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Dark Brides −斯くて魔王は再誕せり−  作者: 入観ねいと
第6章 エルフの聖域
70/100

#70


全身という全身を蔓で叩き回され、元の身体よりも一回り大きく腫れ上がったマルクを、なんとか死んではいないようだ、その場に投げ出し放置したエリシュは清々しい顔で汗を拭った。


「ふう、すっきりした」

「あ、そう」


因果応報ではあるが無残である。死体の如きそれを見ないようにして、シグは気になっていた事を尋ねた。


「ところで、それなんだが」

「ん? なんだ人間の雄」

「いや、俺もそろそろその呼び方変えてくれ。俺はシグナス。シグでいい」

「‥‥‥良かろう。で、なんだ‥‥‥シグ?」


名前を呼びたくない感が満載だったが、慣れてもらう他ない。シグは気になっている物、エリシュが手に持つエルフの男が使っていた布を指差した。


「それなんだが」

「これか? 透明魔法の込められたマントだが」


掲げられるマント。今は普通に目に見えている。だがそれを纏えば先程のエルフのように姿を消せる魔道具である。


「それは貴重な物なのか?」

「そうだな、エルフの失われた技術で作られた貴重品だ。もう新たに作る事は出来ないし、現存するのも合わせて十もないはずだ」

「それと似たような物を、というか同じ物を知り合いが持ってたような気がしてな」

「なんだと?」


特にシグ自身が悪い事をしてないのにジロリと睨まれた。怖い。嫌でも側に転がる腫れ上がったエルフが視界に入ってしまう。


「貴様の知り合いというなら、人間か」

「まあ、そうだけど」

「ならば盗人だろうよ。エルフが人間にこのような貴重な物を渡す事はないからな」

「あー、なくはないな」


頭に浮かぶ人物。奴ならやりかねない。

その時、ふと何かが引っかかった気がした。


「ん? ん〜?」

「なんだ、ジロジロとこちらを見て‥‥‥ま、まさか貴様欲情しているのかッ⁈ ケダモノめッ! これだから人間の雄はッ!」

「ち、違う!」


身体を隠すように離れるエリシュ。背後からの視線が物理的に刺さっているような幻痛に襲われる。


「まあいいや、深く考えるとマズイ気がするし。気が済んだのなら案内を再開してくれ」

「ふん、ついて来い」


目の前を歩くエリシュの揺れる長い派手な赤い髪に、やはり至らない事を思いつきそうだが首をブンブンと振って今度こそ何も考えないようにした。


「もう少しで神樹の元まで着くが、本気なのか?」

「何が?」


しばらく歩き続け、何度かエルフの妨害を突破した後、そう問われた。

たまにクナイの手を借りたが、エリシュ一人でほとんどが撃退されている。やはり彼女は才能があるのだろう、他のエルフが束になっても敵わなかった。


「何がって‥‥‥カドレの森の精霊を助け出すって話だ」

「勿論本気だが?」

「貴様は知らんだろうが、神樹の元には、さっき空でこちらに極大魔法を放った精霊王がいるのだぞ?」


やはり、あの魔法は精霊王とやらの一撃だったのか。アレは躱しきれなければ控えめに言って全滅していただろう。


「そう、その精霊王なんだが、どうして姿を見せない? エルフにやらせず自分で来ればいいじゃないか」

「愚か者。精霊王の役割は神樹を守護する事。次いでこの森を守る事だ。だから神樹から離れる事は出来ないし、森の中にいる敵に攻撃をする事も好まぬ。自らの力で森を破壊してしまうからな」


だから空にいる場合のみ攻撃を仕掛けてきた、という事か。空なら森をあの魔法で壊す事もないからな。


「ゆえに森に住まわせているエルフを顎で使っているのさ」

「なるほどね」

「だから、今から向かう神樹の元は、聖域は、開かれた場所、神殿となっている。そこなら精霊王は遺憾無く遠慮なく完膚無きまでにその力を振るうだろう。あの魔法の威力を真近で体感しただろう? それでも行くのか?」

