#7
目覚めたのは半日後であった。
おそらく外もすでに暗くなっているだろう。四人は眠る彼女を囲んで静かに見守っていたのだ。目が覚めた彼女は、ゆっくりと視線を三人に向け、今度は自分で身体を起こした。
「気分はどうだい?」
「‥‥‥だ、だいじょ、ぶ」
返答が来るとは思ってなかったので少し驚くが、気を持ち直して再度声をかける。
「君の名前、聞いてもいいかな?」
「‥‥‥マ、ナ」
「マナ?」
「そ、う‥‥マナ」
「そっかー、マナちゃんか。じゃあ改めてよろしくね、マナちゃん」
アイシェが反対側からマナと名乗った彼女の頭を撫でる。
「マナー! マナー! よろしくねー!」
「‥‥‥よ、よろしくです」
「じゃあ俺からも。よろしく、マナ」
手を差し出すと視線を何度か手と顔へ移動させ、マナも手を伸ばし小さく握手を交わした。
「マナはどこから来たんだい?」
「‥‥‥わからない」
「どうしてここにいたの?」
「‥‥‥わからない」
「んー、家族とかはいたの?」
「‥‥‥なにも、わからない」
自己紹介を終えた後、少しずつ彼女について質問していくが、どれもはっきりとした事は分からなかった。どうやら記憶がないらしい。分かるのは名前だけ。
「‥‥‥ずっと、くらい、とこにいた。ながい、あいだ、ずっと、ひとりだった。きづいたら、ここに、いた」
暗い場所というのは、あの空間の裂け目、闇の中に長い間いたということなのだろうか。だがそれを聞いた所で何も彼女は覚えていないのだろう、あまり聞き続けても酷だと考え、シグは話題を変えた。
「ここはカドレの森だよ。俺とアイシェとルイシェとロイシェの四人で、三カ月程前からここで生活してるんだ」
「‥‥‥そう」
ここでの生活について、自分達の経験した事をマナに話す。表情は変わらないが、興味がない訳ではないようだ。よく見ればこちらの話題に興奮しているだろう時は瞬きが多くなったりしている。
どうやら長い間一人でいたせいか、話すことや感情を表に出すことが難しくなっている。それでも、誰も嫌な顔などせずに楽しく四人でマナに話しかけた。
「ん〜‥‥‥」
先程まで元気に話していたルイシェが、唐突に半目になり大人しくなる。眠気がきたのだ。
「ああ、もう夜だもんね。ルイシェ、話しはまた明日ね。寝ましょうか」
「うぃ〜‥‥‥。じゃあマナと寝る〜」
言うが早い、マナの横へ倒れ込むとすぐに寝息をたてた。
「全くこの子は‥‥。ほら、ロイシェも寝ようか」
「う、うん。じゃ、じゃあ僕もここに寝るよ」
そう言ってロイシェも反対側へ寝転がり。マナを挟んで双子は眠りについた。
「ありゃ、人気だねマナちゃん。お姉ちゃんのポジション取られちゃったわ」
「‥‥‥かわ、る?」
「ははは、いいからマナちゃんも眠りな。ここなら私たちがいるから、ね?」
「‥‥‥ん」
横になったマナはしばらく目を開けていたが、見守るアイシェの視線に安心したのか、ゆっくりと眠りについた。
「ふふ、妹が増えたみたい」
「そうだね。じゃあ、俺もそろそろ寝るよ。‥‥‥そっか、ベッド足りないんだ。明日葉っぱを集めないとね。今日は俺のベッド使っていいから。おやすみーーーッ⁈」
いきなり腕を引っ張られ、思わず叫んでしまうところだった。剣が手から溢れ落ち、洞窟内を照らしていた光が消える。抗議しようと犯人を見るが、強い力でベッドに連れ込まれる。
「な、何をッ⁈」
「ん〜? 可愛がってた双子に振られてお姉ちゃん寂しいから、大きい弟と一緒に寝ようと思って」
「はっ? いやいやいや! ダメだよ! てか弟じゃないし!」
さすが獣人族。振りほどこうとするが力で敵うはずもない。ガッチリとホールドされ慌てふためくシグをニヤニヤと意地悪く見つめる。
「ダメって何が〜? どうしてダメなの〜?」
「いや、そりゃ、ダメったらダメだよ! ほら、分かるだろ?」
「アイシェ〜、わかんにゃ〜い♪」
「〜〜〜ッ⁈」
背中に押し付けられた柔らかな感触に意識が奪われる。動くと柔らかな物体も合わせて形を変えるのが鋭敏になった感覚を刺激する。
「まったく、可愛いやつめ。いいじゃん、たまにはさ。私も、誰かに甘えたい時があるよ‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
トーンの下がった声に冷静さが少し戻る。目を閉じ幾ばくか逡巡した後、溜息とともにアイシェの行動を認めた。
「‥‥‥分かったよ。今日は側で寝てあげるから」
「‥‥‥ありがとう」
感謝の言葉を最後に洞窟に静寂が訪れる。アイシェの息遣いや鼓動を感じながら、シグは寝不足を覚悟した。
「‥‥‥意気地なし」
「‥‥‥‥‥‥」
ボソっと聞こえた言葉に眠ったふりをするしかなかった。