ハーフハート・アイ/-21g
右足を踏み込んでみるが、なぜか体が言うことを聞かずに崩れた。どうして?と見てみると足首のあたりから、白いものが飛び出ていて、血もいくらか流れ出ていた。応急処置として能力で鎧を纏い、ギプス代わりに覆っていくらか踏んだ。
アリアは引きずって歩き出す。どこから取引が漏れた?奴は一体?そんなあふれる不可思議の奔流に飲まれそうになるが、今はただ逃げねばとふらつく体を壁に押し付け、彼女は小さく息を吸ってゆらめく。
忘れていた恐怖の一端が顔を出したような気がして、そんなことではいけないと小さくそれをどこかに折りこんだ。
鉄骨を杖代わりにして、砕けそうな体を前に進める。非常階段までの間が防火壁で閉じられていたので、付いている小さな扉を開こうとしたけれど、経年劣化か何かで歪んで開かなくなっていて。何とかしようと全力で蹴ってみたが、強固なつくりゆえに歪むくらいだった。
バランスを崩して倒れ、割れた塗装と砂利が膝を削る。本来は私の力でも蹴飛ばせられるはずなのに。
メンテされずに何年かのあいだにここまで壊れてしまったのか。遠くから破壊音が聞こえてきたので、コートに結わえていたソードオフを取り出して腰だめに構えた。
音が近づくにつれ、アリアがグリップに加える力が増える。無意識に恐ろしさを押さえつけようとしているのだが、彼女はただ目の前に来る脅威だけを向いていて気づいていなかった――――そして隔壁が蹴り破られると同時に、彼女は破壊の方向に散弾をバラまく。
この散布界だ、まともに逃れられるはずはない。彼女はそう思って煙の中に、2発3発と続けて弾丸を投射した。
銃口から広がる爆圧によって砂利が舞い上がり、元から漂っていた破片の煙幕を空に留める。その空間を切り裂くのは弾丸だけのはずだったが、どうしてか一つ、あるはずのない巨大な塊が抜け出してきた。
人の姿だ。それに撃ち込んでみたけれど、旗に包まれたゴルフボールのごとく落ちる鉛の粒に無常を見つけ、感情を思い出す――――圧倒的な死への恐怖だ。
人間サイズのものが縦横無尽に飛び回るから銃はすすめられないだけで、当たれば十分にダメージを与えられる。なんせ生物は銃弾ほどの速度で走れないのだから。
かつてそう学んだ。けれど真っ向から大量の散弾の粒をぶち込んでも、全てを表面で受け流してしまっているのだ、恐ろしいとしか言いようがない。人間をやめた人間がいくら望んでもできないことが、目の前で軽々しく行われてしまっていることが、斃れるほどに恐怖を生むのだ。
腰から崩れ落ちつつも、彼女はおびえるように連射した。しかしどれもその場でぽとりと落ちるだけで、全く男の服を貫かない。ショットガンを撃ち尽くしたので拳銃を抜き、棒立ちの相手のどてっぱらに打ち込んでも結果が同じだった。
けれど。無為な行為だとどこかでわかってしまったけれど、それでも彼女は撃つことをやめられない。
「ストレイドの人造ミュータントか」
彼は低くつぶやいた。その間にも拳銃弾をつまんではじき返してはアリアに傷を与える。
「大方捨て駒として、割れてる取引に持ち出された、というところか…………試金石というわけだな」
それは獣のような鋼の爪を出し、ゆっくりと近づいてアリアの頭蓋を軽く握る。それを振りほどこうとしてパンチを放とうとしてみたが、瞬間的に腕の関節を250度折り曲げられた。
蹴りを放とうとしても同じ。とにかく何かで反撃をと試みる度に、使った骨が綺麗に真っ二つにされるだけだった。
嫌だ。まだ死にたくない。
アリアのニューロンパルスがそれで埋まり始めた。まだ5年しか生きていないのだ。まだ何か知らない物を見たい。できることなら逃げられるものからすべて逃げたい。助かりたい。
残った力を振り絞って鎧を生成してみるけれど、それも力で引っぺがされて使い物にならない。いつの間にか肉体の感覚が消え始めていて、ただ血と共に抜けていく体の奥の熱さが、10年もない生涯と共にほどけていくようだった。
「悪いが……元はお前たちが始めたことだ」
そうつぶやき、男が彼女の頭蓋を握りつぶそうとすると、さっき彼が開けた穴から何かが下りてくる。だがそれが誰なのかはもうわからない。
邪魔だと投げ捨てられたことがごく薄く伝わってくるけれど、もう視覚も聴覚もなにもかも、体からは抜け出してしまっていたから。
そうして21グラムだけ、アリアの肉は軽くなる。白く濁った埃交じりの空気が、地獄でも煉獄でも向かおうかと地に満ちた。
----




