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Dark Brides −斯くて魔王は再誕せり−  作者: 入観ねいと
第6章 エルフの聖域
72/100

#72


「あっ、術の効果切れたっス」


使い捨ての忍法で発動させた結界が解ける。これによりもう彼女達はヴェルトリアの魔法を防ぐ術がなくなったのだが。


「いや、もう必要ないだろ。だいぶ向こう側で戦闘しているし、もはやこちらなど眼中にないみたいだしな。しかし、なんだアイツは‥‥‥」


信じられないモノを見た、という風にポツリと溢すエリシュ。その視線の先、離れた場所では上空から雷のように光の柱が幾多も落ち続け夜闇を明るく照らしていた。


「聖域を塗りつぶすなど、一体どんな力だ。本当に人間なのか? いや、魔族であってもここまでは出来まいよ」


足元を何度か踏み付ける。感触は普通の大地であるが、不気味に黒く染められている。こちらに影響が出ていないのが救いか。


「クナ、イ。あり、が、とう」

「師匠、もう大丈夫っスか?」

「う、ん」


聖域の影響が消えた為か、体調の戻ったマナがクナイの背中から降りた。やはり視線は戦場へと向けられる。


「どうするっスか?」

「シグ、見え、るとこ、まで、行く」

「おいおい、正気か貴様。死ぬぞ」


あのレベルの魔法の応酬に巻き込まれれば命など幾らあっても足りないだろう。


「大丈、夫。私、は、死な、ない」

「なんだそりゃあ。どんな自信だ」


短い間ではあるが、マナが一切戦闘に関わっていない為、そういった力が無いのだろうとエリシュは結論付けていた。


「行くのは勝手だが、ルナリスはどうする? まだ魔法も解けてないし」

「クナ、イ」

「了解っス。自分が背負うっス」

「‥‥‥あー、分かったよ。私も付いてくよ。しかし流石に近づき過ぎると私は死ぬぞ。せめて戦闘がギリギリ見える建物の上くらいにしてくれ。ルナリスにかかった魔法もそこで私が解こう」

