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Dark Brides −斯くて魔王は再誕せり−  作者: 入観ねいと
第8章 斯くて魔王は再誕せり
96/100

#96

ラヴィニアの《暗黒天門(ネビュラゲイト)》により、現在拠点としている故ノイノラ公の城へと転移したグラード。ここは唯一綺麗に残った広い居室である。

グラードは右耳を抑えていた手を外す。掌にはベットリと血が付いていた。それを見つめながら身体を怒りに震わせる。


「クソがァァアッ!」

「うッ⁈」


同じく転移を終えたラヴィニアの横腹を思い切り蹴り飛ばす。勢いよく壁にぶつかり、抱えていたマナも床に投げ出された。


「殺してやるッ! 殺してやるッ! 俺様の、俺様の耳、耳をッ! よくもよくもよくもォォォオオ!」

「‥‥‥グラード、様。まずは、治療を」

「黙れッ! 貴様は外で奴がここまで来ないように見張っていろこの間抜けがッ!」

「‥‥‥かしこまりました」


言われるがままにラヴィニアは静かに部屋を後にした。

残ったのは怒り狂うグラードと、よろよろと立ち上がるマナの二人だけである。

憤怒の表情はそのままに、グラードはマナに近寄った。


「メス‥‥‥予定が変わったが、やる事に変わりはない。この湧き上がる怒り、貴様で晴らしてもらうぞクソがァァア!」

「あ゛ッ!」


首の骨がゴキリと折れる程に全力で顔面を殴られる。倒れるマナの、再生した首を鷲掴むと乱暴にベッドへとぶん投げた。


「ブチ殺してやる‥‥‥何度も何度も‥‥‥苦痛と苦悶に喘げ! 何度でも逝かせてやろう! 貴様が、孕むまでなぁッ!」

「ぃ‥‥‥ぁ‥‥‥」


グラードはマナの上で馬乗りになると、その小さな身体に何度も何度も拳を振り下ろした。

その度に骨が軋み、鮮血が飛び散る。だがその全ては一瞬で消え去り、夢だったかのように元に戻る。

そしてマナの傷が戻る度にグラードは再びマナを傷付け続けた。

その怒りが治るまで、何度でも。




「‥‥‥面倒、ね」


部屋から退出したラヴィニアは廊下を進み中庭へと出た。配下であるゴブリン達は彼女が通り過ぎるまで直立のまま、身動ぎ一つしなかった。

その表情は総じて敬意などではなく、畏怖で形取られている。誰もが関わりたくないと息を潜めるのだった。


「‥‥‥ああ、やはり来ますか。荒事は、したくはないのですが。はあ、帰りたい」


ラヴィニアは《暗黒天門》を使い中庭から城の外へと転移した。外はとても静かだ。しかし、今からすぐにでも騒々しくなる事をラヴィニアは理解していた。

先程、グラードの重力魔法を破り彼の耳を奪った人間。いや、もはや人間とは呼べないだろう。闇の獣とでも言うべき脅威が迫りつつある事を感知していた。


「‥‥‥命令なので、やりますが。状況によっては、そうですね‥‥‥ああ、嫌ね。私、今のままでいたいのだけれど。本当に、面倒」


遂に、獣は来た。翼を持たぬはずの漆黒の獣は空から。その背にドス黒い巨大な炎塊を携えて。


「‥‥‥起きなさい、《暴威跪なる重字架(デカグロスヴァイン)》」


取り出される身の丈程の十字架の魔装。まるで聖者のようにそれを抱くと、こちらへと堕ちる黒き太陽へと祈るように呟く。


「《蛮勇なり反引せよ(アン・グライド)》」


ほぼ真上からの炎塊の落下に、ラヴィニアの魔法は反発の力をぶつけた。グラードと同一同威力のそれは、しかし脅威を完全には弾けなかった。


「‥‥‥あら、まあ」


黒い太陽が砕ける。しかし消滅した訳ではない。燃える数多の破片がそのまま城に次々と墜落した。




「《大黒天・(シャルヴァ・)灼燼の揺光炎(インフェルモア)》!」


