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地下街の夜の夢/澪標


彼女にとって、昼は夜だった。授業は珍しく邪魔を受けなくて済む時間で、勉強は名目にして誰かから逃れられる安住の地。閉じ込める様に学習机に縛り付けられてはいたけれども、愛なんてものがないことは理解していたからこそ、彼女は好き勝手にしている。


夜な夜な趣味のために、ジャンク山からこっそり盗んではくみ上げた非合法のタッグで彼女はまた、写真を一枚撮った。冬の気候に今は合わせられているから、夕焼けめいた明るさの物が並んでいる。


ミオは日課のそれを自分のクラウドに投げて、堤防の淵に立ってまた魂を移す。


そうしてやることもないからとしばらく目を閉じてみると、長くあったはずの始業までの時間は消えているのだ。


チャイムぎりぎりで今日も着席して、特に聞くこともないホームルームを受け流し、わざわざ移動があるからと選択した教科へと彼女は走る。何度となく脚をかけられラクガキを続けられとした結果で、遅刻魔だからと納得させ、カバンを背負って教室に飛び込む。必要なものだけ出せば、授業中にまでたち歩いて邪魔なんてないだろうにと。


背中に飛んでくる紙だの消しゴムだののかけらは、まとわりついて少し腹立たしい。


「ではここで……そうだな、グスタフ!」


たまに主犯ができなくなれば、不幸の手紙めいたものをこっそりと書いていたり。私の為に何もそこまでとも思ってみたが、それが楽しいのもあるのだろうか?


もしくは自分の辛さを表すことがダサいだけなのか。少年ゆえのまっすぐな瞳は、結局受け入れられないだけのことらしい。


毎授業は文具の無駄遣いで怒られるわ面倒だわでしないけれど、反応がないのは気に食わないのか、噴き出すのが楽しいのか。


面倒だから眠る振りと睡眠で耐えるのだけれど、何かは既に擦り切れていた。


腹痛とかの理由をつけてトイレに逃げ込んで、実態を作るために下剤すら飲む。足を取られないようにいろいろのステーションで隠して買ったもので、効果はばらばらにあったのだが、そのせいもあって時折本当に体が崩れる。


倒れそうになりながらも、誰もいない家に帰ることは嫌で、マイナスがあってもプラスにありたいというのはおかしいのだろうか。


「砕けて、いなくなってしまいたい」


クリスタライズ・シンドロームで消えた親友のことを思いながら、ミオはぼんやりと意識を空に浮かべる。同級生の遺体であり、形見であるからとたった一つ許可されたアクセサリーは、皮膚にいくらか食い込んで冷たかった。


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学校終わりの天気予定は雨だった。折り畳み傘はカバンの二重底にしまっておいたから、少しの間隠れてからいなくなろうと、ミオはタッグに落とし込んだ図書室の書籍を出して、屋上の階段で佇む。


掃除の時間でもここまではされないし、部活もなければだれも近寄らない、プールへつながる屋上の階段。当の昔に水泳部が死んだから、本当に授業以外で足場が濡れることはもうないのだ。


水を含むために、ロケットの裏地めいて彫り込まれた床の上に落ち着き、彼女は窓の外を眺めてページを進める。いつもは足早に荷物持って学校を出ていたのだけれども、余計な用事いくらかのせいで間に合わない。


帰宅部の鑑のような生活で、どれだけの速さを出せるかという悲しいレースをずっとしてきているのだけれど、彼女はどこか、それからは抜け出せればなと望んでいた。


下校時刻の鐘がなる。午後五時になったら、教師の付き添いナシなら帰れとのお達し――――部活なんてする奇特な人種はそれから1時間ほどのちにいなくなるので、つまりこれから少し遅れれば安全ということである。


あと一章。


ミオは調整も兼ねて、読み進めていた時代小説をタップし続ける。それは彼女の趣味とは全く違うものなのだが、それを好んだ人間が、まだいるのだと証明したくあった。


靴履きというボトルネックで出来た人間の列が、彼女の下に蟻のようにいる。内容に自分を浮かべながら時折に外を眺めると、たまに途切れる人々がどこか、生物で設計されたオートマタなのか、と思うようにきれいに隙間を開けて動いていて、それから外れたから自分はこうしているのだろうか?ともミオに思わせる。


