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Dark Brides −斯くて魔王は再誕せり−  作者: 入観ねいと
第7章 帝国の進軍
83/100

#83


パンデモスの持つ常時展開型魔装《腐敗侵把(パース・)の楽土(モーン)》は自らが生み出すヘドロに侵されたモノを支配する能力である。ヘドロは無尽蔵であり、配下は無限に増やせる規格外の力。

だがパンデモス単体での力では魔族の天敵とも言える真性吸血種のフェンリにはとても敵わない。


ならば、その理を覆すほかなし。


渦巻く濃密な魔力は、その者の魂を世界へ反映させる。善きも悪しきも関係なく、魔の高みに座す者による魂の顕現。そしてそれを更に世界へ流出させる、魔装の覚醒。


「《絶、対腐界、(ヘイ、ル・パスト・)ノ支配、領域(パラ、ダイン)》」


低く重いパンデモスの言葉と共に、世界が歪み落ちる。

額に刺さっていた《鮮血の串刺公(ブラドニス・ベイ)》がその輝きを急速に失っていく。そしてズグスグとその身を溶かされてしまった。

影響は他にも及ぶ。既に腐り落ちていた草木がドロドロに溶けていく。地面も例外ではない。グズグズと、何もかもが腐り落ちる。パンデモスを中心にヘドロの大沼が生まれ広がった。


「ぐッ⁈ く、くっさッ!」


支配を受けるのは何も地面だけではない。大気にさえ影響を及ぼす。今までは耐えていたが、それよりも更に強烈となった臭いにフェンリでさえ鼻をつまんで悶絶した。

援軍として呼んでいた巨人達にも変化は容赦無く襲い掛かる。ヘドロ人間に噛まれようが御構い無しだった彼らだったが、沼に足元から飲まれ、その身体も同じくグズグズと溶け落ち沼と同化し消える。


「う、おッ⁈」


宙に浮いていたフェンリの身体が傾く。見れば翼が端の方から腐り始めていた。


「ま、マジか!」


徐々に飛行能力が奪われ落ちていく。新たに翼を生み出そうとするが、腐敗のスピードの方が早い。ボロボロと崩れ落ちていくのを止める事は出来なかった。


「オイオイオイオイ! 冗談じゃねえぞ! あんなクソ沼に落ちてたまッーーー⁈」


突如襲う衝撃に二の句は告げなかった。フェンリにぶつかったのは新たに生み出されたヘドロ怪鳥達だ。バランスを崩されたフェンリは一気に落下していく。


「ぐッ! うっぜえッ!」


落ちるフェンリに追撃とばかりに襲いかかる怪鳥達に赤い槍を飛ばすが、その威力は目に見えて衰えていた。槍が突き刺さるも御構い無しに殺到する怪鳥達に抑えられ、沼へと飛び込んだ。


「アッ⁈」


血の鎧は形成出来ない。出来たとしても無意味だっただろう。皮膚は爛れ、喉は焼け尽き呼吸もさせぬ。超刺激臭に悶絶し涙を流す事も、爛れ落ちる身体の激痛に悲鳴を上げる事も出来ない。骨すら一瞬で腐らせ溶かし尽くす。

先に溶け落ちた巨人達と同様に、フェンリの存在そのものが沼に飲み込まれた。


「ヴ、オォォォオオ!」


フェンリ・ノズゴートを形成するその全てを《絶対腐界の(ヘイル・パスト・)支配領域(パラダイン)》は腐らせ消滅させた。

世の理を自らの魂で侵食し塗り替えるパンデモスの領域魔法。その核となる自らの身体を大きく震わせ、頭上に登り自らを照らす満月へと勝利の雄叫びを上げた。






「やはり使ったか、《絶対腐界の支配領域》」


砦から遠く離れた人間の国。程々の人口でいつもなら賑わうこの国は、今は静まり返っていた。動く者が誰一人としていないのだから当然だ。そんな静寂の中で、砦の方向を睨むホルザレが独り言ちた。


「見なくても分かるよ。魔力の気配もそうだけど、ここまで臭うってヤバいよねー!」


この国に住む生物、それら全ての生命力を魔装《腐敗の骸神(アーカシャ・ルゴウ)》の能力《略奪の怨念(ヘルム・テイク)》によって奪い尽くしたヴァインドラは鼻をつまんで答えた。その背後には生命力を十分に奪い青く輝く骸骨の巨人が控える。


