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Dark Brides −斯くて魔王は再誕せり−  作者: 入観ねいと
第7章 帝国の進軍
81/100

#81


腐界卿パンデモスによる侵略は、ゆっくりではあるが確実に人里を腐敗させていた。そこで生活をしていた者達は例外なくパンデモスの支配下に置かれ、物言わぬヘドロ人間へと変貌させられた。

この二週間でヘドロ人間の数は優に三千を超えた。パンデモスの歩みに合わせゆっくりと、軍隊規模のヘドロ人間達は西へと進む。最終目標である王国へと、着実に近づいていた。


そんな様子をただ二週間見ていただけのヴァインドラとホルザレであったが、特にヴァインドラの我慢が限界を迎えようとしていた。


「あァァア! あァァア! ああァァァァァアア! もう無理! 暇ひまヒマ! やること無さすぎてボク死んじゃうぅぅーーー!」


力の限り叫び、地面を蹴ったり石を投げたり指から放つ魔弾で適当な岩や木を破壊するヴァインドラ。勿論それでは収まらない。


「殺したい放ちたい吹き飛ばしたいッ! なんとかしてよホルザレ〜!」

「‥‥‥なんとかして欲しいのはこっちだってのォ。まだ待機なんだろ? オルフェアイの奴、二週間何の連絡もしねェが」

「それってもう自由にしていいって事だよね、だね、そうに違いないね!」

「んな訳ねェだろ」


全て自分の思うように進めたいヴァインドラの勝手を制し、この二週間で何千回にもなりそうなため息を吐く。


「てかそもそも今回はなんでオルフェアイ、目を飛ばしてないの?」

「いや、飛ばしちゃいるだろうが俺っち達より遠くから見てんなァ」

「なんでよ」

「‥‥‥目に、沁みるってさァ」

「‥‥‥ああ、この距離でも臭いキツイからね」


パンデモスの放つ悪臭は遠くまで届く。目という敏感な器官にはダメージが大きいようだ。


「あそこに見える中途半端な砦でようやく三十かぁ。ほんと足遅いよね、イライラする」

「あの規模だと、二千人くらい住んでんだろ。パンデモス軍団といい勝負すっかもなァ」


思っても無い事を口にしながら、ここ最近幾度となく見させられたパンデモスの侵略風景をまた見るだけだと腰を下ろすホルザレ。ヴァインドラも横になって肘をつき、つまらなさそうに開戦の時を待った。


「もうパンデモスごとあの砦吹き飛ばしていい?」

「やめろや。つまんねェとこで力使って動けなくなっちゃ意味ねェだろが。目的を忘れんな」

「ちぇっ」


パンデモスに先行し、三千ものヘドロ人間達が砦へと走る。侵略者達が向かって来ているのは確認出来ていたのだろう、しっかりと迎撃準備は整っていたらしい。砦からは無数の矢、大砲が放たれる。

何匹かは矢に当たり倒れ、砲弾に身体の半分が吹き飛ばされる。が、すぐに立ち上がり再び走り始めるのだった。


「うげ、キッモ。半分だけで走ってるよ、化け物じゃん」


身体が欠損しようが御構い無し。上半身がなくなっても下半身だけで。足がなくなれば這ってでも前へ前へと進み続ける異形の軍団。


「まああの様子を見ただけでも士気が下がるわなァ」


砦の中はおそらくパニックに陥っているはずだ。それでも強固な砦、敵に侵入はされないだろうという最後の精神の支えが止まぬ矢と大砲に繋がっているのだろう。

それも、時間の問題ではあるが。





「ええい! 打て打て打てッ! 打ち続けろッ! 決して近づけさせるなッ!」


ベズタチオの砦、その防衛を任されるカーバ将軍の悲鳴にも似た指示が飛ぶ。

この国の強固な防壁と強力な軍隊があれば誰にも侵略などされるはずがない、そう彼も思っていた。だがそんな考えなど覆されてしまうほどに目の前を覆い尽くす集団は不気味であった。

