遅すぎた埋葬/愚かに
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サナトリウムに来てから半月が経過して、久方ぶりの生活に体が慣れてきた。
彼の例が特殊なだけなのだけれど、病院暮らしというものは楽なもので、一定の時間に自室にさえいれば、あとは割と好き勝手をできた。買い食いだったりはできないように病院外に出ることはできなかったけれど、代わりに栄養の許容バランス以内で構築されたドリンクだったりスナックだったりを提供された。
その上外部ネットワークともつながっているから動画だのを見て馬鹿笑いもできたし、運動が欲しければアイソレーション・ポッドでVR世界に入ることも可能だった――――おおよそ通常の病院とはかけ離れたような良い設備だったが、裏を返せば終末医療めいた状態だから許可されているようなもの。
まっとうなのは望めないからと置かれているらしかった。
それがわかったのはかなり前で、何度目かの入院の時。発作が終わって経過観察をしていたころだ。かなりの傷を負う羽目になったから仕方なく寝ていたのだが、その隣に部屋では患者が亡くなり、その隣の隣でも泣きはらす家族らしき人間がよくあった。
防音処理がなされているからほとんど聞こえなかったが、扉が開いているときだけに入り込んでくる情報だけでそれは理解できる。だからまあ、状況は状況だと考える様にしてアースチンは、いつも小さな自由を遊んでいるのだった。
今日はだれか知らないが、新しい人間が来るらしい。サナトリウムに新たな住人が来るときは、必ず理解のある隣室の人間に話が来る――――医師曰く、彼は狂暴であるらしい。
午後2時ほどに彼はやってきた。付き添いするつもりがないのか、それとも耐え切れなかったのか。鋼鉄製のロボットの力によって引き込まれ、彼は蹴り飛ばされるようにして部屋に押し込まれた――――私は翌日にでも挨拶をしようと一度目を背けたが、彼はそんなこと知らんとばかりに通常と檻にやってくる。
「私は…………誰だろうな」
彼はボロボロの姿でそう言った。
「…………はい?」
私は素っ頓狂にそう吐いた。
バスローブに近いような簡素な白服した彼は、どう見ても20か30。そうでないにしても50には至らない――――なのに声質が、明らかに若さのない、古ぼけたというよりかは擦れ切った声だった――――だからアースチンは、少し不思議に一つだけを感じ、小さく続ける。
「ああ、はい。よろしくお願いします」
彼は少しの間とどまってつぶやき、部屋に戻って箱を一つ持ってきた。いわゆる手箱で、中になんぞを収めてあるらしい――――がさがさと紙クッションがあるように聞こえ、ぶっきらぼうに差し出されたそれを彼は受け取り、小さく微笑んで見せて分かれた。
いきなり開けるのも少しだけはばかられるがとどこかに置きながら、彼はそれを開いてみる。中にあったのはご丁寧にラッピングされた小箱で、500円のプラキット一つほどの大きさだった。
何か奇妙なことを見てとったが、まあ冗談だろうと彼はそれを開いてみる。当然そこにあったのはまた一つ小さなボックスで、いくら開けても空き箱ばかり。いい加減にと小指ほどの物を開けると、そこに残っていたのはキャラメルだった。
たったこれだけ?と思って空き箱の中をくまなく見てみたけれど、どう探してみても中身はそれ一つだった。大量に並ぶ箱は、縦に積めば天井にまで届く――――たかがあれだけの為に、これだけの過剰包装だなんて、非常識な。
まあ、非常識にならなければここに来る羽目にはならないか。
アースチンは、はたから見れば自分だって非常識――――奇病に苦しめられながらも、通常を失わぬ変人――――だとみられていることを思い出し、わずかに息を吐いてそれを口にした。
味はそれなりで、駄菓子といったもの。ベッドの上で幾分甘いカラメル味が広がって、彼はそのまま眠りについた。
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翌朝からアースチンは、久方ぶりのシナプス痛に苦しめられて目を覚ますことになった。
どんどんと壁を叩くような鈍さが頭の中に広がり、少し運動でもすれば地獄のような圧迫感が連鎖する。心臓の鼓動に連動してつらさだけが続いて、いつまでもいつまでも終わらないように拡大発展してくれやがるのだ――――これが来ると、一週間ほどで症状が出る。遅ければ9日、早ければ2日。
短いときは相対的に重い症状で、遅いときは軽くて済む。けれど全体の苦痛では等しくて、どっちにしろ憂鬱だった。
アースチンはついに来たと担当に告げ、いつもの痛み止めをもらってベッドに倒れこんだ。この痛みがあるうちは、外で動く気がしない。
そうしてこの一日は、彼は外にほとんど出ることなく過ごすことに決めたのだった。
外でこの苦しみを味わえば、ごまかせる気がしない。誰かに助けを求めるのは悪いことではないとわかるが、どこか小さなプライドのせいでそれもできない性分だ――――だからと言ってどうなるわけでもないから、耐え切れなくなった彼は数度ナースコールをした。
それで飛んできた看護師がカンフルとして鎮痛剤を注射してくれて、いくらかの間は収まる。けれどまだ効き目が続くはずなのに痛みが戻ってきて、まるでドクササコでもかじったかのようだと彼は思った。
時折部屋の掃除に食事だので開く扉から聞こえる外の音が、ハンマーのように脳を叩いた。まな板でニンジンを切る音が遠くからの銃声に聞こえる如くに、軽いような扉の開閉音。痛み止めで軽くはなったのだけれど、それが吐きたくなるようなものなのは変わらなかった。
音を抑えてくれと通達してあるらしく、全員が全員努力は見えた。それでどうにかなるわけでもないので、アースチンはベッドの上でもがきながら、頭に手を当て顔をゆがめる。
枕に顔をうずめて片目だけを開け、声帯をポコポコ鳴らしてあああああとつぶやきながら、いくらかありがたいと小さくニューロンにつぶやくだけができた。
そうして幾分軽くなった間に彼は、気晴らしにいくらかを飲んで食べてして吐き出す。夜には楽になって、痛みが消えるタイミングを見て彼は眠りにつく。
次の日もほとんど同じ生活で、ただ一つだけ、自分で使える痛み止めを置かれたことくらいが違いだった。
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