「で? もしかしてあのイカレ女死んじゃった? でも魔装使っちゃってるからもうボク関係無くぶっ放しちゃうけど? 今更抑えられないよ?」

「まあ待てや」


《絶対腐界の支配領域》によって汚染された大気が暗く淀む領域の中、確かに吸血種がその身を沼に飲み込まれたのをホルザレも確認している。

あの領域魔法は発動中その場から動けない点と、領域の範囲が狭いという点を持つが、その分強力である。例え同格の六輝将といえどあの領域内では問答無用で腐り溶け落ちるだろう。

だから、あれに飲まれてしまった時点で決着はついているのだ。こちら側の勝利である、と。


「‥‥‥これで終わってくれりゃァ、いいんだけどな」


頭上を仰ぐ。空に雲一つない快晴。周囲の星々の輝きを飲み込み、自らが主役だとばかりに満月が大きく浮かんでいた。

遍く大地を照らす輝きは白銀。その光は月が自ら輝きを放っているからではない。太陽の光を反射しているからだ。


ならば、ならばあの光の発生源は何であろうか。


美しき白銀の輝きはその色を変え、まるで血のように赤く染まり世界に影を落とす。

月から滴り落ちるかの如く、鮮烈なる赤が《絶対腐界の支配領域》を塗りつぶした。






夜が来た。今宵は満月。その全貌を綺麗な血化粧で覆い尽くし、さあ始めよう。


最高に愉快で(ブラッド・)最狂にブッ飛(ルナテッド・)んだ謝血肉祭(カーニバルナイト)》を。


喜びの声、怒りの声、哀しみの声、愛しみの声。

叫ばれるはずのない、生きとし生けるもの全てが腐り落ちた《絶対腐界の支配領域》の中に、狂いに狂った金切り声が木霊する。


「ゲ、ゲゲッ!」

「ゲゲゲッ!」

「ケケケケケッ!」

「キャハハハハ!」


「「「ケヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ!」」」


その声達は沼の中から。あちらこちらから産声のように湧き上がる。

数々の狂気渦巻く叫びの中で、その宣告だけはパンデモスの耳にハッキリと聞こえた。




「《真性ッーーー解ッ放ッ! 血脈の全ては(オール・ザ・ブラッド)ーーー我が供物也ッ(イズ・マイン)!》」




沼が煮え立つ。燃えるような血の色へ。数多の叫びは歓喜に沸く。

魔を喰らいし種の再来に。真の姿の現れに。


「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャ! 久々だあッ! 枷無く正真正銘! 全力全解放だあッ!」


腐り溶け、沼と一体化したはずのフェンリ・ノズゴート。真性解放により自らを飲み込んだ沼そのものを逆に飲み込む。


「化ケ、物メ‥‥‥」


血の赤に染まった巨大な沼がパンデモスの眼前でうねり集まり凝縮されていく。《絶対腐界の支配領域》を喰らい犯し自らの血肉とし、再度フェンリ・ノズゴートという化け物がその形を晒す。

白かった皮膚はドス黒い血に染まり、口角から覗くギザギザの歯は鋭く伸びる。もはや羽とは言えぬ、夜空を覆う蔦のようにあちこちに伸び散らかす赤き翼を広げ、彼女は君臨した。

金色の双眸を、燃えるように爛々と輝かせて。


「そうさ、ウチはフェンリ・ノズゴート。泣く子も喜び狂乱し、その身を差し出す種の王にして頂点! さあテメエも喜び咽び泣き、そして喰われ死ね腐界卿! 真性吸血種様のご登場だあッ!」


腐界は晴れ、そして真っ赤な惨劇の舞台へと塗り替えられた。月すら赤く染め上げる超上位領域魔法は彼女の力を十二分に発揮させ、領域内は閉じ込められた憐れな餌の狩場となる。


「グ、ゴォォォオア⁈」


魔装覚醒の魔力ですら足りぬとばかりに、領域内に閉じ込められたパンデモスの生命力そのものが奪われていく。接触無しでも領域内に留まるだけで生命力は自動吸収され、パンデモスの動きが目に見えて悪くなる。


