#78
「‥‥‥以上が報告となります。私見を述べさせていただけるなら、今現在被害に遭っている村落は今の数では収まらないかと」
王女誘拐から早一月が経った。未だ慌ただし城内の一室。前回の報告の際とは違い、重役のタイベルト一人のみで調査団の隊長であるザルドの報告を重々しく受け止めていた。
「次から次へと。大戦以降大人しかった魔族の動きがこの間の一件で動き出したとでも言うのか‥‥‥。分かった、この事は新王並びにそれぞれの長へと私が伝えよう」
「はっ!」
レストニア王国との友好関係を持つ、ルーストリア大陸西側、主に人間の統治する村落が巨大な魔族の手により侵略されている。
ザルド率いる調査団が偶然発見したこの魔族の侵略行為はすぐに王国へと伝えられたが、新王の体制もまだ整っていないこの時期に持ち出される案件としては非常に重かった。
「王女の誘拐にまだ国が混迷を極めていると言うのに‥‥‥いや、だからこそか。これも全てあちらの思う通りなのかもしれぬな」
国中の見解としては王女の生存は絶望的であった。生きていたとしてどのような仕打ちを魔族から受けているか分からない。
「易々と侵入を許した王国の防衛力を国民も不安がっている。この件はまだ公にするべきではないだろう。他の調査団の者達にも他言無用と伝えておいてくれ」
「はっ! ‥‥‥タイベルト様、一つお聞きしたい事が」
「なんだ?」
「商業地区の、話です。アレをやったのは、王女を攫ったと言う仮面の魔族で間違いないのですか?」
「‥‥‥そうか、君の居住区はあの近くだったか。残念な事だ。王女を攫うだけに留まらず、あのような虐殺も行うとは‥‥‥やはり魔族は人類の敵だな」
「そう、ですか‥‥‥」
聞きたい事を聞き終えたザルドは再び敬礼をとると部屋を後にした。
城を出た後も、その足取りは重かった。いつも通りの道。だがいつもとは同じ風景ではなかった。久しぶりの故郷の様子は、それは重苦しいモノだった。
倒壊した建物。未だ残る血の跡。生活する人々は最早おらず、廃墟と化した街中をザルドは唇を噛み締めながら歩いた。
「‥‥‥‥‥‥」
ある街角に自然と目が向く。そこは特に酷い有り様だった。原型を留めぬ程に壊された、かつては人気のあった店。
街中の誰からも愛されていた看板娘が居た店だ。
「帰ってきたらまた寄ると、約束していたのだがな‥‥‥」
その約束が果たされる事は、もう二度とない。しばし立ち止まり黙祷を捧げる。
「仮面の魔族、か」
それが仇であるのならば、彼女のため、王国のため、力の小さな自分でも出来る事を全力で為そうとザルドは改めて誓うのだった。
地下は血の臭いがむせ返るほどに充満していた。報告にあった魔族の臭いも強烈であるとの事だが、これも負けず劣らずではないだろうかと十二翼のジョニーはハンカチで口元を抑えながら思う。
「‥‥‥姉さーん、いますかー? いますよねー? 生きてますかー? そりゃ生きてますよね勿論‥‥‥とりあえず返事してきださーい」
地下は暗く、明かりは自分の持つ頼りないランタンのみ。目的の人物からの返事は無い。だが地下に蠢く不気味な気配と、グチュグチュという音は感じ取れていた。
ジョニーの目の前に鉄格子が現れる。重厚な造りのそれは、しかし所々が凹み曲がり歪な形になっていた。
「ひぇ‥‥‥これいきなり壊れたりして中から化け物がこっちに殺到とかしないよね?」
心底ビビり上がりながら、鉄格子の奥へと明かりを向ける。暗闇だ。音だけが聞こえる。
暗闇か。光は黒しか映さない。いや、黒を映していた。暗闇だと思っていたのは、黒いナニか。たくさんの、大きな黒い影。
その大きな影達が、ギョロリと金色に光らせた眼光を一斉にジョニーへと向けた。
「ひ、ひぇぇえッ⁈」
「何素っ頓狂な声上げてんだ、ええジョニーよ」
腰を抜かし倒れ込むジョニーの背後から、いつの間に忍び寄ったのか、目的の人物が、十二翼の同僚であり先輩のフェンリ・ノズゴートが声をかけた。
「あ、姉さんッ⁈ な、なんなんスかアイツら⁈」
