#69
「本当にすまなかった。俺が君を連れてきたせいだ」
「ふん‥‥‥確かにこうなった要因は貴様だが、そもそもの原因は私だ。遅かれ早かれの違いさ。しかし、いくら謝ろうが私は貴様が嫌いだ。人間の雄め。爪を剥がされそうになった事も忘れん」
「‥‥‥申し訳ない」
頭を下げて謝罪するシグに、泣き果たし落ち着いたエリシュが冷たく言い放つ。相変わらずシグに対しては敵意が込められていた。
そしてエリシュは視線をルナリスの方へ向けると、険しくしていた顔をコロッと変えて穏やかに尋ねた。
「そういえば、互いに自己紹介してなかったな。私はエリシュ。エリシュ・ノーベディ。お前は?」
「私はルナリス。ルナリス・レストニアと申します」
「ああ、だろうな。ではルナリス、私の腰に下げているポーチの中に黄色い液体の入った小瓶があるはずだ。それを、取ってくれないか?」
言われた通りにゴソゴソとルナリスがポーチを漁り、これですか? と小さな小瓶を取り出した。
「ああ、それだ」
「これは何ですか?」
まじまじと小瓶に満たされた黄色い液体を興味深げに見つめながらルナリスが尋ねた。
「解毒薬さ。ゲニッヒの麻痺毒の、な。いつまでもそこの雄に担がれるのは堪らん。それを飲ませてくれないか?」
「はい、分かりました」
迷う事なくルナリスは小瓶を開けて、開けようとして力が足りず開かなかったので代わりにシグが開けたが、それをエリシュの口にゆっくりと注いだ。
その様子を静かに見守るシグ。敵だった彼女の麻痺が解け自由となる事になるが、もう問題はないだろうと判断していたので、何も言わずルナリスに全て任せていた。
小瓶の液体を全て飲み干し、一分程経っただろうか。指先から徐々に動きが見られるようになった。三分経った頃にはまだ不安定だが自力でエリシュは立ち上がる事が出来た。
「‥‥‥ふう、なんとか動けるようにはなれたか。それで? やはり神樹の元に行くのは諦めてないのか?」
「ああ。飛んで行こうにも、あの魔法でまた撃墜されるだろうし。出来れば、最後まで案内をお願いしたい。頼めるか?」
「ふん、貴様なんぞに協力はしたくはないが‥‥‥ルナリスよ、お前も同じか? 私に協力して欲しいのか?」
「ええ、お願い出来ますか?」
「分かった。付いて来い」
承諾の意思を示し、先頭に立ってエリシュが森の奥への案内を始めた。流石は生まれ故郷か、生い茂る草木や木々の根、枝などを全く苦にせずスイスイと進んで行く。
まだこういった場所を歩くのに慣れていないルナリスと、体調の悪いシグがヒイヒイ言いながらなんとか付いて行く。
「‥‥‥止まれ」
どれくらい進んだだろうか、急な停止の合図がかかる。それに従いエリシュの後ろで様子を伺っていると目の前の木々の間からヨロヨロと人影が現れた。
それは先程、エリシュを蔓で捕らえ暴行を働き、クナイの掌底により吹き飛ばされたエルフだった。
「マルクか。なんだ、アレでてっきりくたばったのかと思っていたが無事だったのか」
「何が無事だッ! ふざけおって! よくもこの私に、人間の猿如きが手を上げたなッ!」
肋骨くらいは折れているだろうに、それでも立ち上がりこちらへ敵対心を剥き出しにするのは彼のエルフとしての誇りゆえか。
「後悔させてやる、後悔させてやるぞッ! 貴様ら全員殺してやるッ!」
杖がこちらへと向けられた。その先端に丸い魔方陣が輝き生まれる。
「おいおい、炎魔法を使うのか? ここでは禁忌だろう」
「ええい、うるさい黙れ醜きハーフエルフが! "燃え尽きよ"!」
呆れ顔のエリシュもろとも吹き飛ばそうと、この森で使うことが禁じられているはずの炎魔法が発動された。
魔方陣から放たれた炎の塊が先頭で無防備に立つエリシュに襲いかかる。
「愚か者め」
杖などの魔法具を持たぬエリシュは、侮蔑を込めた呟きとともに両手を流れるように動かした。
それは指揮者のようであった。指示に従い、手の動きに合わせて森の蔓が蠢き、壁のように彼女の眼前を覆った。
ぶつかる炎。ただの植物である蔓は、しかし焦げ目は残るものの燃えることはなかった。
「クソッ! なぜ燃えぬ⁈」
「そりゃあ水分の多い蔓を集めてるからな。簡単には燃えぬさ。‥‥‥痺れはまだあるが、ちょうどいいハンデだったな」
ぐっぱぐっぱと両手を開閉させ、ニヤリと笑うエリシュに悔しげに顔を歪ませたが、すぐにいやらしい笑みに変わった。
