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Dark Brides −斯くて魔王は再誕せり−  作者: 入観ねいと
第8章 斯くて魔王は再誕せり
99/100

#99

眩く輝いた光が消える。後に残るのは崩壊を続ける城内の様子のみ。光に飲まれたグラードの姿は影も形も無かった。

左手に納まる《漆黒の花嫁(ダーク・ブライド)》も鍔の花弁を全て散らし、夢幻だったかのようにその姿を消した。

半壊する室内でシグは踵を返すと眠るマナの元へ。黒炎もこの階層まで燃え広がってきていた。ゆっくりはしていられない。


「‥‥‥帰ろう。カドレの森へ、皆が待ってる」


マナを抱き抱えたその時、誰もいないはずの背後から声がかかる。


「ええ、その方が‥‥‥よろしいかと‥‥‥」

「ッ⁈」


勢いよく振り向くその先に、声の主はいた。《漆闇の(ダークネス)絶対支配(・オーバーロード)》の領域の外で、炎にでも焼かれたかのようにあちこちが焦げてボロボロとなった衣服を纏う、魔族の女ラヴィニアが。


「酷い目に、あいました‥‥‥龍の相手など、金輪際ごめんです、ね」


隠れていた顔も、そして頭部に生える角も露わに。声や身体つき、仕草だけでなく、やはり妖艶で美しい顔立ちのラヴィニア。だが驚くべきは、彼女もまたグラードと同じ二本角だという事か。


「‥‥‥殺したのか?」


ラヴィニアの相手は、姿形はすっかり変わってしまったが、クナイがしていた。だが、ここにクナイの姿は無い。収まりかけていた殺気が再び場に漏れ出す。


「まさか‥‥‥こちらが殺されかけました。大陸の端っこまで、転移させていただきましたが‥‥‥すぐに戻ってきますでしょう」


本当に疲れきった様子で大きく息を吐くラヴィニア。だが油断なくシグはその一挙一動を監視する。


「闇の空間の後遺症‥‥‥すぐに動けなかったのが、致命的でした、ね。間に合いませんでした」


そう言って手に持つ十字架で地面を軽く叩く。すると側に現れた黒い穴から、ズルリと何かが落とされる。


「なッーーー」


それは先程滅したはずのグラードの姿だった。


「グゥ‥‥‥グ、ガァァーーー!」


苦悶の声と共に地面をのたうち回り出すグラード。どうやら聖剣の光を完全に躱せた訳ではないようだ。右半身は光によって灼かれ爛れ、二本あったはずの角も右側が消滅していた。


「クソッ! クソクソクソッ! 痛えッ痛えッ痛えェェエッ! よくも、よくもよくもこの俺様をよくもォォォオオ!」

「‥‥‥‥‥‥」


手負いとはいえ、この場に魔族は二体。そしてこちらにはマナがいる。最優先なのはこの場からすぐに離脱する事だが、ラヴィニアの転移魔法から逃れるには骨が折れる。

どうするべきか思案するシグの目の前で、グラードは更に吠えた。


「ラヴィニアァァア! この鈍間が! 役立たずが! だが丁度いい‥‥‥渡せ力をッ! 《魔装覚醒》でこのクソどもをブチ殺すッ! 《闇の刻印(ダークレスト)》は、魔王となるのは俺様だッ!」

「‥‥‥はぁ、なるほど」


ラヴィニアはその言葉に目を閉じて溜息をついた。

この場からどうにか脱出をしたいシグにとって今の言葉は聞きたくないものだった。六輝将でありながら戦闘時も魔装を覚醒させない違和感はあったが、まさかこのタイミングで。

こちらの切り札である《漆黒の花嫁》は再顕現までに一日を要する。その状態で聖剣は何度も振るえない。また、今は《闇の刻印》も力を増して発動しているが、それもいつまで保つのか分からない。

