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Dark Brides −斯くて魔王は再誕せり−  作者: 入観ねいと
第7章 帝国の進軍
79/100

#79


「違う違う! そうだ! 大地の、木々の、空気の! 自然の魔力を感じろ! そう、そしてその流れを誘導する、そうそれだ! いいぞルナリス、やはり素質がある!」

「は、はいぃぃ!」


シグとクナイが戻って来ると、ここ最近お馴染みの光景となっているエリシュによるルナリスの特訓が行われていた。

この間の戦果というか報酬というか、ヴェルトリアから譲り受けた神樹の枝で作られた杖を使って、魔法の訓練をここの所ずっとしている。


「帰ってきたっスよ! お肉大量っス!」

「おっ、丁度いいから休憩にするか。食べ終わったらさっきまでの復習をして、次の段階に進むからな!」

「は、はひぃぃ」


元々体力のないルナリスには中々に過酷らしく、気の抜けた声とともに倒れ込む。エリシュの鬼教官っぷりも中々のものだ。彼女の性格もあるだろうが真面目に容赦がない。


「それじゃあシグ殿! いつものように美味しくお願いするっス!」

「はいはい、任された」


調理担当がもっぱらシグの役目になってしまったのは仕方のない事だろう。幸い前の洞窟暮らしの時と違い、味付けにする塩などもディーネの協力により今は手に入る。


「‥‥‥しょうがないな、私も手伝おう。貴様の味付けは大雑把過ぎる」

「は、はい」


ギロリと睨まれてしまう。エリシュも手伝ってくれはするが、近くにいると自分に対するトゲトゲしさが顕著に感じられてしまう。

まだ警戒されている事にどうしたものかと考えてはみるが、解決方法は結局見つからないで終わる。


「私、も、やる」

「あ、ああ。ありがとう」


そして変化があったとすれば、マナが最近こういった雑務への手伝いを積極的に申し出るようになった事か。

簡単に指示を出すと黙々とそれをしてくれる。ありがたいのだが、急なマナの変化にシグは戸惑いとまではいかないが何か違和感というかモヤモヤしたものを感じていた。


「まだっスか? まだっスか? 腹ペコでもうゴロゴロする元気も出なくなってきたっス!」


大声出せる元気が余裕で残ってるじゃん、と何も変わらないクナイに心の中でツッコミを入れていると、空からディーネとシルフィが降りてきた。


「‥‥‥‥‥‥」

「ん〜、お姉様〜」


ディーネはうんざりした顔を、シルフィはこれ以上ないくらいに幸せな顔を。なんとも対照的である。

自分より身体の大きい、というか豊満なシルフィにガッチリと抱きしめられたディーネは、今まで見た事がないくらいに疲れていた。


「もう一週間‥‥‥限界‥‥‥あなた、コレもう無理矢理でいいから剥がしてくれないかしら?」

「いや〜いや〜いや〜! まだまだ〜、お姉様成分の〜、補充が完了して〜、ないの〜!」


子供のような駄々をこね、ギュギュっとディーネに巻きつくように身体を拘束するシルフィ。その肉厚にぐえぇと悲鳴が溢れた。


「ごめんね。流石に無理矢理は剥がせないよ。シルフィも、ディーネがいなかった寂しさがまだ癒えてないみたいだし。もう少し好きにさせてあげなよ」

「‥‥‥それは、最初の方は私もそう思ってたけど‥‥‥いい加減限度ってものがあるでしょうが! うがーーー! 四六時中引っ付かれる私の身にもなりなさいよッ!」

「あ〜ん、お姉様〜、すりすり〜」


叫ぶディーネに御構い無しに絡まり続け、遠慮なしに頬ずりまでしていた。とてつもなく鬱陶しそうではあるが、やはり負い目があるのか自分からそれを無理矢理引っぺがすような事は出来ないらしい。


