地下街の夜の夢/おやすみなさい
----
美しく整ったカプセルの中には、不条理だけが並んでいる。結局不織布バッグにいっぱい詰め込まれてしまったものは、その場で使うにしろ捨てるにしろ、指紋だので社会的に死んでおかしくない代物。そのままにするしかできなかった――――むろんそれ以外にできることはたくさんあっただろう。
カードを警察に届けるなりすれば、ここに来ることもなかった。いらないと確信して断れば、こんな邪魔を手に握るわけもない。そもそも溶け込んでいれば、何の干渉があったわけでも…………。
過ぎたことにパラレルを見ながら、ミオは吐きそうな重力に耐えていた。
右手に握っているのは、さっき買った拳銃。型番とかそんな細かいことは知らない。手のひらには少し余る、ホルスターに納めなければ隠れない大きさのもので、黒くフラットに光る。全体としては丸いけれど、部分では四角い特有のフォルムだ。
「なんで、こんなものを…………」
使い方に慣れるためにと、試し撃ちをさせられた。表面では冷静を張り付けていたけれど、内心では弾頭から響く重みがどうもと笑うのだ。
パンパンと乾いた音がするたびに、その一発一発は『当てればお前は誰かを殺せるのだぞ?』と揺らめく。
「…………なんで、私は」
重みから逃れようと吐く息は、換気されているはずなのに身体にまとわりつく。
「なんで……わたしは…………!」
そもそもなぜ始まったのかわからないこの生活が、苦しいとも思わなくなったのはいつだっただろうか。私がなぜここにいるのだと逡巡して、受け流せばいいのだと気づいた日は。雨に濡れるままに立ち尽くした日は。
この蒼穹が、わざとらしいと見たのはいつだったのだろうか。
さっきの残りがあるシリンダーに薬莢を一つ忘れて、カチカチと運に任せて回してみる。冷め切った心中で衝動に任せて、頭に向けてトリガーを引けば、既に燃えた雷管が叩かれる音がした。
一気に悪寒が走った。
同時に自殺とは、常に衝動的なものなのだろうとも理解した。踏み出せば一瞬なのだろうけれど、死の恐ろしさを忘れるほどの衝動がなければ起きないもの。本能のブレーキを押し切って、一つの覚悟か受け流しかに身を任せるものなのだ。
だからミオの本能は、心臓と汗腺で脳に訴えかける。肺臓が酸素を入れては酸素を吐き出し、圧迫するようなものが眼球で舞う。
「…………!」
私の手にあるのは、命を決めるもの。
「まもなく、ドライツェン・ステーション」
電子音が、半ば斃れる彼女にそう語った。
スクールバッグと違法品が、重荷などないだろうと音を立てた。
----
悪いことすれば叱られる。それは誰もが子供のころに習う普遍の事実であり、だから犯罪をしてはいけないのだと学ぶ。
だから誰もが怒られないようにするのだろうけれど、それを恐れぬ悪ガキはどうして生まれるのだろうか。
何も怖くないわけがない。自分の命は自分の物なのだから、それを外の感情で左右されるなどされればたまらんだろう――――赤ん坊にネグレクトが通じないからとも考えてみたけれど、それは無知ゆえだ。
まだミオの家には、彼女以外帰ってこない。
『夕飯は自分で作ってください。それか買ってきます』
母親はこの年になって、働くようになった。前までは七時になれば飯が出てきて話もあった。それがなんしていなくなったのか。
学校の課題を進めてはみるけれど、ほとんど内容なんて頭に入らない。タグレースで調べるのは、休憩の音像と忘却の映像だけ。でもそれもいま、彼女のベッドに隔離されている違法の数々と比べれば小さなものだった。
机のタグレースに課題の文字を埋め込みながら、枕に埋もれる重量感から目を離せない。タッグを置いて気の散らぬようにするのはできたのに、どうしてこれができないのか。
結局彼女は目の前の課題から逃げ、荷物を床にはなして銃をとる。天井のライトに透かして、グリップを深く握って、そしてなんとはなしにハンマーを起こして。バチンと叩く音は強く鋭く、ザインかニヒトかを表すのだった。
わずか1キロちょっとの殺意が、腕ごとシーツに沈む。これが力で、これが思い。
鼻先に触れるわきの髪に吐息。少しの生暖かさをどける気にもなれず、袋に入っていた謎のパンを、どうでもいいやとミオはかじった。
まるで万華鏡のようなフラクタルが広がって、終わりのない意味不明が狂っていた。
----
いつか生まれる誰かが花を咲かして、そのために時計が馬に踏みつぶされる。がばがばになったベアリングは二重の時計をもって銃弾に変わり、時計を持って時計する。
チクタクが時計して時計が時計に時計と時計で時計の音は時計が時計によって時計が時計で…………………。
うるさいのではないか?
ジャガイモにサラダをまぶせバス日。白い雨が降っている。
勝った者が勝者であるから、このウニは針まみれなのだ。勝つから勝者でなければ。力があるから勝つのだ。力があったから勝つのではない。銃があるから殺人が起きるのだ。銃がないから殺人が起きるのだ。
十字架を背負うから人は生きるのだ。死んだから悪人なのだ。とろろ芋はさびるから善政をするのだろう。
人の世に行くまでも吹雪があることは当然の権利だ。インセンティブのある炎はただの地獄であり、蒼穹に輝く昴は昼に燃え尽きるだろう。谷も郷里も自由になり、視界の端に寂しさだけを置いて英雄になる。ぽつんと寂しく。
強欲が笑うのは手を叩いたからだ。今は確認できないけれど、色々が動いて崩れるレイアウトがおじさんめいてレイアウトが崩れる。星が燃え尽きる。今更投稿されたサイドのもらわれ方は怒られて、許可をもらってカードを作る。
もう2枚3枚は誰も許可せず、マネージメントの能力で強欲の谷が深まっていく。許可は出ていない青い目とラミネートは死んだのだ。だから今必要に応じてそれがなんしてパラパラ漫画。
それは唐突の海になった。私の心の中の海。
さて夕日なのか朝焼けなのかがわからない、二通りで一折の回答の海――――だけれどそれに似つかわしくない、とてつもなく平坦なため池のような静寂さすら残る、死んだような深い海だ。
奥がどこまでも深いゆえに、現れだけは澄み渡っていてけれど何も見えない。幾らでもわかるようで、入ってきた光は何も戻ってこない。完全に全部死んだ色だ。
温度は不思議なことに体温程度で、中では緩やかにうねっているらしくふらふらする。まれに硬い感触があって、握ったのは何なのか――――それがわかれば一気に音が響くのだ。
----
目が覚めれば、そこにあったのは銃口だった。生きるか死ぬか。どうしてか実弾も入っていて、トリガーが引かれれば死んでいた――――なぜだろうか、するべきことがわかった気がする。
彼女は時計を宥めた。長々うざったく響いていたそれは、珍しく味方になった気がする。
「僕が………………」
モノトーンの視界で息を吐く。今ここにいるのは誰か別人だけれども、それでも根源のあるミオらしくて、狭間狭間でダウナーが腰かける。
まだ朝食には少し早いけれど、この心拍を落ち着けるには時間が足りない。
ミオはしばらく時計を眺めて、どこかに置いてきた恨みをこんこんとつぶやくのだった。
----