嫌な汗が背中を流れる。

黙るシグ。口を開いたのはラヴィニアだった。


「‥‥‥お断り、します」

「ーーーは?」


呆然としたグラードの、本当に予想外だとばかりの間抜けな声が漏れた。ラヴィニアは目を開くと、これまた大きな溜息をつく。そして十字架で再度地面を軽く叩いた。


「ラッ⁈ ラヴィニ、アッ! き、さま‥‥‥何をッ!」


発動した重圧が地面でのたうち回っていたグラードを襲う。身体の自由を奪われ、ただ伏すのみとなったグラードへ、ラヴィニアは冷たい視線を下ろした。


「愚かです、ね‥‥‥角を片方失った状態で、どうして覚醒が扱いきれるのですか。暴走するのがオチ、です」

「ぐ、ァァアッ!」


更に重圧を増すラヴィニアに、堪らず悲鳴が上がった。


「き、さまァァア! 兄である、俺様に、このようなーーー」

「‥‥‥はぁ、本当に面倒。愚兄がこうなってしまった以上、価値が逆転してしまう‥‥‥あぁ、嫌だわ」


叫ぶグラードを無視して、ラヴィニアの視線は目の前でこれ以上なく警戒を続けるシグへと移った。


「次は、お前が相手か?」

「‥‥‥‥‥‥」


無言でラヴィニアは三度十字架で地面を叩く。現れる黒い穴、転移門。来るか、と身構えるシグにラヴィニアは淡々と告げた。


「帰ります」

「‥‥‥は?」

「はぁ‥‥‥これから面倒な事になるというのに、どうして今面倒な事をしないといけないのですか? 嫌です‥‥‥帰ります」

「ぐおッ⁈」


そう言うや否や、地面に伏せたグラードを転移門へと蹴り飛ばした。


「私には、どうでもいい事なんです‥‥‥魔王継承とやらも、その《闇の刻印》も。なるべくなら面倒な事は、したくないのです」


チラリとシグへと、その胸に赤黒く光る刻印へと流し目を向け自身も転移門へと入っていく。


「あぁ、いっそ《闇の刻印》を宿す貴方が‥‥‥魔王となってはどう、です?」


それでは、と最後に残してラヴィニアは黒い穴へと消えた。転移門も閉じる。それでも油断無く周囲を伺っていたが、何も起きない。気配すら無い。本当に彼女は帰ってしまったらしい。


「‥‥‥なんなんだ、一体」


状況の飲み込めないシグはしばらく呆然としていたが、部屋に回る火の手に我に帰り脱出を始めた。






「あっは! あはははははっ! 何だよそのざま、ヤバイ笑い死ぬって! あはははははっ!」


ラヴィニアの転移門が開いた先はドルヴェンド帝国の王城、六輝将の面々が座する王の間であった。

転がり落ちた満身創痍のグラードの姿を見て爆笑しているのは魔弾の射手ヴァインドラ。相変わらず身体はまだ動かないようだが、その代わりに顔が愉快に歪んでいた。


「‥‥‥ぐ、ヴァイン、ドラ‥‥‥テメェ、殺すぞ」

「ダメダメダメだって、そんな姿で言われてもさあ! 迫力も説得力も何一つないもん! どうしたのどうしたの? 立派な角が一つになってるじゃん! あはははははっ!」

「貴様ァァア! ーーーうッ⁈」


立ち上がり襲いかかろうとしたグラードの身体は再び床に落とされた。


「ラ、ラヴィニアァァア!」

「‥‥‥‥‥‥」


睨み叫ぶグラードに対して視線も向ける事なくラヴィニアは黙って魔法をかけ続けた。

笑い続けるヴァインドラ。王の間には他の六輝将の面々もいたが、ホルザレはやれやれと目を閉じ喋らず、クウォンナは興味無さげに人形を弄り、イザンムルはその巨体を震わせ大量の脂汗を流していた。

玉座の横には宰相であるオルフェアイのみ。


「どれ、騒がしいの。どうした?」

「じ、ジジイ‥‥‥」


玉座から、声が降りた。いつの間にそこに座っていたのか。現魔王バドゥークの平静とした声にグラードは顔を歪めた。


「おうおう、これは手酷くやられたなあグラードよ。お前には荷が重かった、という事かな?」

「ち、違う! 俺様はまだ負けてねえ! ラヴィニアが力さえ寄越していれば、俺様の《魔装》は誰にも負けねえ!」

「‥‥‥‥‥‥」


暗にラヴィニアに非がある、という言葉。それでも彼女は気にした様子もなく佇んでいた。


「そうかそうか。だがのう、既に結果は出ておる。その無様な姿が何よりの結果」

「違うッ! 違う違う違うッ! まだだ! まだーーー」


グラードの言葉が止まる。先程まで玉座に座していたはずのバドゥークが目の前で自身を見下ろしていたからだ。


「角は折れた。一本角の魔族であればその場で魔力制御が出来ず暴走し消滅するが‥‥‥不幸にもお前は片方残った。死ぬ事はないが、最早魔装は扱えぬ。下級魔族にすら劣る身よ。死ぬよりも惨めよなあ」