「ああ、行くさ」


やれやれと首を振り、シグへと顔だけ向けるエリシュ。じっと、何かを確かめるように瞳を覗き見た。


「それ程までに、あの精霊が大事なのか?」

「ああ、それ程、じゃ足りないくらいだ。俺にとってとても、とても大切な人だ」

「‥‥‥大切な、人、ね。人間が精霊を、そう思うのか」


気に食わないのかエリシュはプイッと顔を背け、その後は黙って先頭を歩き続けた。

そして、目的地に近づいたという確信をクナイが告げた。


「すごいいっぱいの気配がもうちょい先に集まってるっスね。多分待ち構えてるっスよ?」

「ああ。ここから先は俺一人でーーー」

「ダメ。つい、て行、く」


言い終わる前にマナから口を挟まれた。ここから先は敵の本陣。クナイの言葉からこちらを迎撃する態勢は整っていると見ていい。そんな危険な場所に皆を連れて行く訳にはいかないのだが。


「今後、は、私、も、側に、いる」

「‥‥‥マナ」

「師匠が行くなら勿論自分も行くっスよ?」


深い赤の瞳にはこちらが何を言っても聞いてくれない意志の強さを感じた。時間もあまりない。これは折れるしかなさそうだ。


「分かった。でも、ルナリスはーーー」

「わ、私も付いていきます!」

「えぇ‥‥‥」


さすがに一般人のルナリスを連れては行けないのだが。困った顔のシグへとエリシュが意地悪そうな笑みを作った。


「おいおい貴様、ルナリスだけを残してどうする。他のエルフが向かって来れば危険なのは一緒だろう」

「それは、そうだが‥‥‥」

「ならば手元に置いていた方が守りやすいだろう。微力だが、私もルナリスを守ってやる」

「‥‥‥う〜ん」


見事に言いくるめられているような気もするが、マナが付いてくると言った時点で全員を連れていく他ないのは確かだった。


「それとも、大口叩く割りにやはり自信がないのではないか? 守る自信がないのなら精霊は諦めて帰るのが得策ではないか? 何もかも全部が全部失わずに済むなどと思うなよ」

「‥‥‥ほんっと君性格悪いね」


自分の半分くらいの歳の子供に諭されるとは情けないにも程がある。


「だが、君の言う通りでもある。だから大口を叩かせてもらうよ。俺は全部を守りきる。ディーネも、マナも、ルナリスも。‥‥‥クナイも」

「なんで自分だけそんな言い淀んだっスか?」

「気にするな。噛んだだけだ」


だって強いし、こちらが守るって感じでは全くないし。


「私は貴様の事をよく知らない。だからこれで見極めさせてもらう。ただの大ボラ吹きの人間の雄か、それとも違うのか、だ」


生意気にも程があるエリシュだが、生い立ちや育った環境を考えればもしかして一番精神年齢は高いのかもしれない。


「ああ、見ていてくれ。もちろん君も同行すると言うのなら俺は守るよ」

「ふん、自分の身くらいは自分でなんとかするさ」

「‥‥‥じゃあ、行くぞ」


先頭を代わり、森を抜ける。今までは歩けども歩けども木々しか見えなかったが、遂にその先に違う風景が広がった。

森の中を丸くくり抜いたかのようなだだっ広い空間にいくつかの建造物が点在していた。予想に反し、エルフの大群が待ち構えているかと思っていたが全く姿が見えなかった。

クナイの方を見るとこちらの意図を察して首を振った。透明化の魔法のマントを使って姿を消し近くにいる、という訳でもなさそうだ。それでも警戒を緩めず中心部へと、その真ん中に聳え立つ神樹の元へと進んだ。


