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Dark Brides −斯くて魔王は再誕せり−  作者: 入観ねいと
第7章 帝国の進軍
80/100

#80


「あら、泣き疲れて寝ちゃった?」


声に振り返ると川辺にディーネがフワリと降り立つ所だった。水晶のような青く淡い髪がゆっくりと重力に引かれていく。

側には珍しくシルフィの姿は無い。久しぶりに一人で行動しているようだ。


「ああ、よっぽど溜め込んでたんだな。気付いてやれなくて情けないよ」


座ったシグの膝で、マナはスヤスヤと眠りについていた。涙のあとを指でなぞりながら、星明かりのように輝く金色の髪をすく。興味本位で角を軽く撫でると、こそばゆいのかううんと唸った。


「まあ、この子はまだ感情を表に出すのが下手だからね。それにしても、ふふっ。聞いてて中々恥ずかしいセリフだったわね」


どうやらこっそりと覗いていたらしい。恥ずかしくはあるが、マナに伝えた言葉はまごう事無き本心だ。恥じる事では無い。


「伝えたい思いがあるなら、すぐに伝える。届かなくなってからじゃあダメだから。もう後悔はしたくない」


一つ学んだ事。これをもっと早くからしていればと、そんな後悔。だが失ってからではないと気付けなかった大切な事だ。


「‥‥‥そう、ね。うん。いいと思う」


頭に腕を乗せられ、更に顎を置かれた。青い髪がこちらの顔前を覆い、背中にディーネの体重がかかる。


「こうして落ち着いて話せるのも久々ね」

「ああ。こっちに戻ってからもシルフィとずっと一緒だったしね。俺も色々話したかったけどさ」


聖域でディーネを奪還し、カドレの森へ戻った時のシルフィは、それはもう凄かった。さっきのマナの比じゃないくらい泣き叫び抱きつき皆んなを驚かせたものだ。


「そう思うなら、あの子を無理矢理にでも引き剥がしなさいよ」

「いや、シルフィは君の家族だ。君が居なくなった時の不安や寂しさは想像も出来ないくらいだったと思う。だから、邪魔はしたくなかったんだ。君もそう思うから、一週間好きにさせたんだろう?」