シグが放った炎塊はラヴィニアに砕かれはしたが、残った破片は城に次々と突き刺さった。城の至る箇所から勢いよく火の手があがる。


「‥‥‥マナは、あの辺りか!」


城の中でも高い位置にある一室からマナの反応をはっきりと感じ取る。一直線にそこに向かいたい所だが。


「‥‥‥ごめんなさい、ね。命令なので」


陰鬱そうに呟き、目の前に転移したラヴィニアをなんとかしなければならない。


「‥‥‥これ以上壊されると、怒られそうなので。どうでしょう‥‥‥少し私と、どこか離れませんか?」


ラヴィニアの、どことなく淫靡さを醸し出す誘い。相手が例え魔族だと分かっていても、異性ならば万人が惑わされる、そんな雰囲気と仕草はもはや魔法として効果を発揮する。


「ーーー邪魔だ。今すぐ消えろッ!」


にべもなく、誘いは断られる。

燃え盛る城へ、その中に囚われているマナの元へ、今すぐにでも行かなくてはならない。


「雷撃よ穿て!」


顕現させた《闇・雷迅(ダーク・ライジン)》の能力を発動させる。

いくつもの魔法陣がラヴィニアをグルリと囲み、そこから雷撃を放つ。

雷撃達はぶつかり合い、大きな火花を宙に轟かせた。


「‥‥‥出力は、先程の黒い状態より下回ってはいます。ですが、意識を保ったまま制御出来ている、と。はあ‥‥‥どちらも面倒、ね」


シグの更に上空。転移で逃れたラヴィニアは十字架を空へと大きく掲げた。


「《其等の罪架よ失墜せよ(アーク・グラウン)》」


大気が軋む。膨大な圧力が下へと一気に向かった。真下にいたシグの身体はあっという間に地面に落とされた。


「ぐ、うーーーおォォォオオアッ!」


だが、今回は叩きつけられる事は無かった。シグは二本の足で大地を踏みしめ、そのまま倒れる事無く上空を睨み上げた。


「やはり、動けますか。‥‥‥その、角のせい、でしょうか?」


ローブの下から覗くラヴィニアの瞳は、魔族のような角を生やすシグをじいっと観察する。


「なら、やはり‥‥‥私達と同じく、それを壊せば‥‥‥」


超重力化の中、動けるとはいってもまともに行動が出来る程ではない。シグは水の底にいるかのように纏わりつく重圧に抗うだけで精一杯である。


「‥‥‥死には、しないでしょうが。痛い、ですよ?」


ゆっくりとシグのいる地上へと降りていくラヴィニア。十字架を両手に持ち、下へと向けた。

その先端に、濃密な魔力が生じる。


「《重淵核の禍星(ゴア・ネビュレイ)》」


グラードが放った《禍重暗黒星雲(グラウ・ネビュラ)》と同じように、雷雲のような球体が発生した。アレと比べると小さな小さなモノではあるが。

しかし、その小ささは威力に比例しない。むしろ極限まで重力場を圧縮している為、威力は桁違いである。

その捻れ狂う暗黒の球体を、もう目の前まで近づいたシグの頭部へとゆっくり、撫でるように押し当てようとする。


「‥‥‥あら、まあ」


球体は、シグへと到達する事は無かった。


「‥‥‥シュー」


獣特有の息遣い。突然現れた何者かが、その右手で《重淵核の禍星》を受け止めたのだ。

触れるだけで重心に吸い込まれ、極限にまで質量を圧縮されてしまうはずのそれをーーーあろうことかそのまま握り潰した。


「ジュアァァァアッ!」


腕の一振り。ただそれだけで後方にあった城壁が瓦解した。


「‥‥‥ジュゥゥ」


獣は空を見上げる。そこには攻撃を転移する事で躱したラヴィニアがいた。二人の視線がぶつかる。


「‥‥‥ああ、なるほど。やはり、きちんと殺しておくべき、でした、ね」

「ジュゥゥ」


シグは目の前に現れた何者かを観察した。敵ではないらしい。自分と同じくらいの体躯だが人間ではない。背中に大きく開いた翼と長い尻尾。褐色の硬い鱗で覆われているその姿を、なんと呼ぶか知識として知っていた。