「どうやら森の中からぐるっとこっちを覗いてるみたいっスね」

「どういう事だ? さっきまであんなに攻めてきていたのに」


クナイを信じるなら彼らは神樹の元へと進む自分達を攻撃するでもなく遠くから眺めているだけとなる。訝しむシグにエリシュが答えた。


「もうその必要がない、というだけだろう。この空間では誰も手出しなど無意味な事はせんよ」

「精霊王の独壇場って感じか。名前は確かーーー」


思い出そうと上を見た。偶然だ。それがなければ間に合わなかった。


「う、おおォォォオオ!」


不調など気にしていられない。全開で影を展開し皆を一箇所に集め上空へ防御壁を形成。すぐに衝撃が襲う。

雨のように降り注ぐ光の矢が展開した影を貫こうとする。それを必死で抑え込んだ。全力だ。


「あ゛あ゛、あ゛ッ!」


広範囲に出鱈目に振り続ける。その終わりを早く早くと願って力を使い続けた。意識を繋ぎ止めるだけでも精一杯である。


「‥‥‥ぐ、は」


永遠にも感じられた光の土砂降りが止み、だが倒れる事は出来ないシグは歯を食いしばり眼前の建物の上に不遜に立つ人物を睨んだ。


「森を荒らし回り、あげく神樹の元まで来ようとはな。エルフどもめ、全く役に立たない奴らよのう」


こんな状況でなければ目を奪われていたかもしれない。精霊王の名に相応しい、人ではあり得ぬ美の造形。飾る衣服も負けじと華やかである。薄い布が何枚も重ねられた見たことのない衣装だ。

イメージとしては、シルフィを大人びさせ目力を強くした、そんな感じかなとシグは場違いながら思った。

その、美しさを損なわせない、殺意に満ち満ちた鋭き眼光がシグ達を見下していた。


「性懲りも無くよくぞまた来たな、魔族とその使いどもめ。もう二の轍は踏まぬ。呪いなどかけさせる間も与えん。滅してくれよう」

「待っーーー」


こちらの言い分を、話し合いを、そう望むがそんな暇は与えられない。向けられた手に合わせ、精霊王ヴェルトリアの背後の空間が歪み輝き魔方陣が生まれる。

アレから攻撃が放たれるだろう事は間違いない。そしてこれ以上その攻撃を受けて守りきれる自信は、大口を叩いていたが、無い。


「《魔装顕ーーー」


迎撃しようと構えるシグに、しかし発動された魔法は向かっていなかった。狙いは、魔族であるマナだ。

かろうじて魔方陣から放たれた光の奔流が真横を通り過ぎるのが見えた。


「《獣身煌化》‥‥‥《雷光刹化》‥‥‥ッ!」


一度たりともした事が無かった、ぶっつけ本番の大博打。獣人族の秘奥と、《雷迅》の能力の一つを組み合わせ発動させる。

身体が濃密な魔力の過剰循環により活性化され、その影響により光の線が体表に浮かび上がる。その線に合わせるように身体を動かす電気信号が《雷迅》により超加速される。

結果、体内は超絶な負荷による破壊と灼きつく程の電力で崩壊する。

その代わりに、通常であれば決して間に合わない、光速の魔法に身体も認識も追いつく。


「《闇燼滅・煉獄の轟斧》!」


クナイ諸共を狙った光の魔法に追いつき、斧で叩き落す。だが終わらない。視界の端にまだ三つの光の瞬きが見えた。


「う、ォォォオオ!」


一つ、二つを同じく叩き落した。しかし残り一つは間に合わなかった。


「ッーーー」


魔装の力で炎と化した、物理攻撃も魔法攻撃も通じぬはずの身体が穿たれる。左肩の辺りが綺麗に吹き飛ばされた。そして、再生が中々始まらない。


「シ、シグ⁈」


一連の動きに全くついてこれなかったルナリスがシグのその姿に叫ぶ。が、それに構う暇はない。右手のみで斧を手に追撃を警戒した。


「‥‥‥なんじゃ貴様は。そこの魔族の眷属か? なぜ魔装を使える。見れば見るほどおかしな存在じゃな、見た目は人間だが、気配がまるで無い。我々精霊と同じく、自然と一体化しておる」