「う、ん」


先程の結界の件もあるのでここは付いて行った方が自分もルナリスもまだ安全だろうと判断しエリシュが折れた。

ちなみに先程の結界忍法は使い捨ての為もう使えないのだが、もちろんそんな事をエリシュが知る由も無い。


「それじゃ、失礼してっと‥‥‥」


クナイが転がるルナリスを背負おうと近づく。するとムニャムニャと寝言が飛んできた。


「う、ん‥‥‥ダメ、でしゅ‥‥‥そんな‥‥‥キスされたら‥‥‥赤ちゃん‥‥‥出来ちゃい‥‥‥まふ‥‥‥ムニャ‥‥‥」

「‥‥‥‥‥‥」

「‥‥‥‥‥‥」

「えっ、キスしたら赤ちゃん出来るんスか?」


二人は絶句し、クナイは疑問を投げかけた。


「‥‥‥おかしいな、こいつ私より一回りは年上だよな?」

「‥‥‥ルナ、リス、ここ、まで、とは」

「なんでお二人はそんな険しい顔してるっスか?」


文字通り温室育ちの王女の力をまざまざと見せつけられ、しばし固まる二人だった。






破壊の光は、しかし地上に炸裂するもその全てが飲み込まれる。

水飛沫も波紋すら立たぬ常闇の海。その海上を走るシグもお返しとばかりに黒炎球を次々と放つ。


「くっ、埒があかぬな!」

「それはこちらの台詞だ!」


互いが互い離れた場所からの攻撃の応酬は、どちらにもダメージを与える事なく続く。

もっとも、頭上という優位な立場にいるヴェルトリアに接近戦を挑む理由などないのだが。


「さっさと、沈め下等生物がッ!」


周囲に浮かぶ魔法陣から生み出す、ひと一人分の大きさの光の槍を計六本、シグを囲むような軌道で放つ。

刺されば穴が空くくらいでは済まないそれを、足元の闇から伸ばす六つの影に掴ませた《闇・双蛇の絞刃》で叩き落す。


「小癪な‥‥‥」

「《闇・雷迅》顕現!」


走りながら目の前の地面に顕現させたそれに飛び乗る。既に魔力充填が済んでいるそれは瞬時に破裂。空へと高速でシグを打ち上げる。


「馬鹿が! 空中では格好の的じゃ!」


ヴェルトリアの懐へと向かうが、その前に上下左右全ての方向が魔法陣で埋め尽くされた。逃げ場は一切ない。


「消えろッ!」


空中では影の擬似的な腕も呼び出せない。手に持つ斧だけでは全てを防ぎきる事は不可能。撃ち落とせなかった魔法が身体中を貫く。


「ぐッ!」

「まだじゃ! 落ちろ!」


更に大きな光球が頭上から落とされた。シグの身体をすっぽりと包み込むとそのまま地上へと落下した。

闇の海に落ちる陽光。先程と同じく沈み消えていく。その全てが飲まれると同時に再び空へと昇るシグ。


「怒りに任せて繰り返すか愚か者めが! 何度でも喰らわせてーーー」


真っ直ぐにヴェルトリアへ向かっていたはずのシグだったが、魔法が発動する直前にその進路を急激に変えた。


「何ッ⁈」


ほぼ直角に、速度を殺す事ない激しい進路変更を可能にしたのは空中で再顕現した《闇・雷迅》の超電磁抜刀だ。

自分の方にではなく、全く別の方向へと進路を変えたシグに対しヴェルトリアが抱く疑問は一瞬で氷解した。


「こやつッ、狙いはそちらか!」


一度目の無防備な飛翔はこれを確かめる為だったのか。シグが向かう先は神樹の元にある祭壇。そこに祀られているカドレの森の精霊核だ。

ヴェルトリアの魔法により閉じ込められ、同じく魔法により純粋な聖気の塊へと変換途中の精霊核。そこへとシグが彗星の如く落ちていく。


「させぬ!」

「なッ⁈」


空中で何かにぶつかる。結界だ。勢いよくぶつかった反動で弾かれ、それでもその体勢から斧を振るおうとした。


「《大黒天・灼燼のーーー」

「させぬと言っておる!」


目の前に、今まで遠距離でしか攻撃をしてこなかったヴェルトリアが現れる。振るわれる斧を止めようと、手に出現させた魔法の槍でシグを貫こうとする。


「邪魔、だッ!」


結界に向けていた斧の進路を向かい来る槍へ。空中で衝突する。生まれた衝撃は軽々とシグを地面へと叩きつけた。


「ぐおぉッ⁈」


何度か勢いそのままに地面を転がるが、すぐに立ち上がり忌々し気に睨み仰ぐ。


「しつこいな‥‥‥」

「それはこちらの台詞じゃ。我を前にこうもその存在を保つとは、何百年振りかのう」


シグに負けぬくらいに顔を歪め敵意を剥き出しにする。そんな表情であっても美しさを全く損なわない事に場違いながらシグは感心した。


「目当てはコレか。成る程、解呪の儀を妨害し神樹の呪いを成就させる為に侵入したか。全く、忌々しい奴らじゃ」

「‥‥‥今更あんたと会話が成り立つとは思えないが、一応言わせてもらう。俺の目的はディーネを取り戻す、それだけだ。呪いの事など知った事じゃない」

「何を、一緒の事ではないか。コレを奪い呪いを進行させる。愚かな行為じゃ」


やはり話は通じない。一か八かだが、見せれば納得してくれるか。

シグは神樹の呪いについて無関係だという証明を、懐から取り出すあるモノで行おうとした。


「俺たちは呪いとは無関係だ。何なら、今すぐその呪いを解こうじゃないか。こいつで」

「おぬし、一体何をーーー」


ヴェルトリアの言葉が止まる。シグが取り出したあるモノを目にして。それは一振りの剣だった。


「そ、それはーーー」

「聖剣ヴィストリア・ハート。これなら神樹にかけられた呪いなど簡単に解けるんじゃないのか?」


これを見てどう反応する。シグは注意深く相手を観察した。その表情は驚愕に染まっている。信じられない、と。

そして徐々に表情は驚愕から、今までの敵意に満ちた顔が優しく見える程に、それはそれは般若の如き形相へと変わった。


「それをッ、我の前からッ、今すぐに引っ込めろォォォオオこの下郎がァァァアア!」


一か八かの作戦は大きく裏目に出てしまったようだ。激昂する鬼のようなヴィストリアの圧に押されながら急いで聖剣を仕舞う。


「愚姉のッ! ヴィストリアの力など借りぬッ! 不愉快だ不愉快極まりないッ! その剣諸共に消し滅ぼしてくれるわッ!」


先程まではまだ本領ではなかったのか。怒りに染まるヴェルトリアの魔力が跳ね上がる。


「殺すッ! 殺す殺す殺す殺す殺すッ! 人間ッ! 魔の眷属ッ! 《不死者》ッ! 全てを関係なく滅すッ!」


ザワザワと大気が揺れる。見れば背後の神樹も泣き喚くように震えていた。ヴェルトリアが放つ魔力に引き寄せられ、何かが生まれ落ちようとしていた。


「"森羅万象遍く全てはこの元に 座して下界を創造し破壊せん 見よ神樹の恩寵を ここに生命の審判を降さん"!」


神樹の輝きは目を刺す程に。暴力的なまでの光の本流は空へと雲を散らし駆け登り、そしてヴェルトリアの手へと轟音と共に落ちる。

光はカタチとなり、圧倒的な聖気を放つ。

それは槍。神樹の守り手である者に与えられる神器。鉄ではなく全身が木で創られた槍は、しかし如何なる素材よりも頑強。半端な魔の者はその姿を見ただけで蒸発してしまう程の代物だ。

ゆるりと、切っ先をシグへと向ける。それだけで身体が竦みあがる。シグの持つ聖剣の魔を祓うような生易しいモノではない。これは完全に敵を滅する為の神域の武器だ。


「《神槍ジエルニクス》。最早一片たりともこの世界に姿を残せると思うでないぞ、下等生物がッ!」

「‥‥‥やってみろ!」


感じる力の格の差は歴然。だが、ここで止まる訳にはいかない。

ヴェルトリアの背後、祭壇の上。

今にも解けて消えてしまいそうなディーネの精霊核を見つめ、身体を震え立たせる。


「取り戻す、必ずだ!」


己の身を黒炎と化し、ヴェルトリアへと走った。

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