生物であるならば耐えられるはずもない矢や砲弾を幾度と無く受けても、まるで関係なくこちらへと走ってくるではないか。そんな様子を見て恐怖を抱かぬ訳もない。

更にはその集団の親玉であろう、この距離から見ても巨大な、砦の防壁にすら背が達しそうな化け物がいるではないか。沈みゆく夕陽を背に、不気味なシルエットがゆっくりとではあるが近づいている。アレがここまで来てしまえば一体この国はどうなってしまうのか。


「ダメです! まるで効果がありません!」

「泣き言を言うんじゃないッ! やり続けろッ!」


部下達の弱音を抑え込みながらも、打つ手がない事は理解出来ていた。この国にはレストニア王国のように魔導士はいない。矢や砲弾が効かないのであればその時点で決着しているのだ。


「防壁に到達されました! 奴ら、登って来てます!」

「降り落とせッ! 決してここまで登らせるなッ!」


防壁から下を覗き見すると、如何なる力か素手でジリジリと大量に登ってくる。同時に先程から臭う腐敗臭が強まる。思わず鼻を抑えながらにじり寄る人型の化け物達を叩き落とすよう指示を出す。


「落ちろッ! 落ちろ落ちろ落ちろッ! 落ちてくれぇッ!」


防壁の上からは救いを求める懇願の声があちこちから叫ばれる。だがそのかいはなく、いくら矢を受け石を投げられても、ヘドロ状の人型の化け物達は登るのをやめなかった。


「第三防壁の上に敵が侵入しました!」

「撃退しろッ! 殺せッ!」


ひとたび侵入を許すと、そこだけでなく次々と防壁の上に姿を現わす化け物達。


「ダメです! 殺せません!」

「第三防壁の部隊、全滅!」

「大変です! 敵に噛まれると、噛まれた味方も敵のような姿になりこちらに襲いかかってきます!」

「数が多過ぎます! 将軍、どうしたら⁈」

「このままでは内部への侵入も時間の問題です!」

「‥‥‥‥‥‥」


耳に洪水のように入ってくる情報も、もはや何の意味も為さない。次の指示など間に合わない。カーバ将軍は先程までの大声を潜め、ただ呆然と侵略される様子を眺めるだけしか出来なかった。


「ああ、神よ‥‥‥」


この場も既に大量に雪崩込んだ化け物達に支配されつつある。近くの部下が何かを叫ぶ。逃げ出そうとした者が背後から襲われ悲鳴をあげる。そして目の前には真っ黒でおぞましい、腐敗臭を漂わせる人型の化け物が、口だけしかないその顔をこちらに寄せーーー




「‥‥‥あえ?」


情報の処理を放棄していた視界に、変化が起きた。

大きく口を開けてこちらを噛み殺そうとしていた化け物の頭部が消え、代わりに真っ赤な、鉱石のような大きな棘が化け物の身体を貫通していた。

変化はここだけではない。赤い棘はどうやら空から降ってきているようだ。防壁の上に存在する化け物どもが、その姿に変えられてしまった部下達も含めて、次々と串刺しにされていく。

まるで嵐だ。赤い暴雨は轟音と共に降り落ち、あれだけ矢も砲弾も効かなかった化け物達はその棘を受けただけでその動きを封じられてしまっている。それどころか、急速にその身体がボロボロと崩壊していくではないか。