「まあ、ね」


話したい事は沢山ある。王国で自分を庇ってくれた事への感謝や、その後のルナリスを連れ出す為の一部始終。けれど、まず伝えたい事があった。


「ディーネ。本当に良かった。君を失ってしまうんじゃないかと、本当に‥‥‥本当に怖かったよ」

「馬鹿ね。私がそう簡単に消える訳ないじゃない。まあ確かにギリギリだったけど」

「だろ? 間に合わないんじゃないかと、怖くて怖くてたまらなかったよ」


もうこんな思いは二度としたくない。今回の件でもっと周りの事を良く知らないといけないと感じたし、自分の力不足も痛いほど感じた。


「別にあなたが悪い訳じゃないわ。私も私で、本体の方を疎かにしたのがいけなかったのだし。聖域が魔族に襲撃されてた事も知らなかったのだし。情報は大事ね」

「まだ、しなきゃいけない事は沢山あるな。世界を知る事、強くなる事。生きるのは大変だ」

「そうね。だけど、さっき自分が言ってたセリフ忘れないでよ?」


どの言葉の事だろうかと考え込むシグに、更に体重をかけながらディーネは囁いた。


「一人で抱え込まない。互いが互いの持つモノを、協力して持ち合う。要約すればこうでしょ? だから、私の言いたい事分かるわよね?」

「‥‥‥成る程、理解した。そもそも俺は君に隠し事が出来る自信は無いけどね」

「そもそも隠すなっての。まあ分かってるならいいわ。それじゃあ‥‥‥今私がして欲しい事も、もちろん分かるわよね?」


ディーネの体重が消える。逆さまに浮かび鼻先に顔を寄せる彼女に苦笑し、おそらくは正解であろう、唇へとゆっくりこちらの唇を寄せーーー




「はいそこまで〜、ですよ〜」

「のわッ⁈」

「シ、シルフィ⁈」


真横から笑顔の、これ以上なく作り物めいた満面の笑みを浮かべるシルフィの横槍に驚き互いに顔を離した。


「そんな大きな声で〜、驚いたら〜、マナさん起きちゃいますよ〜?」

「‥‥‥ん、んぅ」


シグの膝上に眠るマナは少し体勢を変えただけで起きる事は無かったが、確かにシルフィの言う通りなので声の大きさを下げディーネを問い詰める。


「約束が違うでしょう⁈」

「先に破ったのは〜、お姉様の方〜。少し二人で〜、お話ししたいって事だったから〜。でも〜、チュチュイチャイチャは〜、約束の範囲外〜?」

「ッ〜〜〜!」

「はい〜、それじゃあ戻りましょうね〜」


これ以上の抗議を許さずガッチリとディーネを抱きしめるとあっという間に空へと浮かび上がる。最後まで納得いかない顔をしていたディーネにまたね、とシグは小さく告げた。


「‥‥‥このまま、ずっと平和に過ごせればいいんだけどね」


夜が明けるのを待ちながら、この森の外を、王国や帝国の動向を気にかけた。今この時も、世界は平和であるだろうか、と。






行きつけの店をこの間の騒動で失い、仕方なく新規開拓して訪れた店だったが最悪であった。

王国の民であるブランは足取りおぼつかない様子で深夜の街を歩く。

飯も酒もまずい、女の対応もそっけない。そして何より料金が高い。席料としての値段も合わさりブランの財布にはとても痛手だった。


「クソがぁ〜、二度と行かねえからな〜ヒック」


酔った頭には店への罵詈雑言で埋め尽くされていた。苛立ちから道端に落ちている石を蹴っ飛ばそうとして空振り、見事に尻餅をついた。


「いってえ⁈ クソクソッ! ぜ〜んぶ周りが悪い! 魔族だか何だかんだにやられた騎士どもも、普段偉そうな貴族どもも! 俺がこんな目に合ったのはやつらの! そして国のせいだ!」


自らに起こる不運を全て他人のせいにし、起き上がるのも億劫になったのかそのまま座り込んでしまった。


「‥‥‥あー、もう何もかもブッ壊れねえかなあ」


建物の壁に背を預け、ぼんやりとする頭で夜闇に沈む街中を眺める。誰も外には出ていない。深夜という事もあるが、ここは特に住宅街でもない為そもそも人が少ないのだ。

道だけは無駄に広く、ポツンと一人座り込むブランはまるで世界に取り残されてしまったような感覚に陥る。


「ん?」


ガタガタとした振動。酔っていても分かる、地面から身体を伝う揺れ。そして聞こえる馬の走る音と、車輪の回る音。それも一つではない。


「なんだあ? こんな夜中に。どっかの貴族が夜逃げしてんのかあ?」


ゲスい考えとニヤリとした笑みでブランは顔だけを音の方へと向けた。程なくして震源がその姿を見せる。


「‥‥‥な、何だあ?」


それは確かに馬車ではあった。だが大きすぎる。貴族が使うような華美なものではなく、どちらかというと戦で使うような剛健な造り。

巨大過ぎる荷台には何が積み込まれているのか、それを六頭の馬が辛そうに引いていた。そんな馬車が、計五台。


「‥‥‥‥‥‥」


あまりにも非現実的なその光景に、ブランはただ黙ってそれらが通り過ぎるのを見ていた。

荷台には窓があった。いや、窓と呼べるのか。こちらも頑丈な鉄格子で覆われており、荷台というよりは囚人や奴隷を運ぶもののように思える。

その鉄格子の隙間を、見てしまった。そして、見られてしまった。


「ヒッ⁈」


人間ではありえない、ブランの頭一つ分はありそうな巨大な、血走った黄金の瞳。たった一瞬ではあったが、確かにブランと目があった。

五台の馬車は既に通り過ぎていた。だが金縛りにあったかのようにブランは動けずにいた。

中に居たのは何だったのか。あの巨大な瞳の持ち主は。そして五台もあった馬車のその全てに、あの化け物じみた何かが乗っていたのか。


「‥‥‥へ、へへ、夢だ、夢だったんだ。そうにちげえねえ、へへっ、へはっ」


現実逃避を始める思考とは裏腹に、ブランは恐怖で震える身体を抑えながらブツブツと呟き続けるのだった。






「フェンリ・ノズゴートと例の実験体は無事国外へと出ました」

「そうか。報告御苦労」


レストニア王国、新国王ユリウス・ディエライトは、部下であるキャストレ・ハンザの報告にそう鷹揚に答えた。

ここは玉座の間ではない。綺麗に整えられた玉座の間とは真反対の、暗く汚れきった場所だった。


「同行者はジョニーだけでよかったのですか?」

「ああ、構わない。アレの手綱を握れるのは、私以外ではアイツくらいだならな。いくらお前でもそれは出来んだろう?」

「‥‥‥その通りです」


キャストレの十二翼での序列はフェンリに次ぐ二位。同行者としては相応しくも思えるが、三位であるジョニーにはある特殊な力があった。その為、本人は嫌がっているがしばしばフェンリと組まされてしまう。


「魔族、おそらくは六輝将か。七年の沈黙を破る開戦にしては中々派手になりそうだ。さて、コレは今回の戦争で有効となるかどうか、楽しみに待とうではないか」

「‥‥‥魔族の、実、ですか」


キャストレの目が、ここディエライト家の地下深くにある秘密の部屋の、その中心に横たえられたモノに否応なく向けられる。


枯れた樹木のような、所々が罅割れ乾燥しきった、それは死体だった。人ではない。ユリウスら人間よりはふた回り程の大きさ。

物言わねその死体の頭部より生えた角が、これが魔族であった者だと告げている。最早動かぬその腹部からは、奇妙な植物が生えていた。

そしてその先端から、垂れ下がるようにして禍々しい赤い実が一つ、生っていた。


「培養に三年、量産の安定に四年。さて、時間に見合う成果となるかな」

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