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Dark Brides −斯くて魔王は再誕せり−  作者: 入観ねいと
第2章 嘆きの産声
9/100

#9


「きょ〜は、おっ肉が、食べられるといいな〜。マナはお肉好き〜?」

「‥‥‥ふつう」

「そーなの⁈ じゃあ何が好きなの⁈ 私はお肉だーい好きだよー!」

「僕は、魚も、好き‥‥‥」

「‥‥‥とくに、ない」

「え〜⁈ 変なの〜!」

「‥‥‥でも、きのうのは、おいしかった」

「リカンの実だね! 美味しいよね!」

「美味しいって、思えるのが、好きってことかも、です」

「じゃあマナの好きな食べ物はリカンの実に決定〜!」

「‥‥‥そっか、すき、か」


三人で騒がしくも楽しく遊ぶ様子を、まあ騒がしいのはルイシェ一人だが、アイシェは微笑ましく見守っているが、その反面シグの事で気が気ではなかった。


「あんにゃろう、心配してくれるのは嬉しいけど、こっちも心配なんだぞ‥‥‥。分かってないと思うけど」


身体能力で言えばアイシェの方が狩りに出た方が成功率も高いし、何よりいざという時に素早く逃げることも出来る。だが、残っているのが血の繋がった兄弟である為、アイシェが近くにいる方がどちらも安心だとシグは提案し現在に至る。


確かに二人の事は何よりも大切であるが、それと同じくらいシグのことも大切な存在になっている。が、さすがにそれを本人に言うのは恥ずかしいので、仕方なく提案を受け入れた。


「はぁ〜〜〜」


隠す気もない溜息をつき、ゴロンと横になって横穴から見える景色とも言えない対岸の断層を眺めていると、考えるよりも先に身体が反応した。跳び起きるや感覚を鋭くさせる。


「‥‥‥嫌な気配だ」


獣人族の優れた感覚が近くに脅威となる存在が来ていることを告げる。その様子が伝わったのか、ルイシェもロイシェも騒ぐのをやめ、こちらを伺っていた。


「どうする? ここから離れる? それともやり過ごせる?」


思考が独り言となり呟かれた。こんなにも気配の大きい者が只者であるはずがない。問題は何が目的か。そんなのは考えるまでもない。


「お姉ちゃん? 大丈夫?」


ルイシェの声に現実に引き戻される。


「大丈夫だよ。ただ、ちょっと今日は大人しく過ごさないといけないみたいだから。騒がないで、静かにできる?」


只事でないことは幼いながらも分かったようで、静かにうなづきアイシェにぎゅっと抱きついた。


二人を連れて素早く逃げることはできない。ならばここが見つからないことに賭けるしかなかった。


「ほら、ロイシェもおいで。マナちゃんもこっち来な」


たたっと駆け寄るとロイシェもぎゅぅっと抱きついてくる。マナは流石に抱きついては来なかったが、近くにちょこんと座りこっちを見た。


仲睦まじく身体を寄せ合う三人の姿を見つめる瞳の奥で、マナが何を感じているかは誰の知るよしもない。


そんなマナへと優しく微笑むと、アイシェは口を開いた。


「ねえ、マナちゃん。一つ、お願いがあるんだ」




もうすぐ森を抜ける直前だった。ここまで近ければ人間であるシグでも、放たれる濃密な存在感に気づく。

ゆっくりと、茂みから覗き見る。心臓の音がうるさい。汗は氷水のように身体を刺す。鋭敏になった感覚が告げるのは恐怖。森への来訪者が、ついに姿を見せた。


それは異形の者共であった。人間の骨? で作っているのか、加工し服として纏っているのは小型ではあるが、人間の何倍もの力を持つゴブリン。頭蓋の兜の下で醜悪な顔を晒し闊歩するその数は十。


確かに恐ろしい相手だが、それすら意識の外に持っていかれる。それほど中心にいる者は際立っていた。


爬虫類のようなのっぺりとした頭部。同じく鱗で覆われた体表。腕なのか、それとも触手なのか、両肩部から伸びる紙のように薄いそれらは左右合わせて六本。それ自身に意思があるかのようにユラユラと揺れていた。


