとしたものを食べる感触が欲しい。一応安定はできる状態だから。
結局自分好みの、あまり変わり映えしないものばかりを抱えてカードで払う。ガチャンと読み込ませると、ほんの少しラグがあったけれど正常にレシートが吐き出された。
袋詰めされた商品らをつかんで彼女は店を出る。そういえば、安心した八つ時を過ごすのも久しぶりだ。
るんるん気分、なんて曲が頭の中にかかってきた。2年前ほどのヒットミュージックで、今の情とおなじスキップしそうな感覚がある――――そうしてみようか?
ところがほんの少し服をガードレールに引っ掛けたらしく、ミオはほんの少し立ち止まる。こんな気分を邪魔するなんて、馬にけられて死ねばいいのに。
ちょうどそう思った彼女の目の前に、鉄骨が突き刺さった。
「すまねえ嬢ちゃーん!ワイヤーが切れてなー!」
大丈夫かと前置きしたうえで作業員が叫んだ。奇跡的に目の前であったので、無事ですと彼女は手を振る。シルクリートにHの字が深く刻まれ、そこから自由に日々が広がっていた。
何か悪い冗談だろう。今日は運がなくてあっただけ。
彼女はそう言い聞かせ、仮宿への道をまた歩き始めた。
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