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地下街の夜の夢/家出

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少し前までは、満員電車というものがあったらしい。カプセル型の列車になり、個人や団体で1機レベルになる前――――ボックス席を取ったりで個人を確保していた時代のころだ。その頃は人の多さに耐えきれず、何人もの冤罪被害と隠された加害者。そして死に行く心があったという。


足のつかない世界に沈む人面の疼きがいつまでもあるようにも思えて、結局要らぬさようならを繰り返す。


根本はいまだ変わらず、少しの進歩したガジェットの中で私たちは今を過ごす。技術で誰もが安心の世界などと歌えども、結局最後にあるのは人間の悪意だけ。自分が正しくあることを示さねば、誰をも殴れない。それがどうして、人の海にいなければならんのだと。


地下の闇に並ぶカプセルを眺め、ミオはほんの少し息を吐いた。


まだ拳銃は彼女の懐にあり、弾丸は朝のままに最大まで装填されている。最大でも6人は殺せる――――少なくとも、自分一人をどこかに堕とせてしまうだろう。


どこかで『アイツを殺してしまえよ』そうささやく自分がいる。絶対に何をしても、あいつを殺してしまえと精神がささやく。絶対的な悪意に反攻をしたがるこの心の中が、どうしてもどうしても完璧でありたいと願ったのだ。


ミオはカプセルを降りた。少しだけ甘いにおいがして、五つ手の感覚がどこかにあった。


嫌になるほどの降水があると予定されていたけれど、ミオは傘を持たずに外に出た。学校までずぶぬれだけれど、どうでもよかった。


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どこかに隠した喪失感の中で、ミオは朝早く教室に佇んでいた。うだつく月曜日の朝は、だれも来たがらないらしくがらんどう。部活動をする人間だけが荷物を置きに来るだけで、窓際の誰だったかわからないものの机に腰かける彼女を一瞥して出ていくだけだった。


川の流れがよく見えて、冷たい水の音も理解できる。どうしたって聞こえない人の声がわかる気もして、刺し貫くような痛みに似た声だけが残ると聞いたのだ。


誰が来るでもない、誰が戻るでもない。そんな時間をしばらく過ごして彼女は待った。うたたねに近い暖かさと、風邪ひくような冷たさを感じながら、ミオは緩く髪を結ぶ。


いつもまとめずに梳いて下ろすだけだったけれど、先の方で後ろに一つまとめたのだ――――怒りを向けた相手と同じ。同性の争いには邪魔だからと、そんな感覚だった。


ため息が漏れる。これからするべきことの為に心臓は高鳴るのに、意識は遅く今を見てささやく。


『君は殺すのか?本当にそれだけの覚悟があるのか?』


習ったばかりのコック&ロックは語り続ける。いつも持っていた教科書入りのかばんではなく、今度は弾丸とクリップ入りのボストンバッグをだらんとぶら下げ、彼女は銃を隠して息を吐く。


『それでも、体はしろと語るのだから』


細めた目で外を見下して、もうしばらくで来るだろう相手を確認する。あれが履き替えて登るまで1分もいらない――――だからな。


”洗われた”銃を取り出して彼女は、待つ相手の机に座りなおす。そこも窓際だったので、枠と机としりに隠すようにしてリボルバーと手を置いた。


「…………あんた、どこに座ってるわけ?」


乱数表のような苛烈な少女は、自らの所業を棚に上げてそうつぶやいた。


「どこ…………だろうね」


ミオはわからないととぼける。まだ残っている薬の影響か、一応は覚えていたはずの顔と名前は一致してくれない――――だから誰かわからないままに、ぼんやりと続ける。


「でも、ここにいるべきだとは思った」


真実ではない事実を。


「だから…………どこに座ってんのって!」


名を忘れられた少女はミオに詰め寄り、胸元のリボンをつかんでどかそうとする。年にしては少し深い皺がうごめき、幼いにしても力強く彼女はミオを床に押し、いるべき場所は違うだろと語るのだ。


早くここからいなくなれ。少女はそう深く壁に押し付け、椅子から離してミオを呪う。


「誰のに座ってんのって言ってんのさ……!」


「私のでは無いね…………でも、それが何か問題なの?」


「わかってないなら…………わかるように……」


彼女は首を絞めるようにミオをつかみなおした。深々と握り、何が憎いでもなく彼女に力を込める。殺したいわけでもないのに呼吸を押さえつけて、生かしたいわけでもないのに力を置いて。


カーテンのかかった窓は、外からは見えない。そこに誰がいるかなんてわかりっこない。


教室というものは意外に死角なもので、意識しなければ誰もいないことにできるし、空間的にも切り離されている。40人入る学級だって、早朝や深夜は誰も知らない。まともな生態をした学生には勝手に身につく目の逸らし方次第なのだろう。


ミオはバッグを持っていない手でそろそろ限界だと叩く――――もちろんその手にはリボルバーが握られているので、当然驚いて少女はミオを取り落とすのだ。


そうして床に落ちた衝撃もあってか、偶然それは火を吹いて膝に穴をあける。大動脈には当たらなかったものの、皿を砕いて関節が死んだ。


いきなりの出来事に驚きながら、そんなものをどこから手に入れたという怒りに似た困惑と恐怖に少女は驚く。初めての命の恐怖に彼女は失禁し、後ずさりしながらミオに涙をこぼした。


「なんであんたが…………」


撃ってしまった恐れと復讐への快楽が混じり、もともと奇妙だった思考がさらに疼く。このまま色々に風穴を開ければ、どんな風な楽しさがあるのだろうか――――最低でも、今のをもう一度見られるのでは?


ミオはあたりもしない、使い方なんてほとんど覚えていないそれが、空虚にカチリと叩くまでトリガーを引いた。弾が出ないとわかっても引き続け、無意味なんだなとわかればバッグの中のクリップを取り出して入れ替える。乾いた破裂音が、失敗しながら肉を切り裂いてあざ笑う。


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完全に締め切っていたから、何かを何度も落としたくらいにしか思われなかったのだろうか?


壁につき刺さって止まった弾と、動けなくなって息を荒げている少女、そしてミオ。それらのうちの最後以外が見つかるまで、10か15か、それぐらいは必要だったらしい。


自宅に逃げ帰った少女は、すぐに出た登校禁止令を見てすぐ、持てる一切合切を背負って駆け出した。


クリップ全てを思いのまま撃ち尽くし、ミオは目の前に転がっているのが憎むべきだった相手だと、素面の頭でやっと理解した――――いや、あの時既にシラフに戻っていたはずだった。


これをだれがやったのか?もちろん自分だ。なぜやったのか?怒りと、死んでもいいやという冗談めいた感覚があったから。じゃあなぜ、脅すので止めなかったのだ?


あいつと何も変わらない。


世間からみれば、いじめからの反抗に見えるだろう――――でもしたことは殺人だ。自首をしたとしても、世間にバレればわかる。


いつの間にか体はまっすぐ逃げ出そうとしていた。監視カメラも顔認証も増えたこの世界で、どれくらい逃げられるかはわからない。けれどどこかが、この罪悪に耐えきれない。


自分の中に殺しを楽しむ自分があること、そして『あくまでも平穏の中に』それを隠していられたこともが苦しい。自らに悪をないようにしたいと望んでいたからこそ腹立たしく汚らわしい。


だからミオは、タッグのロックを切ってメモ帳に一枚、ほんの短い文章を残して家を出た。


行先はたぶん、セカンドレイヤーだろうか。


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