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Dark Brides −斯くて魔王は再誕せり−  作者: 入観ねいと
第8章 斯くて魔王は再誕せり
88/100

#88


予期せぬ獲物の襲来。狩るべき対象が自ら目の前に現れた事に対する喜びが生まれる前に、それは狩る側に絶望を叩きつけてきた。

狩られる立場はどちらなのか、と。

一瞬で粉々に切り裂かれた仲間の姿と、大地を轟音と共に焼き焦がした術を前にしてボッケロンザの軍は戦意を失いかけていた。


「何をしている! 敵は目の前だ! 突撃せよ! この場にいる者にもはや退く選択肢などない! グラード様の命を速やかに実行せよ! 突撃だ!」


顔を見合わせ動こうとしなかった部下に怒号が響き渡る。シグの忠告など聞き入れぬとばかりに部下にそうボッケロンザは命令を下した。


「ぐ、グオァォォォア!」


だが効果はてきめんだった。失いかかっていた戦意を取り戻した彼らは軍としての優位である大人数で、たった一人きりの獲物へと襲いかかる。

シグが刻んだ境界線を踏み越えて。


「残念だ‥‥‥」


剣を構えることすらせず、津波のような大軍を前にシグは目を伏せた。


「歯向かうならば、消えろ」


影が広がる。ドス黒い闇が、境界線まで一気に侵食する。襲いかかるゴブリンや魔獣の群れはもちろんその影を踏みしめる。


「ギャッ⁈」

「ぐぇッ!」


数多の悲鳴と共に真っ赤な薔薇が野に咲く。闇から這い出た無数の影の荊棘。避ける空間などないくらいにビッシリと地面から飛び出たそれらは、地上を走る彼らの身体を削り抉り貫き、真っ赤な花を咲かせた。


「《魔装顕現》」


そして、鮮やかに咲き誇る赤よりもなお鮮烈な焔が、まだ生き残る彼らの前に顕現する。


「《闇・(ダーク・)煉獄の轟斧(インヴォルヴァクス)》」

「それは! ガルドア様のーーー」


驚くボッケロンザの眼前で、闇の薔薇園が轟々と炎に包まれた。元六輝将ガルドアの魔装は遺憾無くその威力を発揮する。

斧から生まれた圧倒的な火力は、まだカタチのあった部下達の姿を消し炭へと変え、まるで全てが幻だったかのように元の平野が姿を現した。


「ば、化け物だあ!」

「無理だ無理だこんなの!」

「に、逃げろお!」


統率を取り戻したはずの軍隊は、強大過ぎる力の前にあっけなく崩壊する。悲鳴をあげシグとは反対方向へと逃げ始めた部下達を、ボッケロンザは今度は止めなかった。

ただ虚しそうに、ともすれば憐れむように、目を閉じて天を仰いだ。


「無駄な事を‥‥‥」

「‥‥‥?」


唯一この場に残ったボッケロンザの呟き。逃げ惑う彼らを追わず様子を伺うシグの視線の先でそれは起こった。


「ッーーーなん、だ⁈」


ボッケロンザの背後、大量の逃亡兵が走る広大な平野が、グニャリと歪んだ。そのようにシグには見えた。


「ガッーーー⁈」

「ブヒッ!」

「アガガッーーー!」


何がこの平野で起きているのか。空間が軋み悲鳴が伝播していく。見れば逃げ走っていた彼らのその全てが動きを止め倒れ伏しているではないか。


「ちゅぶれッーーーちゅぶれぇぇぇあああ!」


それも、ただ倒れているだけではない。

上から、何か見えないモノで押さえつけられているかのように、地面にその身体をめり込ませていく。

空間が歪んで見える程の圧力。無論、そんな力で身体を押し潰されて無事でいられるはずもない。


「プギィッーーー」

「ギャバァッ!」

「アッーーー」


大地に再び真っ赤な花が咲いていく。とてつもない圧力を加えられたゴブリンや魔獣の身体が圧に耐え切れずグチャグチャの肉塊へと変わっていく。


「何を‥‥‥何をしているッ⁈」

「これが、グラード様の力だ」


悲鳴は止み、空間の歪みも元に戻る。後に残るは物言わぬ多数の潰れた亡骸のみ。

それらを見下ろすように、上空に何かが浮かんでいた。離れているためそのシルエットしか見えないが、十字のようなカタチの物体である。


「敵を前に無様に逃亡する愚か者をグラード様が許されるはずもない。俺たちが生き延びるには命じられた事を確実にこなすのみ。さて、続けようか人間よ」


ただ一人、シグの目の前に立つボッケロンザはそう言って境界線を越えた。


「‥‥‥仲間を簡単に殺すような奴の元になぜ身を置くんだ」

「それが王の器というものだ。王とは絶対的な力を持ち、弱者の上に立つ。そして慈悲無く敵を、時には味方でさえ容赦無く殺し、君臨する」

「それは暴君だ。そんな王の元で、誰が心から従う」


シグの言葉にボッケロンザは愉快そうに笑った。


「くくくっ、人間。お前たちは甘いな。力を持つというのはそういうものだ。他者を従えるというのはそういうものなのだ。力はより強い力に屈する。心など、如何様にも踏みにじれる。圧倒的な力の前では、ただ跪きこうべを垂れるしかないのだ」


