表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/174

羽根と羽/止め

----


「そんな攻撃!」


ファリスは左腕に生やしたバックラーで爪を防ぐ。レーザーナイフかと見まごうほどの切断力を持つミュータントの爪の蛤刃がこぼれ、欠片が男の毛皮にはじかれて砂になった。しかしそれをフェイントとし、男は本命の蹴りをバックラーに叩き込む。


柔軟性を持ちながらも硬質な羽が砕け散り、骨組みがバラバラにはじけ飛んで落ちた。その衝撃に体を乗せてファリスは後ろに飛び、地面に手をついてブレーキをかけてから右腕のブレードを振りかぶって突進した。それをあえてギリギリで回避し、男はファリスをつかんで投げ飛ばす―――だが追撃はしない。すれば簡単にカウンターを取られることが分かり切っていたからだ。


男はワンテンポ置き、ファリスが着地したのを見て加速からの一撃を叩き込む。腹に加わった一撃をどうにか生成できた羽毛のクッションで殺し、体にかかった加速度を使ってファリスは背中の羽で上空へ舞い上がった。


彼の口からまた、数滴の血が落ちる。ダメージは軽減したものの、やはり男の豪撃が内臓に確実にダメージを与えているのだ。二色に濁った雫がゆっくりと固まり、赤い表皮を再生して剥がれ落ちる。もうこの速度になったか………。彼は自分の持つエネルギーが明らかに減っていることを危ぶむ。


しかしそれを補給するための手段は、最初の一撃を受けた時にその場に落としてきたのであった。ファリスはちらとブリーフケースを眺める。マーフィーの法則にしたがい、やはりというべきかそれは男の背中の方に落ちていた―――そして男は本能で重要な物体だと判断していたのだろう、彼はファリスと鞄の延長線上に常に立てるように行動している。彼が右に回り込もうとすれば右に、左に回り込もうとすれば左にと男は動く。速度では完全に負けているのだから、これを乗り越えるのは不可能であろう。


「面倒だな」


ファリスはにらみ合いの間に体の傷を回復させ、牽制で羽のナイフを投げつつ着地した。脚力で戦術的優位を取ることのできる柱近辺に剣山のごとく刃が生える。男が二秒後にいるだろう地点へと刃が飛ぶ。


それを助走してからのロンダートで回避して、男はファリスに体重を乗せた両足蹴りを繰り出した。ファリスはそれを空中へのジャンプでかわし、羽ばたきで鋭角の曲線を描いた体当たりを返す。


屋上のコンクリートがめり込み、男の体にいくらかのかけらが刺さった。そして筋肉の圧で破片が抜け、男の体から血が流れだした―――筋繊維が見えないことから、それはまだ浅かったのだろう。威力を殺されたか。ファリスはまだ抜けきっていなかった破片を足の爪でつかみ、肉を切り裂きながら投げ飛ばした。男の腕の筋繊維が数本断裂し、ほんの少しだけ右腕の力を奪う。


「だが」


空中で後転し、男は地面に足をつける。そして今しがた受けた攻撃よりも鋭角な軌道を描いた体当たりを、コンマ下に秒で柱一本の破断と共にファリスへと叩き込み返した。


----


少年は弾丸を受けながら、時折ぶち抜かれた天井の見えるゴーストタウンを全力で飛ぶ。「いたぞ!ターゲットだ!」ついさっきファリスを襲った組織の一員が、彼に中距離型のライフルを向け、射撃する。強大なイレギュラーミュータントの始末という大きな作戦の為に、ファリスの喫茶店周辺は一時的な空白地帯とされたことを、当然ながら少年は知らない。


ただ単に、人のいない方へと飛んでいった結果、単純に彼のいた場所にたどり着いただけなのだ―――そしてどうしてか、彼はもう遠くへと戦闘しながら飛び去った男のブリーフケースを見つける。


「これは………」彼はついさっき脳内に走った、黒い男のパルスを再び呼び覚まされた。背中から生えた出し入れ可能な二対の翼。必要に応じて武器にも翼にもなる、人間の腕。彼と同じように変化した鱗の鎧とゴリラ以上の握力の足。