こちらに興味を持ったのか、ジロリと不躾な視線がこちらの隅々までを観察する。それは背後にいるマナへも。


「そこの魔族の娘‥‥‥《不死者》か。ならば貴様が魔族の姫か。わざわざそのような者が来るとは、よっぽど魔族は人手不足なのかのう? さて」

「うッ⁈」


いつ移動したのか、反応出来なかった。こちらは二重に身体強化を行っているというのに。

目の前に現れたヴェルトリアの瞳が興味深そうにシグの赤い瞳を覗き込んだ。


「なぜ、《不死者の赤瞳》を貴様も持っている。貴様は何じゃ? 人間か? 魔族か? 面白い、試してやろう」


いとも容易く、炎の身であるシグの頭を何でもないように掴む。


「本物ならば死ぬ事はないじゃろう」

「アーーー」


体内を灼いていた雷撃よりも更に鮮烈な痛みが全身を焦がし意識を奪う。

魔装の斧は維持出来ず消失。合わせて身体も元に、いや黒焦げの状態でドサリとその場に崩れ落ちた。


「ふむ、死んではいないようじゃのう。遅いが、再生はしておる。確かに《不死者》の力じゃな」

「シーーー」


飛び出そうとしたルナリスをエリシュが止めた。今ヴェルトリアの興味はシグとマナにのみ。余計な動きをすれば人間であるルナリスやハーフエルフであるエリシュなど一瞬で殺されてしまうからだ。

手も足も出ない。格が違い過ぎる。クナイですら戦闘ではなく、即離脱出来るよう隙のみをずっと窺う程に。これが精霊王か。


「面白い存在ではあるが、脅威にはならぬな。じゃが、殺せぬ者相手に何度も魔法を使うのも面倒じゃのう。さて、どうしてやろうか」

「‥‥‥やらせ、ない、ぞ」

「なんじゃ、まだ意識があったのか」


まだ再生は完了しておらず、身体の至る所が崩れたままだったが、それでもシグの右手がヴェルトリアの裾を掴んだ。そしてすぐにその手が魔法により消失する。


「汚い手で触れるでない。我は人間が嫌いじゃ。特に雄は好かぬ。貴様らは欲望の獣。この世から全て滅してやりたいほどじゃ。今すぐ消して‥‥‥いや、うむ、そうじゃのう」


何を思い付いたのか、地を這う蟻を見下ろすようにヴェルトリアは嗜虐的な笑みを向けその手を動かす。宙に描かれるは魔法式。編み出されるのは如何なる魔法か。


「どのような理由でこれ程多種族の雌を侍らせているかは知らぬが、貴様らに良いモノを与えてやろう」


完成された魔法がシグ達へと発動される。先程までの光の攻撃ではなかった。淫靡な桃色の発光が全員の視界を奪う。


「愛などとほざく下等生物供にはお似合いの魔法じゃ。楽しむと良い。《艶夢は皮を剥し獣へ戻す》」






世界が桃色に染まり、周囲の全てが消えた。


だがそれも一瞬。光は引いていき、世界が再構築されていく。元の世界へと。


「‥‥‥これ、は」


違う。ここは、先程までのエルフの森では、神樹の聖域では無かった。


薄暗い。洞窟の中だ。ちょっとした広さの、空いたスペース。そこにシグは立ち尽くしていた。

いきなり先程とは違う場所に自分がいる事に驚くよりも、そんな事よりも驚く事があった。


「ここ、はーーー」


忘れるはずがない。短い間だったが、ここで過ごした日々を忘れる事など出来ようものか。


「ねえ、シグ」


声がかけられる。振り向く。肩を押され、尻餅を着いた。手はそこで緩む事無く、背中を、後頭部を地面に押し倒す。


「ふふっ、可愛い顔」


その犯人は妖艶に微笑み、こちらに馬乗りになって顔を近づけた。

そして耳元でそっと、囁いた。


「シグ‥‥‥私と、気持ちいいこと、しよ?」

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