「その余裕がいつまで続くのか見ものだなあ」
「ん? なんだ、まだ何か隠し球でもあるのか?」
禁忌である炎魔法すら防がれたにもかかわらず、余裕の表情を浮かべるマルクに訝しむ。
その背後でクナイがマナへと話しかけていた。
「師匠。なんか来てるの、どうします?」
「やっ、て、よし」
「ほいっス」
しゃがむと適当な石を拾い、前の戦闘の時と同じく指で軽く弾いた。その弾道はマルクではなく、何も無いエリシュの横の空間にまっすぐ突き刺さった。
「んごッ⁈」
飛ばされた石が空中の、何も無いはずの場所で弾かれた。次いでどさりと何かが倒れる音と、ふわりと布状の物が宙を舞った。
すると突如姿を晒す、気絶したエルフの男。その手には剣が握られていた。
「サ、サロイ⁈ 馬鹿な、なぜ分かった⁈」
「いや、そんな殺気満々だとバレバレっスけど」
クナイの何気無い言葉にパクパクと口を動かすしかなかった。
同じくそんなものに気付かなかったシグは、とりあえず分かってた風な感じを醸し出す事にして頷いた。
急な出来事に驚きつつも、宙に浮かんだ布をエリシュは手に取る。
「透明魔法のマントまで持ち出すとはな。貴重品だと言うのにご苦労な事だ」
「か、返せ! 貴様のような者が触れていい物ではないぞッ!」
「ふ、ふふふっ‥‥‥余裕の正体はこれだったか。他には? その焦り顔からすると、これだけみたいだなあ?」
ニタァとお返しの如くいやらしく笑うエリシュに、じりっと一歩下がった。
「おや? 逃げるつもりか? 貴様が嘲り、見下し、馬鹿にしてきた、醜いハーフエルフから? まさかなあ、そんな事はしないよな? 出来るはずがないよなあエルフ様?」
「ぐ、が、き‥‥‥貴様如きにィィィィイアァァァアッ!」
挑発に乗り、一直線に突っ込んでくる。杖はもはや魔道具としてでなく鈍器として、目の前で散々虐めぬいてきた、自分より劣るはずの者へと振り下ろそうとする。
「んん? どうした、怒ったのか?」
「ぬ、ぬう⁈」
蔓が絡みつく。振り下ろした杖ごと止められ動けなくなるマルクに、瞳を爛々と輝かせながらエリシュが告げた。
「さあてマルクよ、立派で素晴らしいエルフのマルクよ。今お前が抱いている怒りなんかちっぽけなモノだと私が教えてやろう。なあに殺しはしないさ、お前と違って私は優しいのだ。なあおい、そこの人間の小娘」
振り返り、マナを背負っているクナイへと話しかける。
「自分はクナイっス」
「ああ、ではクナイとやら。先程こいつらに使ってた指一本でぶっ飛ばしてた技、アレは何と言うんだ?」
「デコピンの事っスか?」
「成る程、デコピンと言うのか。確かこういう感じだったかな?」
マルクへと向き直り、蔓を動かす。捕らえたモノとは別の蔓がエリシュの意のままに操られ、一本の蔓をマルクの眼前に持ってくる。その一本をしならせるようにもう一本が引っ張り抑え、そして離した。
「アギャッ⁈」
額に炸裂するデコピンならぬ蔓の鞭。クッキリと赤い痣が刻まれた。
「おっと、一発で気を失うなよ。そこの‥‥‥クナイと違って私は指の代わりに、これだけ沢山の蔓があるんだ。さて次は一斉に、全身にお見舞いしてやろう。それが終わったら順番に、リズムよく、叫びが素晴らしい音楽になるように打ってやろう」
「あ、ひ、や、やめ‥‥‥」
たった一発でもこの痛みなのだ。それを目の前で蠢く全ての蔓が行うなど、地獄以外の何物でもないだろう。
止めてくれと懇願しようとするマルクを遮って、長年溜まりに溜まった鬱憤を解き放つかのように、エリシュは人生で初めての極上の笑みを見せた。
「なあに、遠慮するな。死にはしないさ。多分、死ぬほど痛いだろうがな‥‥‥ふ、ふふふ‥‥‥はーっはっはっは!」
「あ゛ッ、あ゛ッ、あ゛あ゛あ゛ァァァアア!」
高らかに叫び笑うエリシュと、それに合わせるようなマルクの悲鳴が交じり合い、一種の音楽のようになる。リズム良く打ちつけられる蔓が鉢で、打たれるマルクが楽器か。阿鼻叫喚の音楽会だ。
そんな趣味の悪い鑑賞会を前に、さしものシグもうわぁと目を逸らし、あわわとルナリスは惨劇を見ぬよう手で顔を抑えた。
「楽、しそ、う」
「師匠もやりたいっスか? じゃあ次敵が来たら捕まえてやりましょう」
「やめなさい君達」
こそっと物騒な事をのたまいだす二人を嗜めるのだった。