そして、自分に食料を与えてくれた、粗暴ながらもほんのわずかの情けを持つ人間性。確かあれは、彼が持っていた………。少年は弾丸を避けつつブリーフケースを拾って飛び上がり、その周辺の破壊の跡と羽、血痕と肉片を再度発見する。


「まさか………」


彼を超える圧倒的な強者の姿が浮かぶ。手も足も出ないほどに破壊されつくした、奴隷のころに見た同僚の死体に似た姿が脳裏に横たわる。銃弾が彼の左手を撃ち抜いて壊す。ファリスを逃がさないために用意された大量の傭兵によって、少年は既に包囲されていたのだ。


その小さくて巨大な生命の籠は、弾丸に関しては気にするなと言われているがために、いくらでも好き放題に彼を狙い破壊する。


「がっ!」腹腔にしまわれていた臓物の断片が外に落ち、修復に伴って灰と消える。


「っ!」右足の付け根が撃ち抜かれ、鱗がはがれて落ちた。


少年は対処の為に、ファリスのごとく羽根を飛ばすが、傭兵に支給された最新装備と彼の能力不足によって刺さらずに砕けた。首元などの関節部も狙ってみるが、そちらは少年の力が足りないがために、装備の表層を切り裂くにとどまる。「なら逃げるしか!」少年は包囲円の中で、最も弾丸が飛んでいない場所へと体を向けた。


そしてまた、彼はファリスのもとへと飛ぶ―――薄々は気づいてはいたが、それでも『これは生き残るため』との理由をつけて。


----


ファリスの主観時間が泥のように彼の脳髄に絡みつく。一秒は二十秒と感ぜられるほどに引き延ばされ、衝突してくる男の体が波打って自分にめり込むのが見える―――その時間の中で彼は、離れていく男の体を深く観察した。


黒と黄の警戒色の、つややかな体毛。折れそうなほどにしなやかな肢体。バランス制御にうごめく筋肉は、体内に別の何かが存在するのかと思えるほどに停滞した時間軸でも活動していた―――まるで昆虫の翅のごとく、微細な波を描いて美しく。だが……何かが違う?つい先ほど攻撃を食らった時の記憶から、彼はそう思った。その幾何学的な不可思議に見とれそうになりながら、ファリスは小さな違和感を、ゆっくりと見つける。


ほんの少しの傷でも身体の制御が厳しくなるのだろう。先ほどまで見えていたのとは違って男の尾が、ぴんと体の前方へ向けて伸ばされていた―――そうでもしなければ、ダメージを受けるほどに深刻なミスをするのかと見えるほどに、直線的に、精微に。


主観時間が元に戻り、ファリスの身体が地面へと飛ばされる。対処不能の攻撃に引き起こされた走馬燈を全力で無視しながら、彼は地面に削られる右腕を羽で防御しながら身体を変化させ、獅子の口のようなクローアームを生やし、それを屋上の床面に押し当て速度を殺す。そして右手を強く降りぬいて後転で立ち上がった後、地面を蹴り砕いて加速した。


バランスを維持できる限界の速度で彼はコンクリートを砕く。時間はもう残っていない。早く決めねば!そんな半ばやけくその混じった加速に何かを感じ取ったのだろう男は、左手を上に向け右肩を後ろへ置く独特の姿勢で受けの姿勢に入った。………それは全身の筋肉の瞬発力で攻撃と速度を合わせたつかみを行い、そこから全力の筋力で胴体を貫く必殺の構え。


風が冷たく時間をなぜる。光がゆらりと姿をはぎ取る。高速で物体が動いているはずなのに全く理解できぬほど静かな空間が、破壊された戦場のもとに広がる。


そして一拍を置いて、男が全力で加速し、右の拳と爪がぶつかり合った。巨大なトラックの衝突事故かと感ぜられるほどの衝撃が、両者の機動だけで生み出され、いきなりの拳のぶつかり合いによって、空間が捻じ曲がるほどの圧力が生じる。周囲の破片と材料、床が完全に抜け落ちて、二人は腕をバキバキに折ったまま落下を始めた。


