ハーフハート・アイ/準備
----
自動操縦のエレカの中、シルクリートの道路の凸凹をタイヤ越しにしてアリアは、いつもあることを考える。それは自らの存在理由のこと。どうして私が改造されたのか、ということだ。
ミュータントには2つの生まれ方がある。無理くりに体をナノマシンに適合させて作るものと、元から適合している中にナノマシンが入って変化するもの。私は前者で、幼いころにいつの間にか研究所に収まっていた。
そこで何度かの実験を受けて、同期のほとんどを殺した挙句に出来上がったのが自分らしい――――そんな特別な人間だから、お前はストレイドを守らねばならない。
アンダーシティを守っているのはポリスでもガードでもない。ただストレイドによる巨大なるパワーバランスと、それを支えるミュータントなのだ――――だからすることは全て正義のため。そう教えられてきた。
けれど何度となく殺してきたのは、ジャーナリストだの従わない一般人だの、大体が知ってしまったような不幸な人間。誰もこの世界を怖そうだなんて望んでない。ただ目の前の出来事を受け入れられなくて動いただけの、真実を求める人種だった。本当にアイツらは悪であったのか?
洗浄用の雨は二時間後だと、エレカのタグレースが告げた。それまでに帰ることができるだろうと見て、頬杖を解いて天を向いた。
私にはもう考えられない。
こうするしかもう生き方を知らないのだ。…………だから、こうするしかできない。
一定距離の街路樹を数十本超える間に、アリアはぼんやりと空に問うた。このままでいいのだろうか?閉じた空は何も答えない。長い事繰り返したこの問答の末を今日も見ないまま、守るべきと願った社にたどり着いた。
エレカを下りてドアを開くと、中の数人が『今日もお疲れさまです』と声をかけた。それがいつもの問の答えなのだろうかと、アリアは小さく息を吐いた。
「先生。次の仕事が」
秘書役が来たばかりの彼女に、電子封のされた手紙を差し出す。わざわざノーティスで済んでしまうこのご時世に、わざわざ物理的証拠になりうるこんなものを送ってくるとは…………よほど急ぎの仕事らしい。アリアはすぐに席に戻り、コーヒーを入れてそれを開いた。
指紋認証式の電子ペーパー。指を触れさせている間だけ内容が読めるようになり、データの吸出しは不可能なものだ。開くと同時に認証画面になり、触れている人間の指を確認し、正式な相手と確認されて文字が表示された。
私のデータを持っていることから、おそらく依頼主はお上か。それが急ぎ…………果たして。
ペーパーの数項を読んでみると、それは珍しく暗殺ではないことがうかがえた。
『二日後に送られる荷物を指定ポイントに輸送しろ』
それが命令だった。ただし補記として
『こちらから送るケースを開けず、アリア・マーゲイ一人で輸送すること』
ともある――――わざわざミュータントを使うほど替えの効かない物らしく、その上秘匿も必要。よほど大事なものらしい。
アリアはペーパーを電子ロックの引き出しに仕舞い、コーヒーのおかわりをと席を立った。ならば準備はするに越したことはない。
----
指定された出発時刻は午前1時。そこから30分以内に指定したモーテルで半券を受け取って、さらに2時間後、指定ポイントで待ち合わせる。半券がどのようなタイプなのかは記述されておらず、またルートもどこを通ればいいかのインプットデータにされていた――――ここまでガチガチに固めているのに、たった一人とは。
本当に何かが怪しいが、特殊任務用のペーパーを使うくらいなのだ、それほどに重要な任務なのだろう。そして『受け渡しまで中身を開くな』との文面から察するにおそらく、輸送するブツは開けてはいけない物で、かつ人間が扱うには面倒なもの…………。ああ、そういうことか。
超小型ミュータント用戦術核。手りゅう弾ほどのサイズでビル一つを崩壊させる危険な代物で、ナノマシン入りの肉体でなければ触れると同時に肉が崩れる。その上特殊遮蔽ボックスに入れなければ恐ろしい量の放射線を放つので、使うまでは加工済みのスーツケースなどに収めねば死ねる、という代物だ。
だから跡を探りにくいバイクでも使って一人でやれと、そういうことなのだろう――――ならメモも残せないか。
アリアはペーパーをどうしようかと息を吐き、ほほに手を当てる。あまり目立ってはいけない代物だから、自分の力を使うこともできない。だったら久々にアレを使わなきゃいけないのだろう、仕方あるまい。
彼女はガンロッカーを開き、焦げ茶にそまったソードオフのBr-22ショットガンに、特殊部隊向け拳銃のNF22を取り出した。どちらもほとんど非合法に製造されたもので、法律の上では存在しないことになっている『メーカー純正の』品だ。
両方とも高いストッピングパワーを持ち、ミュータント同士での戦闘でも十分な威力を持つ――――かつてまだ力を使いこなしきれなかった頃、それを補うために使っていたもので、何度となく命を救われた。
今でも数カ月を置いて整備をしており、まだ扱えることは確かだけれど、それが急に必要になるとは。
いくらかかるだろうかとカードを持ち出し、アリアはカナードのヴェンティセッテ・ステーションに向かうべく、社を出た。
----