「一体、何が?」


自らが助かった事に安堵する程に冷静さを取り戻せないカーバ将軍は、混乱しつつも事態の把握に努めようとする。


「クッセェ! オイオイ、堪らなねぇぜこいつはよぉ! だが、臭え食い物のが旨いってのは良くある事だよなぁ⁈ なぁジョニーよ!」

「‥‥‥じ、自分発酵物はちょっと。てか姉さん、そろそろ逆さ吊りはキツイっす」


キンキンと甲高い、場違いな程に愉快げな声。それは黒に染まり行く空から響いていた。誘われるようにカーバはその声の主を見上げる。

まだ茜色の残る空に浮かぶは漆黒の少女。夕焼けよりも派手な赤い鉱石のような翼を広げ浮かんでいた。

その足元にはまだ若い一人の男が、おそらくは同じ材質で出来た赤い紐に逆さにぶら下げられていた。


「誰だ‥‥‥アレが神の使わした救世主だとでも‥‥‥」


姿形がどうであれ、こちらの窮地を救ってくれたのに間違いはない。あの少女が女神と言われても信じよう。

カーバは救いを求めるように、空に浮かぶ王国から派遣された、女神などとは真反対の化け物へと、フェンリ・ノズゴートへと手を広げるのだった。


「さあて、ウチだけで始末しちゃあ意味がねぇからな」


パチンと指を鳴らす。それが合図となったのか、防壁の下からヘドロの化け物ではない別の何かが、文字通り跳躍しその身を防壁の上へと現わす。


「う、うわぁぁあ! デカイ化け物まで来たぞ!」


常識ではあり得ない地面からの跳躍、そして着地。嫌でも目につくその巨体が防壁全体を大きく揺らした。新たに出現した異形の者に防壁の守護者達から悲鳴が上がる。


「グ、ゴゴ‥‥‥ガガ、グゴ‥‥‥」


巨体が低い唸り声を上げる。毒々しい紫の皮膚を持つ、巨人と言っても差し支えない姿。筋骨隆々とした肉体と、至る所に浮かび上がる血管。そして特徴的なのはその目だ。

大きく見開かれたその瞳は、黄金のように輝く異様な金色。その目は足元をウロつくヘドロの

化け物と人間を区別なく観察する。


「さあ、やっちまいなお前ら!」


同じ金色の瞳を持つフェンリの号令に、防壁の上に現れた十五もの巨人が一斉に暴れ始めた。遠慮なく振るわれる腕が、ヘドロの化け物と、側にいる人間をまとめて叩き潰す。


「ひッ⁈ やめッーーー」


グチャリと防壁上に綺麗な赤い花と汚い黒い花が混ざり合い咲き乱れる。その悪夢のような様子にカーバ将軍は、やはり動けずに呆然と眺めるしかなかった。


「み、味方では、ない、のか⁈」


巨人は区別なく防壁上に動く者を叩き潰していく。ヘドロの化け物も負けじと巨人に噛み付くが、普通の人間とは違い巨人はそれを意に介さず、またヘドロの化け物へと変貌する事もなかった。ただ噛み付いてきたソレを鬱陶しそうに、羽虫を叩き潰すかのようにペチャンコにしていく。

あれだけ、身体が欠損しても動き続けていたヘドロの化け物達も、ペチャンコになってしまうとどうしようもないらしい。ただ汚いヘドロへと変化し防壁を汚していった。


「あぁ、あぁ‥‥‥この世に神はいないの、か‥‥‥」


未だ増え続けるヘドロの化け物と巨人が織り成す地獄絵図に、カーバ将軍は嘆きを残す。

その目の前に現れた巨人が、潰したヘドロにまみれた腕を大きく振り上げた。




「姉さん姉さん、ヘドロの何体かが砦の中に入っちゃってますけど?」

「ああ⁈ 知るかんな事! こいつは戦争だぜ! 国の一つくらい滅んじまっても構いやしねぇ! それにウチは別に正義の味方でもねぇっての! ケケケッ、いいぞいいぞ! もっと派手に暴れろ! 殺しまくれ!」


見事な悪役っぷりでギザギザの歯を剥き出しにし狂喜するフェンリに、同盟国との関係としては助けに入るべきなのだろうが、何より自分の命が惜しいジョニーはそれ以上何も言わず、逆さになったまま地獄と化した戦場に合掌するのだった。

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