そして何より目につくのが、頭頂部から伸びた角。


「魔族‥‥‥」


マナに立て続いての魔族との遭遇。とは言え、こちらはまさに魔族らしい見た目、相手に恐怖を持たせる出で立ちだ。これがシグにとって初めての魔族との対峙。


人数も、戦力も、まるで話にならない。ここはすぐにでもみんなを連れて逃げなければ命はない。そう判断し、その場から離れようと足を動かした。


瞼のない瞳がこちらを見据えた。


「ッーーー⁈」


何が起きたのか。思考が追いつかない。

身体が、先程までしっかりと地に着いていた身体が宙を舞っている。左腕に鈍い痛み。折れている。


「ァアッーーー!」


どれほど空を飛ばされたのか、勢いそのままに地に着いても転がり続け、左腕の痛みに頭を焼かれながら再びの浮遊感。

明滅する視界が捉えたのは、川だった。

落下に抗うすべもなく、シグは派手な音とともに着水した。




「‥‥‥ふむ。手ごたえはあったのですが、おかしいですね」


ヒラヒラと、森の一角を文字通り切り裂いた右腕たちを元の長さに戻し、魔族であるノイノラは独りごちた。


「切れてない、ですねぇ。血も流れていない。何でしょうか気になりますねぇ」


大量の木が崩れ落ち、バタバタと音を立てる。長く細い舌をチロチロと出し、しばし考え込んだ後ノイノラは部下であるゴブリン三体に命じた。


「とは言え、ワタシの目的とは別。気にはなりますが、あなた達で対処しなさい。死んでいればそれでよし。生き残っているならトドメを刺しなさい」


ノイノラの命を受け、ゴブリンたちは標的が吹き飛んだ方へと駆け出した。

それを見届けることはせず、ノイノラは迷いなく森を進んでいった。


「こちらですね。確かに先代の魔力を感じますが、果たして遺産とは一体何でしょうかねぇ」




水が口の中へ侵入する。これ以上飲み込んでしまう前に浮上しなければ、このまま溺れ死んでしまう。左腕は当たり前だが動かせない。水の流れに押され鈍痛が続くが、構っていられない。

幸いすぐに浅瀬にたどり着くことができ、ゲホゲホと水を吐き、空気を大きく吸う。


「ハッ‥‥ハッ‥‥」


川原に倒れこむ。砂利の当たる痛みも気にならないくらいに左腕は重傷だった。治癒しても元に戻らないくらいにグチャグチャだ。


「グゥッーー!」


ずぶ濡れのまま、立ち上がる。それだけのことでも身体が嘘のように重い。痛みは絶え間なく苛み続ける。だが、行かなければ。

シグから少し離れた場所に、一緒に飛ばされたであろう持っていた剣が落ちていた。


「‥‥‥お前が守ってくれたんだな」


敵が何をしたのか全く見えていなかったが、無意識に剣を構え、防いでいたようだ。そうでなければ身体は左腕どころか千切れ飛んでいただろう。


「いか、ないと‥‥‥」


剣を拾い、腰に差す。自分が元々いた方向へ目を向ける。そこには見たくない光景があった。


「ゴブリン⁈」


木々を抜け、真っ直ぐに向かってくるゴブリン。その数は三体。まだ距離はあるが、すぐにこちらまでやってくるだろう。


「くそッ!」


判断は早かった。ゴブリンとは逆方向へ、身を隠せる木々の中へ、体に鞭を打ち走らせた。


「早く、行かないといけないのにッ!」


背後からはあきらめず追ってくる気配。この身体の状態では迎え撃つことも、逃げ切ることも絶望的だ。


「〜〜〜ッ! こっちだゴブリンども!」


頭の中に必死で自分の現在地、その周辺を思い起こし、進路を決め走る。問題は目的地まで逃げ切ることができるかということと、着いてもうまくいくかどうか、だ。


「あァァァーーー!」


叫ぶ。痛みに、恐怖に、抗うように叫ぶ。森中に響き渡るように、叫ぶ。

根につまづきそうになりながらも、止まらない。飛び出した枝が皮膚を傷つけようが、走り続ける。


どれほど走ったか。永遠にも感じた逃走劇はここで終わる。木々が生えていない空間。側には盛り上がった断層に空いた洞穴がいくつか存在していた。シグは途中で拾った拳大の石を思いっきりその穴の一つに放り投げた。


「出てこいウルフどもッ!」


勢いよく、片腕で不恰好ながらも目標に石が到達する。暗闇に消える石。背後からはゴブリンが飛び出してきていた。


右半身はゴブリンへと向け、剣を構える。三体のゴブリンもそれぞれ持つ武器を構え、弱った獲物へとニタニタ笑いかけた。


それと同時に、洞穴から飛び出たものが雄叫びをあげた。


「ワオォォーーーーーーー!」


シグは体制はそのままにその姿を見る。ここを縄張りとしているウォーウルフ。そしてその住処。

一体の雄叫びに呼応するように他の穴からも次々とウォーウルフたちが姿を現した。数を数える気にもならない。


無数の視線がこちらを射抜く。シグは迷いなくゴブリンへと、いまだ状況についてこれていないのか呆気に取られている三体の方へ駆け出した。

急にこちらへ向かってきた獲物にようやく反応し武器を向けようとするが、それよりもシグは速かった。文字通り、その間を駆け抜けた。

背後は振り返らない。とにかく走る走る走る。


「ワォォォォーーーオ!」

「グゲェァァァア!」


もう遠く聞こえるウォーウルフと、おそらくゴブリンの声。戦闘が始まったのだろう。何体化のウォーウルフがこちらに向かうことも危惧したが、背後からはその気配もない。

意識を切り替え、急ぐ。


「早く! みんなを逃がさないと!」


痛みとともにチラつく、燃え盛る炎の記憶を振り払い、追っ手のいなくなったシグは自らの住処へと真っ直ぐに突き進んだ。

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