「絶対この子、二度と私を離さないわよ。満足する事なく、永遠にこのままになるわよ」

「うーん、それは困るなぁ」


ずっとこのままというのは流石にディーネも辛いだろうし、どうしたものかと思案していると、その様子を見たシルフィが何かに気づいたように目を見開かせた。


「はっ! させませんよ〜! 許しませんよ〜! 戻ってきたと〜、思ったら〜、これ見よがしな〜、お揃いの指輪なんかして〜! 絶対二人っきりなんか〜、させませんよ〜! 結婚初夜なんか〜、私の目が黒いうちは〜、絶対させませんからね〜! 乳繰り合いなんか〜、許しません!」

「あんッッッたはッッッ! 何を言ッッッてんのよッッッ! この愚妹ッッッ!」


その言葉に、遂に爆発したディーネがシルフィをぶん投げた。すぐに空中で静止しフワフワと浮かぶシルフィは構わず続ける。


「嘘〜、お姉様〜、戻って来てからも〜、ずっとソワソワ〜、って言うかモジモジして〜、私もうプンプンですからね〜」

「〜〜〜! その口をッ! 今すぐ閉じなさいッ!」

「や〜ん」


赤を通り越すくらいに赤く顔を沸騰させ飛びかかるディーネに対し素早く空へと飛んで逃げていくシルフィ。あっという間に姿が見えなくなった。


「待ちなさいッ!」


それを追い、ディーネも何処かへと消えた。残された面々は嵐のように過ぎ去った二人に呆然とするしかなかった。


「‥‥‥まあ、何と言うか、貴様も大変なのだな」

「‥‥‥ありがとう、エリシュに励まされるとは思わなかったよ」


その後は言葉を交わすことも無く淡々と調理作業を行うのであった。


「‥‥‥‥‥‥」


背後で作業をしているはずのマナの視線を所々で背中に感じ、何ともムズムズしくなるが調理は滞りなく終わった。





夜は静かだ。生き物達はなりを潜め、たまに夜鳥の鳴き声が遠く響いている。


「ぐ、ごおぉぉ‥‥‥」

「も‥‥‥無理、です‥‥‥立てま‥‥‥せん‥‥‥」

「すー‥‥‥すー‥‥‥」


こちらではイビキがうるさいのと、地獄の猛特訓に夢でもうなされる者と、静かに眠りにつく者。木々の上に簡易的にだが丸太で作った寝床で休んでいる。


「うん? いないな」


眠りにつく必要の無いシグが散歩から帰ってくると、いるべき人物が一人足りなかった。

カドレの森は肉食獣が多いが、ディーネが全てを把握しているので危険があればすぐに知らせてくれる。なのでシグは慌てる事なく探し始めた。


いなくなった件の一人はすぐに見つかった。近くの川辺、そのほとりに座り込みじっとしていた。


「どうしたんだい? こんな真夜中に。眠れない?」

「‥‥‥‥‥‥」


返事はないが隣に座るとマナはこちらをじっと見上げた。星明かりが淡く照らす闇夜の中でも、赤い瞳は静かに燃えるように光を反射していた。


「‥‥‥最近、なんだかいつもと調子が違うように思えるけど。何かあった? 気のせいならそれでいいんだけど」

「‥‥‥気の、せ、い」


それきり言葉は無く、しばらく無言で二人水面に散らばる星を眺めた。どれくらい経っただろうか、マナの口が再び動いた。


「‥‥‥う、そ。すご、く、調子、よく、ない」

「そうか。この前の聖域の時みたいに? まだ治らない?」

「うう、ん。身体、じゃ、ない」


マナの顔が伏せられた。膝に顔を埋め、隙間から小さく声が漏れ伝えられる。


「ディー、ネは、すご、い。クナ、イ、も、強、い。ルナ、リス、も、最近、頑張っ、て、る。‥‥‥私、だけ。私だ、け、役、立た、ず」

「‥‥‥そっか、それを気にしてたんだね」

「う、ん」


マナの、心に刺さっている悩み。中々誰にも言えない気持ち。小さくだが、ハッキリと伝えられたそれを受け、シグもしばし空を仰いだ。