「おお、可愛いだろぉ? ウチが丹精込めて育てあげた子達だぜぇ?」
「え、えぇ‥‥‥」
ウチの子達、と呼ぶ鉄格子の向こうに存在する複数の人型。それはまさに異形であった。主人の声に反応したのか、ワラワラとこちらまで寄ってくるその威圧感にジョニーは腰を抜かしたまま急いで後退した。
「んで? 何の用だいこんな場所までよぉ。ウチの顔が見れなくて恋しかったかジョニーよ?」
「いや、それはないです」
そこだけはキッパリと否定するジョニー。余りに直球な答えにフェンリの眉根が上がる。
「あッ、ええとですねぇッ! ユリウスさんから伝言です! はい!」
「ああん? あの野郎からだぁ? 何だよ」
「えっと、『暴れさせてやるから、与えた玩具と共に国外に出る準備をしておけ』、だそうです」
「‥‥‥へぇ。そいつはそいつは。こりゃぁ大変ご機嫌になれたぜ、ええオイ!」
ジョニーからの伝言に、不気味なまでにつり上がる口角。それに今日一の恐怖を感じながら、ジョニーは自分のくじ運の無さを今更ながら嘆くのだった。
カドレの森、様々な獣が闊歩する弱肉強食の世界。そんな森の中を、まだ幼い人間の子供が一人きりで歩いているではないか。
肉の量は少ないが、仕留める手間を考えれば大変お得である。こちらは群れだ。一斉に飛び掛かり、喉元を掻っ切ればそれで終わり。
ウォーウルフの群れの長は溢れそうになる涎を飲み込み、手下に周囲を囲むよう目線で合図する。
「ふんふんふふ〜ん」
暢気に鼻歌を歌う人間の子供。その笑顔もこの後絶望に変わり、そして即命が絶たれるだろう。
だがそれを恨んではいけない。ここはそういう世界だ。弱きは喰われ、強きが生き残る。生存をかけた戦いである。
「お〜なかが〜ペッコペコ〜、お〜なかとせ〜なかが超合体〜」
ウォーウルフの長は手下が獲物を囲んだのを確認。いかに獲物が弱かろうが全力で狩る。遊びではないのだ。生きる為に必要な、大切な狩猟。
長が小さく鳴く。その合図と共に油断も手加減も無く、ウォーウルフ達が小さき存在に飛びかかった。鋭き牙と爪を獲物へと目掛けて振るう。
「今日はお肉が大量〜うれしいな〜、っス」
獲物が命を奪われるほんの刹那。飛び出したこちらに、何故だろう、小さき獲物は驚く事もなくただただ冷たい、まるで狩る物のような視線を向けたような気がーーー
そこでウォーウルフ達の意識は途絶えた。
彼らは最期まで、自らが獲物とされている事に気付く事なくその命を絶たれた。
「お見事っス、シグ殿」
「そいつはどうも。クナイも囮役ありがとね」
「いえいえ。ちょっとばかし多めにお肉を頂ければ自分満足っス!」
「素直だなぁ、了解だよ。俺の分を少しわけよう」
「やたー!」
クナイの周りに倒れる、首を綺麗に落とされたウォーウルフ達の死体。その数十。これでもクナイなら余裕で平らげてしまうだろうな、とシグは苦笑した。
「じゃあ軽く血抜きしてから戻ろう」
「ホイホイっス。してシグ殿、何してるっスか?」
切り落とした首を集めるシグを不思議そうに眺めるクナイ。シグは影を実体化させると土を掘り始めた。
「うーん、なんというか感謝の気持ち、かな」
「感謝っスか? 何に対して?」
「‥‥‥命、だね。俺たちが生きる為に糧になってもらう彼らに対しての、さ」
中々に大きな穴が出来上がった。そこにゆっくりと、丁寧にウォーウルフの首を置いていく。
「へぇ〜。自分もやるっス!」
二人で埋葬を終えると、形ばかりではあるが目を閉じて黙祷を捧げた。クナイもそれを真似する。
「‥‥‥さて、早く作業しないと。みんなが待ってるからね。あと、クナイが腹ペコで倒れちゃうからね」
「そうっスよ! チャチャっとやるっス! とあぁー!」
血抜きの作業へと飛び掛かるように移るクナイを微笑ましく見ながら、それを手伝うべくシグも作業を始めた。
王国でのルナリスの救出、そしてその後の聖域での一戦から早一月。それまでの多忙から解放されるように、彼らはカドレの森でゆったりとした時間を過ごしていた。