ファリスは圧力で離れゆく男の姿を見て、にやりと脳内で笑った。男の尻尾がさっきと同じように前方―――ファリスのいる方向へと延びていたからだ。やはり、か。あれを壊しつつ致命的な一撃を入れれば勝機は………。ファリスはまだ生きている左翼で体を男へと押し込んだ。あの連撃さえ決められれば勝利は………!それは最後の決着のための行動であり、死を覚悟しての最後の一撃につなげる最後の一歩だった。


蹴るもののない空中で姿勢を維持する男が、彼の突進に注意を払う。だが何をどうしても回避は不可能だった。


ファリスはどうにか残っている速度を用いて相手を足でつかみ、空中で回転して上空に投げ飛ばす。翼のない四足獣にとって、空中機動は放物運動でしかない。四肢と尾で空中の体勢は変更できるものの、それでも体をひねった回避が限界。だからそこに勝機がある………。


再度地面へ加速しながら、彼は右腕を全力で修復した。全身のエネルギーが断片になって抜け落ちる感覚。砕けた腕そのものが崩れ落ちて生え変わる、快感にも似た不快感。これで最後の一回だ………。ここで絶対に決めて見せる!ファリスは男よりもほんの僅か先に床面をぶち抜きながら着地し、壊れなかった柱を蹴って男へと突撃した。


主観時間がゆっくりと歪む。男がバランスを崩す限界地点で体をよじるのが見える―――そして制御の為に、尾を前に突き出す。「今だ!」彼は両腕でそれぞれの腕に直線的な一撃を叩き込む。予見していたのだろう、男はそれをやすやすとつかみ拳を握った。上方へと二人の体が持ち上がる。


状況は圧倒的にファリス不利になった。当たれば即死の攻撃がいつ加わってもおかしくない、危険な生死の綱の上。だが俺はそんなもの関係ないと言わんばかりに、ファリスはそしてつかまれた拳を軸に体を回転させた。あと一撃!この一撃で終わりだ!そう彼は心の中で思い、尾をつかんで固定するため右足を伸ばす―――だが伸ばしきるちょうどその一瞬前に、男の尾は引き戻された。


「残念だったなァ!」


凍った時間が融解する。ファリスの両の拳が男によって握りつぶされ、さらに肘関節が破壊されて使い物にならなくなった。そして体を地面に投げ飛ばされ、表皮でつながっていたそれがまるで風化したかかしの服のごとく千切れて飛ぶ。


「がっ!」短い声を上げてファリスは、傷をふさぐだけのごくわずかのエネルギーだけを残して壁にめり込んだ。


「ギリギリの攻防、楽しかったよ」


男は煙を上げながら、変質した羽の断片が刺さった拳と腕を修復する。「特に最後の一撃からの空中機動!お前は本当に聞いただけはある!」彼は心から楽しげに笑った。「だからせめて、最後は楽に殺してやる」


上空からファリスの破壊された肉体と、黒い羽根が舞い降りる。幻想的に残酷な一人の男の死を暗示するそれは、小さく彼の目に映りそして、悲しき死の瞬間を彼に予見させる。


満身創痍の体で、男はゆっくりとファリスのもとに歩み寄った。全力の足を使わないのは、彼も自らの死が眼前に迫っていたからだ―――それは音の聞こえない状態を治せないことからも見て取れる。


「……まだ、俺は」ファリスの声が聞こえない男は喀血し、内臓の一部を外へと吐き出した。


「………ま、お互い様か」


彼は言葉を押し出すのも精いっぱいという様子で咳き込み、体のバランスを崩す。また青と金の液体が、地面にこぼれる。


「じゃあな、同類」


男はその言葉を吐き出して、代わりに大きく息を吸った。ファリスの命を憐れむかの如く、空が少しだけ暗む。「地獄で、会おう」男は、動けなくなったファリスへと、直線的な最大速度の拳を突き出した。


----

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