羽根と羽/眠り
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少年は巨大な破壊の跡を見つけた。少年は喜びの声を上げる獣の声を聴いた。少年は両腕を失った烏の姿を見つけた。
男は小さく両手を払い、ゆっくりとファリスのもとへと歩み寄る。「ま、お互い様か」その言葉に、少年はファリスの死を確信した。脳内にまた、先送りしていたパルスが走る。
「せめて、自分にできることをして」「生きるんだ!何をしても生きる!」「自分は生きていてはいけないのだから」「あの人への礼を返したい」
様々な思念が波となって彼の中でざわめく。不思議な使命感が生まれては消え、生きるためには見逃せとの独善と戦いをしては彼の心を揺さぶる。
「じゃあな、同類」男の声が残酷に響く。彼の弱々しい能力に対抗できないほどに弱っている今の男ならば、どうかすれば殺しきれるだろう………。少年は非情にそう見て取った―――そして、仮にそうだとしても自分は傭兵から逃げられずに死ぬのだとも。
「そうだな、死ねよ」「生き延びるんだ」「ほんのわずかでも生きて死ねよ」矛盾した感情が彼の中で廻り廻る。「地獄で」男たちに集中していたがために不意の弾丸に撃たれ、少年の肉体が落下する。
「会おう」男の声が小さく響く。「自分は「どうして」なぜ「きっと」たとえば「あれなら」せめて………」大量の単語がうごめく。眼下で男がゆっくりと、最後の攻撃のモーションに入る。
「あああああああああああああああああああああああああああああああ!」
理解不能の叫びをあげつつ、少年は地面へと飛んだ。無意識という名の覚悟が、彼の体を突き動かした。生き残るための状況判断という理由付けが、彼の葛藤を蹴り飛ばした。
せめて自分は、救ってくれた人の一人でも救って見せる。彼はそう覚悟した。
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「させるわけにはぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
少年は攻撃の間に割って入った。攻撃が彼の腕に当たり、硬質化させた翼が割れて崩れ落ちる。元の人の腕があらわになる―――だがそれでも止まらず、彼の胴体に腕が突き刺さって止まった。
三色の混合液があたりに散らばる。「……一回は一回。これで返せましたか……?」
少年は言葉と同時にブリーフケースの塩と維持加速剤、チョコレートバーをファリスの口へと放り込んだ。三つ全てをかみ砕いて飲み込み、傷口から直接摂取し、彼の両腕が再生される。彼の肉体にエネルギーが満ちる。
ファリスは言葉の代わりに、自らの体をチーターのミュータントへと飛び込ませた。少年の存在に気づけなかった男は、腕を引き抜き退避しようと試みる―――だが彼の体は動かない。硬質化させた羽根をシルクリートに突き刺し固定した少年が、腕ごと彼を全力で捕まえていたからだ。
「!」彼は少年の腕を折り、体を蹴って地面の羽根を抜き取る。
男は再度駆け出して逃げ出そうとするが、その時間はもうなかった。
男の胸にサメの歯のごとき連続した刃が突き刺さる。ファリスはそれをさらに深々と押し込み、体を貫通させてから横なぎに引き抜いた。心臓を半分に切り裂かれた男は頽れ、内部の液体をどろりと散らして目を見開く。言葉すら吐けぬほどに破損した肺を動かし、彼は何かを発言しようとしたが、それを待たずにファリスは頭を踏み砕いた。
コアの消え去った肉体が一瞬だけ燐光を発し、すぐに細胞が崩れる。赤と青と金の液体は完全に色を失い、特殊な揮発性をもってすぐに蒸発した。
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風に乗って襲撃者の肉体が無に還るなか、ファリスは確定したかのように見える死から救い出した勇者の姿を眺めた。それは最初に見た時とは違う、少しだけ大人びた少年の顔。
彼は何かを思ってここに来たのだろうか。それとも、偶然によってここに引き合わされたのであろうか。ファリスは少年が持ってきた自分のブリーフケースを拾い、散らばっていたチョコレートバーを腹の中に収めた。
そして彼はは維持加速剤を投与し、少年の体の再生を加速させる。常人ならば死ぬ量の体液を放出した彼は一瞬でそれを再生産し、何もなかったかと見えるほどに傷のない体で起き上がりまた、意識を失って倒れる。
「次は無い……と言ったか」
ファリスは力なく横たわる少年を抱え、ぶち抜いた屋上の、まだ残っていた床面に置いた。彼は心なしか口元をほころばせ「よく来たものだ。この戦場で、その力で」とつぶやいた。完全復帰したファリスは、周囲の傭兵の喉元に羽を飛ばして殺す。
「いいだろう………今回はツケにしておいてやるさ」
彼は自らの経験則を軽くメモに書き残し、少年の右手に、まるで握手するかのように深く握らせる。そして彼は、眠る英雄をその背に、この救いのない自由へと身を投げた。
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