「龍、なのか?」


だがシグが知っている龍はもっと体の大きな存在だと聞いている。そしてなぜ龍らしき存在がここにこうして現れ、自分を庇ったのか。


その疑問は、振り向いた龍の瞳を見た事で氷解した。


「‥‥‥ジュゥゥ」

「‥‥‥分かった。ここは頼む。ありがとう、クナイ」


姿形が変わろうと、仲間を見間違える事はない。

今互いにすべき事の為に、言葉少なく行動に移す。


「行かせーーー」


城へと走るシグを妨害しようと魔法を発動させようとしたラヴィニアだったが、それよりも疾い。


「ジャァァァアッ!」


目の前まで一瞬で飛翔したクナイの強烈な腕の一振り。

それを再び転移によって躱す。


「ませんーーーよ⁈」


初めて、ラヴィニアに動揺の声が漏れた。

転移先は走るシグのすぐ真上。だというのに、シグではなく龍がそこにいるではないか。


「ジュラァァァァアッ!」

「ッ⁈」


移動先など固定する暇もない。なぜか一瞬で転移先に現れたクナイの攻撃を躱す為、ラヴィニアはここから大きく距離の開いた場所へ転移した。

城の遥か上空、雲が浮く位置である。


「‥‥‥まともに相手は、疲れそう、ね。ここから‥‥‥え?」


そんな馬鹿な、と。唖然とした表情でラヴィニアは下を見た。

もうすでにこちらへと手の届く位置まで近付いている龍を見て。


「ーーーガァァァァァァアッ!」


龍の口が大きく開く。咆哮とともに吐き出された炎の息吹がラヴィニアを包み込んだ。


「な、ぜ⁈ 転移先がーーー」


辛くも炎に焼かれる事無く三度転移したラヴィニアの先に、やはり龍は姿を現した。


「分かる、の⁈」

「ジュラァアッ!」


言葉を話せない状態なので、もし話せていれば「勘っス!」と答えていたかもしれない。

今度は転移による回避が間に合わない。大きくふりかぶられた龍の右腕が突き出される。それは超亜高速の一撃。生じる摩擦により紅蓮の炎を纏い、放たれるただ力任せの拳。

ラヴィニアはそれを防ぐ為に魔装の十字架を向かいくる龍へと掲げた。


「《蛮勇なり反引せよ(アン・グライド)》ッ!」


斥力の超増大魔法。迫る対象に強力な反発を生み出すその技はーーー


「グ、ガギ、ゴァァァア(紅蓮崩撃)ッ!」


摂理すら歪める強者の拳を弾けず、直撃。空中に紅蓮の花火が炸裂した。




重力場から逃れたシグは翔ける。城壁を飛び越え、そのまま中庭を横断する。

眼下には、グラードらの部下であろう兵どもが炎に撒かれ右往左往していた。誰も宙を翔けるシグに気付く事はない。


いや、一人だけ。

目の前でかつて友人だった者の成れの果てを看取った獣人族のマイシェだけが、炎に包まれながらぼうっと空を飛ぶ影を見上げていた。


そんな視線になど一切気付く事無く、シグは目的の一室へと壁を突き破るつもりで飛び込もうとしーーー


「ーーーな」


突如目の前から産まれた闇が、シグを、マイシェを、城の中の全ての者達を飲み込んだ。






ラヴィニアが去った後。グラードはベッドに組み伏せたマナに暴力を繰り返していた。


「‥‥‥ふぅ、ふぅ。ハァァ‥‥‥前戯はこれくらいで満足出来たかぁ? クソメスぅ」

「‥‥‥ァ、‥‥‥ぅ」


傷は戻ろうと、受けた痛みはなかった事にはならない。精神へとダメージは蓄積され、マナの表情は虚となる。


「さあ、お待ちかねの種付を始めてやろうじゃねえか‥‥‥気持ちよくなんぞさせん‥‥‥殴り締め切り裂きながら、絶望の悲鳴と共に逝くさかせてやる‥‥‥」


グラードが上着を脱ぎ、ベッドの外へと放り投げた。


「さあ、何発目で俺様の精を受け止めるかなぁ? その時が貴様の、そしてあのクソ生意気な人間の、最期となるのだッ!」

「ぁ‥‥‥シ、グ‥‥‥」