ボッケロンザの六本の腕が虚空へと伸ばされる。魔力の高まりがシグの肌を刺した。


「いくら言葉を重ね否定しようと、それは真実にはならぬ。否定したくば示せ! 《魔装顕現》!」


高らかな声とともに、所有者の魂がカタチとなり武器となり、世界に現れる。上位の魔族しか使えぬ秘奥。強力な魔法武器がシグの目の前で顕現された。


「《簒奪せし(アシュレイド)六連の剛剣(シクストラムダ)》!」


六つの腕が現れた六つの剣を握りしめた。それぞれがボッケロンザの体長の半分ほどはある巨大な剣。大きさも相まって、小さなシグに対し圧がかかる。


「俺はグラード様の配下であり、三柱が一つ、《六剛剣》のボッケロンザだ。人間よ、名を聞こう」

「‥‥‥俺は、シグナスだ」

「そうか。ではシグナスよ、奪われたくなくばその力、俺たちの王に、グラード様に示すが良い!」


問答は終わった。後は互いの力をぶつけ合うのみ。

結果を分かった上で、それでもその魂をボッケロンザは力の限り振るった。


「《益荒六剛連撃(シクスパルス)》!」


六つの剣はそれぞれが異なる魔法の力を宿していた。炎を、風を、氷を、雷を、呪を、破壊を。

上位魔族としての力を遺憾無く発揮させた威力の魔装剣らが嵐のように振るわれシグの身体に叩き込まれた。

皮膚が焼け、肉は裂かれ、骨の芯まで凍りつき、身体の隅々までを雷は焦げつかせ、呪いが魂を犯し、その上で対象の全てを破壊する。


まともにその六連撃を受けようものならどうなるか。結果など分かりきっている。

この絶技で何度も敵を屠ってきたボッケロンザがそれを一番理解している。


「ーーーこれが、《不死者》、か」


手加減ない全力の攻撃。その全てに確かに手ごたえはあった。命を奪う感覚が、確かにあったのだ。

それでも、敵はそこにいた。何事も無かったかのように平然と佇み、魔族でも一握りしか使えぬその術を呟く。


「《魔装ーーー覚醒》」


燃え盛る魂。それはまるで太陽のような灼熱を放ちつつも、全てを飲み込む漆黒であった。


「《闇燼滅・(ダークエクス・)煉獄の轟斧(インヴォルヴァクス)》」


ボッケロンザの目の前で、その小さな身体を闇の炎と化したシグは、同じく黒く燃え盛る大斧を天へと掲げた。


「《大黒天・(シャルヴァ・)灼燼の揺光炎(インフェルモア)》」


黒く揺らめく炎が広がる。斧の中心、その内部にある炉が生み出す小型の太陽がボッケロンザの頭上に現れた。


「‥‥‥そして、これが《闇の刻印(ダークレスト)》の力、か。これ程までの力を人間がーーー見事、だ」


堕とされた闇の太陽。ボッケロンザのその巨躯を焼き尽くし、飲み込み、そして沈み消えた。




「なるほどな。精霊王を打倒したというお前の方向はどうやら正しかったようだな、オルフェアイよ」


カドレの森から一番離れた部隊の中央。豪奢な作りをした魔獣の引く馬車の中で、六輝将グラードは横に漂う目玉へとそう話しかけた。


「心外ですね。私の報告を信じていなかったのですか」


グラードの進軍、その様子を監視する為に同行するオルフェアイの外部器官である無数の瞳の内の一つ。それがどこから発声を行なっているかは不明だが、少し苛立った声を放ち答えた。


「気を悪くするな。俺様は自分で見たものだけを信じる。たかが人間風情がここまでやれるとは、さすが《闇の刻印》と言ったところか。これは残りの三柱でも相手にならんだろうな。ともすれば他の六輝将でも難しいかもしれぬ」


椅子に腰掛け、ボッケロンザと獲物の戦闘の様子を見ていたグラードだったが、やれやれとばかりに肘をつきそうボヤいた。


「貴方にしては珍しく弱気な発言ですね。諦めて帰還しますか?」

「何を勘違いしている。あの程度であれば恐るるに足りぬ。俺様の《暴威跪なる重字架(デカグロスヴァイド)》ならば奴を一生地にひれ伏せ、永遠にすり潰す事も容易だ」


オルフェアイの言葉にジロリと睨みをきかせ堂々とのたまう。

ボッケロンザをいとも容易く打倒したシグを見ても、グラードの余裕は消えなかった。戦っても必ず勝てる、と。絶対の自信が彼にはあった。


「だが、《不死者》相手に長々と、《闇の刻印》を手放したくなる程に延々痛め付けてやるような面倒な手間はしたくはない。俺様はそこまで酔狂でも暇人でもないからな」

「では、どうするつもりですか?」


オルフェアイの問いに対し、グラードはくつくつと笑う。そしてその凶悪な笑みを浮かべる口から答えが返った。


「問題なのは《不死者》の力だ。ならばその元を断てばよい。そうなれば人間の身で《闇の刻印》を宿し続けることなど出来ず、自然自滅する。お前も知っているだろう? 《不死者》のーーー殺し方を」

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