「私、いら、ない、子? 何も、出来、ない。何も、シグ、に、あげら、れ、ない。いつ、も、貰っ、て、ばか、り」

「それはないよ、マナ。俺は君をいらないなんて思った事なんか一度もないし、むしろ君がいなければ俺は今ここにはいない。生きてはいなかったよ」


ここ、カドレの森で魔族のノイノラに受けた毒。マナから譲渡された《闇の刻印》と、マナとの《闇の婚姻》による《不死者》の力の共有が無ければあの時に死んでいた。


「でも、それ、は、結、局、私の、せい。私が、いな、けれ、ば、そも、そも、死ぬ、事、も、なかっ、た。‥‥‥あの、人、も」


マナがここに来たから、シグがそれを庇ったから、あの惨劇が起きてしまった。シグと同じく、マナもあの日の事がずっと気にかかって気にかかって、後悔がいつまでも心を苛んでいたのだ。


「‥‥‥いいや、マナ。それは違うよ。遅かれ早かれ、俺たちじゃあこの森で生活を続ける事は、生き続ける事は出来なかった。それは俺も、アイシェも理解してたんだ」


何の力も持たなかったあの時の自分。今日のように大量に食料を調達する事も出来なかった。ルイシェやロイシェ、幼い二人を抱え四人、満足に食事を取れるのも一週間に一度くらい。

様々な場所を巡り巡って最後に辿り着いたこの森を、先に迫る崩壊を理解していながらも離れる事も出来ず。

だから、あの時マナと出会わなくても結末は変わらなかった。


「マナ、君がそう感じ自分を責めているのは分かった。俺はその後悔を無くしてあげる事は出来ない。でも、一緒に居る事は出来る。君のその気持ちを、一緒に、分かち合う事は出来る。俺もそうだからね。今も、後悔はある」


俺がアイシェと出会わなければ、あの時マナを洞窟に置いて一人離れなければ、あの時自分に力があれば。

後悔なんていくつも出てくる。いつまでも、とめどなく、後から後から溢れてくる。


「それでも、俺たちは生きている。だから前を向いて歩く。時々振り返って立ち止まる事もあるだろう。でも、それは悪い事じゃない。過去は無かった事にはならないんだから」


今生きているのはあの約束があるから。自分が幸せに出来なかった人達からの。


「いろんな事を抱えて、歩くのが辛くなったら、俺が持つのを手伝うよ。逆に、俺が抱えきれない時はマナにも持つのを手伝って欲しい。そうやって歩いて行こう」

「‥‥‥私、そん、な、力、持ち、じゃ、ない、よ?」

「大丈夫。マナが寄り添ってくれているだけで元気が出る。側に居てくれるだけでも、とてもとてもありがたい事さ」


幸せに生きて欲しいと、そう言われた。それがどうやって生きれば達成出来るのかはまだハッキリと分からない。

でも、今周りにいる人たちを、大切に思う彼女たちを、幸せにしてあげたいと思う。この思いはきっと、間違いじゃないはずだから。


「これからも、ずっと一緒に居よう。マナが何か出来る事が欲しいなら、それを一緒に探すよ。辛い事があるなら、一緒に分け合おう。そしてそれ以上に幸せになれるように、俺と生きていこう」

「‥‥‥い、いの?」


上げられた顔。揺れ動く瞳に映るのは不安。だからそれを吹き飛ばせるように真っ直ぐに告げる。


「ああ。だからおいで、マナ」

「ッ!」


軽い、小さな身体が飛び込んでくる。静かに流れる川の音を掻き消す、マナの泣きじゃくる声。

こんな風に泣き声をあげるのはあの日以来か。始めて会った日、七年も闇に独り閉じ込められ、知らない場所に落とされ、喋る事もままならず、ボロボロになっていたあの時のマナ。洞窟の中で年相応に、わんわんと泣いていた。

あの時と同じように何も言わず、今回は彼女の身体を抱きしめ泣き止むまでその頭を撫でた。

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