地下街の夜の夢/盗まれたもの
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人間の中にはまだ解析できないジャンク遺伝子が大量に眠っていると言われている。その中の一部分がどうしてか目覚め、細胞のもろもろを変質させて力に変える。それがミュータントである――――そしてその細部はいまだにわかっておらず、始まりのミュータントと同時期に発生した奇病、クリスタライズ・シンドロームと関連があるだけにとどまっている。
だから偶発的に民間人の中から人外が誕生することは普通で、それを戦力としている組織が生まれることも必然だ。
周囲に紛れるには過ぎた力であるそれを持ってしまえば、扱いきれずに身を崩す。仕事で使っているアイテムなどを壊してクビになったり、嫉妬だので村八分にされたり。使いやすい能力ならば紛れることも可能らしいが、それでもどこかですきが出るものだ――――そうしてだいたいは闇の世界に落ちる。
マフィアもギャングも急進的な企業も、誰もがミュータントの力で裏からのし上がる。敵を殺して、力を切り売りして。
それの最も強大なものがストレイドでありアンダーシティ。恐ろしいまでの力で作り上げたセカンドレイヤーは、その象徴だった。
ケルス・シティのパララ・ストリートにあるハチ・ステーション。学園都市めいた構造で、それなりの規模の学校へ連なる――――ツェーンにはかなわないものの、こちらも陽と陰両方のオフィスが多い。
そして住宅地のようで実は工業に近いのかとも思えるその中に、ストレイドの犬ガット・カーターのいる場所があった。
「手を…………煩わせやがって…………」
表に『売地』と表記されたシャッターの中には、大量の薬物の残滓と瓦礫。もちろん買わせる気のない表示で、仮になっても身内に工事させることで証拠隠滅をする計画だったらしい――――コンクリートの塊がそこいらに広がっていた。
「……化け……物が」
上半身を切り飛ばされたニンゲンモドキが、ぜえぜえとしてつぶやいた。それはもちろんミュータントで、今の今までカーターが戦っていた相手。この組織の力の象徴でもあって、絶対につぶさなければならない相手であった。
彼はタッグを取り出し、頭を踏み砕いてノーティスをした。
『ミッション完了。じきに死体になるだろうから処理を頼む』
もちろんそれは、異食性のミュータントをよこしてくれということ。最近手に入ったそいつは特殊で、なんでも体に突っ込んでは完璧に処理を行ってしまうというものらしいのだ――――数が少ないから重宝されており、それなりに地位があるらしい。
かつての自分もそうだった――――その能力が消え、別物に入れ替わった今はこうして、下っ端仕事をする羽目になっているのだが。
『14分で到着する。護衛が先んじるから、引き継げば帰っていい』
バイブレーションとともにそう帰ってきた。カーターは同時に上半身を逸らして飛んできた9ミリ弾頭を躱し、身をひるがえして投げ返す。右肩に命中したそれは神経を正確に切り裂き、ついでに動脈も裂いて血だまりを広げた。
「くた……ば……れ…………」
捨て台詞を吐いて、男は人生から逃げ出した。彼の握っているポリスアームを握りつぶし、カーターはつぶやく。
「だから邪魔なんだよ……」
そして少しだけ佇んでエレカの音に気付き、
「こちらスコール。ミッション開始する」
と交代要員に任せてエレカをいただいた。
歩いて5分ではあるが、返り血まみれの今を脱ぎ捨てるのも兼ねていた――――車ごとで乗り込めるのが近代列車の進化だ。
取引相手として入ったから、今の召し物は黒のスーツ。イタリアンで細身の実戦用な、防弾繊維入りのものだった。
正直動くには少々きつい。ポケットの中身がそれなりにまろび出て、刺していたスパイめいた暗器のほとんどは外に出てしまっていた。
「……どうやら『変身』の時にカードをつぶしたらしい。予備で入る」
とれにくい服の胸ポケットに収めてあるから大丈夫だとも思ったが、銃弾に能力をすればこうもなろうか。だからレイヤーにはいるときの認証がないのだが、だから再構築で不便をするのもある。
「わかった。報酬は食事と着替えの後でな」
通信しながら彼はいくらか長い着替えをして、焼却ゴミ箱に投げ込んでステーションに降りた。
「ああ。スティックはもう勘弁だ」
ミッションに向けて、安定剤も兼ねての食事はつらい。前から合わせて予約を入れていた地下の店にと、彼はカードを切った。
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血まみれのにおいを隠すように、太陽灯の朝はやってきた。ハチ・ステーションから歩く学生の列は7時半から止むことは無く、スマホに喋りの連音は止まることがない。
「おはようございます」
言葉の裏に隠されたとげには、きっと誰も気づくわけがない――――進学したての幼さ残る少年少女らの中には、無邪気ゆえの痛みと矢が残る。音の出ない弓ひいて、誰もが誰もをと望んでいるのだ。
あくまでの優しさはあるのだけれど、それ以上に彼らは凍っていた。
「おはよう」
笑っているのだけれど、それはスティモシーバーから来たものなのかとも思える。人工的な終末からの恐怖から、核の力をぎりぎりまで抑え込んだ大量の原子力電池で動くこの世界は、結局機会なのかと。
けれど仲間と笑いあっている間はきっと、まだ心で納得していられるのだろうか。チャイムが響くまでは、まだ1時間あった。
ほとんど直線的なスクールゾーンの中で、まだほとんど人のいない時間。人工的とはいえ、十数年の歴史のある川。その土手に佇みながら、この後のつらさを思う少女がいた。
彼女は自らと同じ標識の列をみて、少し跳ねる魚を見て、そして最後に自分の手を見た。長いこと趣味で汚してきた、色とりどりの手。イソジンでも使い続けたかのように染まったそれは、おそらく使い続けた絵具だろう――――その上には、絵では生まれない怪我がある。
いっそ転校でもできたら。
1年ほどこうして練習した水切りは、まだ成功しない。
「クソでも食ってろブス」
「やあねぇ、じいちゃんは昨日くっただろ?」
そんな言葉は聞き飽きた。今では何も感じないようにはできる――――けれど、まだつらい。
何も怒ることのない大人にはまだなり切れないくせして、誰をも傷つけたくないやさしさめいたものだけがまだ残る。しこりだけが延々と肥大化していって、頭を撃ちぬいては髄液を涙にして吐き出すらしく思えた。
自らの名を冠したものの列が、大規模輸送の跡を示し眠る。もう二度と使われることのない船の並びは、どうしてかいまのミオ・ツクシの状況に重なって見えた。