《不死者》は世界に唯一人、その存在を許される。新たな《不死者》が産まれる時、古き《不死者》はその力を失う。

だから、ここでマナが《不死者》の力を失ってしまえば、《闇の婚姻(ダーク・リンク)》によりその力を借り受けていたシグもその恩恵を失う。

そうなれば、強大な《闇の刻印(ダーク・レスト)》は直ぐにでもシグの脆弱な人間の身体を喰い尽くすだろう。


ーーーそう、死ぬのだ。


「だ、め‥‥‥シ、グ、死な、せ‥‥‥な、い」


自分が傷付くのはいい。汚されるのも構わない。だが、それだけは駄目だ。


「くく‥‥‥なんだあ? 反抗的な目だ‥‥‥いいぞ、その方がこちらも燃える! 肉体も精神も屈服させてやろう! 貴様の全てを犯し尽くす! 俺様が魔王となる門出の贄なれぇッ!」


グラードの両手が、マナの衣服へと伸びた。


「だ、ーーーめ、ーーー!」

「ぬッ⁈」


叫ぶマナ。驚きの声を上げるのはグラード。

組み伏せられていたマナの身体を守るように、グラードとの間に闇が産まれた。


「これは、魔装ッ⁈」

「アァァァァァァァァァァアアアアアッ!」


闇は拡散する。グラードを、マナを、周囲の全てを。逃げる隙など与えず、その漆黒は何もかもを呑み込んだ。




「ーーー何処だ、ここは?」


闇に飲まれたグラードが独りごちる。言葉はそのまま闇に吸い込まれた。


「見えん‥‥‥元の部屋では、ないか。あのメスの力か?」


周囲には何の気配もなく、また何かに触れる感覚もない。床もだ。地面も空も無く、あるのはただ漆黒の闇。

自分の姿すら塗り潰され確認も出来ぬ完全な黒の世界。


「《闇の刻印》がカドレの森に現れた時と同じモノ、か?」


グラードの言う通り。これはカドレの森でマナが、《闇の刻印》が封印から解かれる際に世界を覆った闇。

俗に言う暗闇事変のモノと同一。


あの時と違うのは、闇はすぐに解けず、いつまでもグラードを閉じ込め続けている事。


「領域魔法か? それとも幻術? この俺様に、舐めた真似を! 粉砕しろ《暴威跪なる重字架》!」


取り出される魔装。だがやはり姿は見えない。魔装が放つ魔力光の明かりすら吸い込み消しているのか。

闇の中、唯一ある身体の感覚で確かに魔装を掴んでいる。グラードはそれを確認するや否や魔法を発動させた。


「《其等の罪架よ失墜せよ》!」


周囲の重力を莫大に増幅させる魔法。空間すら捻じ曲げる程のグラードの技は、しかし。


「‥‥‥なんだ、これは。何の感触もない、だと?」


闇は変わらず、歪む事もない。光は無く、音も無く、ただただ静寂に沈むばかり。


「くそッ! くそッ! くそッ!」


魔法を続けて発動させる。何度も何度も何度も。

だが、何も起きない。手応えが一切ないのだ。


「《其等の罪架よ失墜せよ》! 《蛮勇なり反引せよ》! 《禍重暗黒星雲》! ーーークソがァァアッ!」


次第に、グラードは魔法を自らが発動させている事も、そもそも魔装を握れているのかも分からなくなっていく。何も無いのだ。自分を知覚できる者が自分しかいない。されど自分の姿すら見えない、孤独の空間。


「ぬうッ⁈」


確かにあったはずの自分の身体。それが末端から徐々に消えていく。闇に喰われていくかのように。無論錯覚だ。身体はある。だが、その嫌な錯覚にグラードは呻いたのだ。


「アァァァァァァァァァァアアアアア! ふざけるな! ふざけるなクソメスがァァァァァァァァァァアアアアア!」


叫ぶ。叫び続ける。そうでもしなければ精神は闇に飲まれ、狂い、消えてしまうからだ。

グラードは必死で自分という存在を保とうと力を使い続けるのだった。

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