「‥‥‥じ、ジジ、イ?」


バドゥークの杖が、グラードの頭部を軽く叩いた。同時に現れた魔法陣が光り輝く。


「ジジイ⁈ 何をーーーあ、ギャァァアッ!」


動けぬグラードが身体を襲う異変に絶叫する。稲妻のような魔力の輝きが全身から発せられた。悲鳴と光が収まると、魔法陣から一際大きな黒い球体が生み出された。


「さて、ラヴィニアよ。我が孫、双子の片割れよ。分かっておるな?」

「‥‥‥はい」


厳かに問うバドゥークに、ラヴィニアは静かに、どこか観念したように答えた。

杖が動く。それに合わせて黒い球体、魔力の塊も動く。ラヴィニアの方へと。


「あ、あぁッ⁈ それ、は‥‥‥それは、俺様の‥‥‥俺様の、力だッ! やめてくれ‥‥‥やめてくれェッ!」


ボロボロの身体で、尚も諦めず手を伸ばそうとするグラードだが、その手が届くことはない。目の前で自身の力だったものがラヴィニアの胸の中へと吸い込まれていった。


「んッーーー」


ラヴィニアがら熱のこもった吐息が漏れた。半分に割れた力のカケラ。それが今一つに、本来のカタチに戻ったのだ。


「魔王バドゥークがここに命じる。ラヴィニアよ、新たな六輝将としてその大いなる力、帝国の為に存分に振るうがよい」

「‥‥‥はい、かしこまりました」


膝をつき、その命を受けるラヴィニア。その横で呆然自失するグラードへと、バドゥークは優しく語りかけた。


「今までご苦労だったなあ、グラード。私としても、まさかこのような事になるとは‥‥‥残念で仕方ない」

「お、れ‥‥‥俺様、は‥‥‥まだ、やれる‥‥‥やれる、んだ‥‥‥頼む、もう一度、もう一度俺様、に‥‥‥」


縋るようにバドゥークの足を震える手で掴み懇願する。それに対し、バドゥークはより一層笑みを深めた。優しく、いやらしく。


「ふうむ、そこまで言うかグラードよ。よし、よしよし。帝国の長き歴史にも、角折れが力を取り戻せた前例はないが‥‥‥お前なら、やれるかもしれんなあ、グラード」

「あ、ああ! そうだ、俺様ならーーー」

「それでは煉獄界の門を開こう」

「ーーーあェ?」


バドゥークの杖が、強く床を叩いた。その前にラヴィニアは既に転移によってこの場から去っている。唯一残されたグラードの下に、黒い魔法陣が現れる。


「は? え、な、なぜ‥‥‥」

「我ら魔族はかの地の力より生み出された者。この帝国の遥か地の底、闇の世界より地上に遣わされた一族。なればグラードよ、力を取り戻すには自らの生まれ故郷に行く他あるまい?」

「あ、ぁあ? い、嫌だッ! それだけはーーー」

「なあに、お前なら出来ると私は信じておるよ? ああ、お前の父親‥‥‥あの愚かな息子は未だかの地を彷徨っているかもしれんが、お前ならきっと戻ってこれるさ。《門よ開け根源(アグナ・イア・)へと堕とせ(ヘグレ・オア)》」


王の間に闇の瘴気が満ちる。魔法陣は無機質な煉獄の門を床に生み出した。ギギギ、と擦れる音と共に開いていく。


「嫌だッ! 堕ちたくない堕ちたくない堕ちたくなァァアい! 助けて、やめてくれ、頼む頼むぅぅーーー!」


宙へと浮かび上がるバドゥークの足から手が離れた。開きゆく門の上に残されたグラードはまるで子供のように駄々をこねた。

そんな彼に、実の祖父であるバドゥークは軽く手を振った。


「では、達者でな」

「嫌だァァァァアァァァァァァアーーーーーーーーーーーーーーーーー」


帝国の遥か遥か地下。魔族の根源たる煉獄界への門は一人の男を墜とした後、ギギギと嬉しそうな擦れる音とともに閉じ、消えた。

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