多数派の中に入り込めなかったから去らざるを得ない人間が、それでもそこにいたいと望む権利のようで、ペンデュラムが止まる瞬間のようだ――――両端でしかなくて、誰も間が居ない。


ここにいる権利があるのならば、ここからいなくなる権利だってあるはずだ。


体育の間に抜き取られていた定期券入れの中身をみて、ミオは深く息を吐いた。


「シャーリー。でも僕はまだ、ここにいるよ」


どうやら自費で、家までの資金を出さねばならないらしい――――そしてちょうどそれぎりぎりの物理素子だけが、財布の中には残されていた。


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学校を出て、シルクリートの歩道を進んで。駅の近くであった工事の残骸が飛んでいるのだろうか、破片らしきじゃりじゃりが小さく残っていた。


かけられている時計を見れば、今は5時半ちょうど。生徒はほとんど消え去っていて、閑静な住宅街に買い物帰りだのの大人だけが残る。定時帰宅なんてのは夢に消え去っているから、そういう面でも静かにできるだろう。


取り壊し予定の公園の配水塔が見えて、あれにいつかは登ってみたいと思っては消える。オフィスビルのシャッターを通り過ぎて、彼女はタッグのプリペイドにいくらあったかと路線図を調べ出し、よくよく考えれば、素子の手数料で足りないのではと気づく。


日本円にして10円分。硬貨1枚ちょうどだ。


途中下車して歩くにしても、まともに歩けば30分コース。親は基本いないとは言えど、帰りは飯時の七時。空腹に耐えかねればもっと長く歩くのだ――――前も似たようなことがあって、かなりイライラがあった。本当にもどかしく、じゃまっけな。


「……カード?」


だからそれを覆せるのでは、という目の前の救いがあったから、拾ってみようと手が伸びるのは自然なことだ――――それは見たことは無いが、確実に駅で使うためのカードであるとわかった。


特殊なタイプであることはわかったが、街路樹の生け垣に落ちて隠されていたからか、傷はそこまでない。ゲームのカードなら新品で通用するだろうというほどのつやつやした表面には、わけのわからないナンバーと注意までが並んでいた。


「そういえば、めずらしい」


今時はだいたいがタッグで済むから見ないものだ――――かくいう自分は、そのためだけに作られたレガシーさと廉価さが好きで愛用しているのだけれど。


ミオはそれをどうしようかと一瞬迷う。


届けるにしても、基本的には使い捨ての切符替わりとしてのがおおいから、ゴミ箱に似たようなのは多く転がっている。ほとんどタダみたいな代金で手に入るから、新品の限定品がまるでジャンクのようだ。


「…………使ってみる?」


どうせこれもその一つだろう。錯誤があった、とかすればいいだろうし、どうせ誰も見ていないのだ、問題はない。


合理から飛び出した不法の名前は、欲望であるのだと彼女は思う。勝手を下としても咎める人間がいないのならば、それはたぶん罪などでないと思えるのだ。


だから徒歩五分の先のステーションでカードを読み取って、彼女はいつものホームで待つ。


人はほとんどいなくて、待ち合わせかポッド待ちくらいが残るほどだった――――制服を着ているのはミオと、どこかで見たような白髪の男子学生だけ。それらもポッドに乗ってすぐにいなくなって、新しい人間と変わればもう誰もいない。


近年の駅システムは発達しているから、人一人を行きたい場所に輸送することは基本。人間入りのポッドはレール上を高度に制御されて移動して、勝手気ままにどこへでも行ける。


そこからエレカに乗せ換えてもらえば、棺桶から病院までどこへでもが自由なのだから、それがどういえばいうのだろうと。ミオは少しの間ためらって、人の金でカプセルに乗り込む。それはいつも見るものと違い、どこか壁が厚いようだった。


彼女はタッグをかざしてどこに行こうか確定する。実際は個人情報が食い違えば動かないはずだが、それを知らない彼女は普通に認証が通ったと勘違いして眠りにつく。


家まで眠りながら帰るのが癖だったからだが、それ以上にシートがふわふわ過ぎて心地よかったからだった。


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