「こいつぁデケエ! 狩りごたえがあんなぁオイ! 《真鮮血の串(アーク・ブラドニス)刺太公(・ベイン)》!」


先程パンデモスの額に突き立てたモノよりも強大な血の槍を手に、鈍重な獲物を容赦無く切り刻む。

ヘドロの外皮は攻撃を受けるたびに吸収され消滅。巨大な右足が為すすべなく削り喰われ、支えきれなくなった巨体が地に轟音を撒き散らしながら落ちる。


「グッ、ガ、ガァァァアア!」

「オラオラオラオラ! もっと抵抗してみろやぁ! あまりに一方的だと興醒めだぜ!」

「‥‥‥全、軍、解放」


足を失ったパンデモスは、残る身体の体積を大きく減らし、内部に残存させていた全ての兵を解き放つ。

身体の至る所からブツブツと飛び出していくヘドロの兵。人型のモノや鳥型のモノ、獣のような姿のモノと、ありとあらゆる異形が吹き出る。


「うげぇッ⁈ 吹出物みてえで気持ち悪いなぁオイ! そうだ来いよ! その必死の抵抗を叩き潰し、喰らい尽くす! 最強はこのウチ、フェンリ・ノズゴート様だと思い出せや!」


外に飛び出し、フェンリへと襲いかかるヘドロの兵達だが、先程とは逆に彼らの方が動きが鈍い。フェンリの領域魔法《最高に愉快で最狂にブッ飛んだ謝血肉祭》により常時生命力を吸われてしまっているからだ。


「ケケケッ! ケキャキャキャキャ!」


果敢に襲いかかるも簡単に槍に喰われ消えゆく。無数の兵も、塵の如き存在と化せば役には立たない。彼らを無視し、パンデモスへとトドメを刺しに行く事も可能だろうが、フェンリはそれをしない。


「そうだぁ! これだ、この力だ! これがウチだ! フェンリ・ノズゴート様だ! ウチは強い、強い強い強いッ! 最強なんだッ!」


児戯のように滅茶苦茶に雑兵を蹴散らしながら、これ以上なく楽しそうに、しかしどこか苛立ちながらフェンリが叫ぶ。


「カドレの森のババアも目じゃねえ! ウチはーーーウチは、強いんだァァァアア!」


久方振りの全力全解放の戦闘を行いながらも、彼女の頭の中には嫌な記憶が浮かび上がる。

誰にも負けないと、生命の頂点だと驕り高ぶる彼女を、まるで虫ケラのように見下ろす男の顔が。




『この程度か化け物。つまらん。貴様がいくら力を持とうが、何百年生き長らえていようが、何万と他を喰らっていようが、所詮その程度だ』

『‥‥‥んだ、と‥‥‥この下等生物、が』


胸に突き立てられた聖槍の傷の痛みは今でも、この瞬間すら忘れる事なくこの身を苛み続ける。

この自分を、この真性吸血種である自分を、何て事もないと言う。そう本心で思っていると、この人間は口以上に目で語っていた。

殺意よりも冷たい、虫ケラ以下を、ただ見ているだけだと、何の関心もないと、その双眸がこちらを見下していた。


『貴様が過ごした時間も、これまでに得た経験も、私の前では無意味だ』


聖槍に魔力を込めながら、男は告げた。その言葉の意味は、未だに分からない。


『私の抱くこの愛を、何人たりとも消し去る事は出来ん。そしてこの愛の、邪魔は誰にもさせぬ』

『ガッーーー!」


本当にその程度の思いだけで、この自分を凌駕するとでも言うのかーーー




「認めねぇ! 認めねぇ認めねぇ認めねぇ! ウチは、ウチが、ウチガァァァァァァア! ユゥリィウスゥゥゥゥウウウ!」

「ゴ、ガァッ⁈」


パンデモスの身体に肉薄したフェンリは《真鮮血の串刺太公》をその横腹へと突き立てる。一気に奪われる生命力にパンデモスも堪らず悲鳴を上げた。

こうなってしまえば、パンデモスの残りの命も最早あと僅か。トドメとばかりにフェンリが力の限り叫び、槍が暴発寸前ではないかというくらいに光り輝く。


「死ねッ! 死ね死ね死ねッ! どいつもこいつも、死に絶えろッ! 《凶姫の凄惨杯を(ヴァンプ・ヴァング・)血で満ーーー(フォーリンーーー)







「魔装覚醒ーーー《堕落墜星・(アルヴァ・)骸神崩魂(ノヴェイク)》」




赤に溺れる世界へと、破壊の輝きを纏う彗星がフェンリを、パンデモスを、全てを飲み込みながら墜落した。

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