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Dark Brides −斯くて魔王は再誕せり−  作者: 入観ねいと
第6章 エルフの聖域
68/100

#68


苦しげに目が覚めたシグが辺りを見回すと、そこらかしこに武装したエルフ達が倒れていた。それだけで自分が気を失っていた間に何があったかを把握する。

マナとクナイは側にいたが、近くにいないルナリスを探すと同じく倒れているエリシュの側に姿が見えた。


「良かった、みんな無事か。‥‥‥また俺は肝心な時に役に立たなかったみたいだ」


皆の無事に安堵しつつも、シグの表情は晴れなかった。そんなシグへとマナが近づく。


「それ、違、う。シグ、無茶、しなか、ったら、空から、落ち、て、みんな、死んで、たかも」

「‥‥‥いや、それだけじゃあダメだ。ちゃんと、最後まで気をしっかり持ってないと。俺はまだ、弱いな」

「‥‥‥‥‥‥」


首を振りながらそう答えるシグに、マナはそれ以上は声をかけなかった。

また自分のせいで大切な人を失う訳にはいかない。その為に得た力のはずだ。もう何も出来ない無力な過去の自分ではないと思っていたが、まだまだのようだ。


「そうっスか? 充分強いと思うっスけど」

「うーん、クナイに言われると複雑な気持ちになるなあ。でもありがとう。ところで、ルナリスは何を?」

「エリシュ殿が怪我してるのでそれの介抱っス」


身体を無理矢理起こし、そちらを見れば確かにエリシュの怪我の様子が見えた。


「戦闘に巻き込んでしまったのか?」

「いえ、そこら辺に転がってる奴らにエリシュ殿が捕まってボコされたっス」

「‥‥‥なんで?」


エリシュと彼らは仲間のはずだが。助けるならともかく、なぜ味方を傷つけるような真似をするのか分からない。


「うーん、ルナリス殿が今お話してるみたいっスから、その後聞いた方が早いと思うっス。自分説明とか下手っスから」

「そうしよう」


離れて傷付いたエリシュの手を優しく握るルナリスを横目に、シグは己の身体の調子を確かめるべく手を開閉させた。だがやはり調子の悪さに顔をしかめるのだった。




「ご気分は、どうですか?」

「気分か‥‥‥最悪、だな」


鼻を鳴らし、自らの惨めさに対して小馬鹿にするエリシュ。そんな彼女のバラバラと乱れた髪をルナリスが優しく整えた。


「こんな私に、情けでもかけているつもりか?」

「そう、ですね。私はただ、目の前で傷ついている貴方を、放っておけないだけですから」

「くく‥‥‥とんだ偽善者だな。そして、そんな奴に情けをかけられている私は、本当にどうしようもない奴だ。どうしようもなく、醜い存在だ」

「どうしてですか? 貴方は、とてもお綺麗ですよ?」


宝石のような輝かしさと彫刻のような造形を持つルナリスに言われても皮肉にしか聞こえないが、そのキョトンとした無垢な表情が、本心からそう言っているのだろうと思わせる。そんな不思議な魅力がエリシュの口を開かせた。


「見た目の美しさなど関係ないのさ。私は生まれたその時から、醜い醜い存在だった。ただそれだけだ」

「それは、先程のお話の事でしょうか?」


彼女を罵倒し、暴力を振るったエルフの言葉が思い出される。


「そうさ。忌み嫌われる、人間の雄との間に生まれた、混ざり者のハーフエルフ。純粋なエルフでない私は、ここでは目障りこの上ない、生き汚い存在だ」


自らも嫌悪する、顔も知らない人間の雄を親に持つ者。周囲も快くなど思うはずも無い。母親のエルフが病気で亡くなり、まだ子供だったからこそお情けで森に住まわせてやっているに過ぎない。

そして、そんな存在が自分達よりも優れた才能など見せようものなら、許せるはずがなかった。


「そんな事は‥‥‥生まれてからずっと‥‥‥分かっていたさ。ただ、気付かないフリをしていた。頑張れば、いつか仲間に入れて貰えるはず‥‥‥この森の為に力を磨き、成果を上げれば‥‥‥私も認めて貰えると‥‥‥」


全て無駄だったがな、と皮肉がちに零すエリシュに、目を伏せながらルナリスも語った。


「貴方は、私とは違って努力したのですね。変わろうと。自分も、周りも変えようと。それは、とても勇気のある素晴らしい事です」


自分とは違う生き方をしてきたエリシュへと、尊敬を込めて。

それでも、彼女の壊れきった心には響かない。


「ふん‥‥‥何も素晴らしくなどないさ。結局、私は何をしてもダメだったのだ。生まれついた時から決まっていたのさ、こうなる事が。本当は憎かった。私を産んだ母親も、その原因となった人間の雄も。そして、周りのエルフどもも、この森も‥‥‥世界の全てが!」


吐き出される今まで抑えられていた憎悪が空へと吸い込まれる。流れた涙は身体の痛みからでは決してない。

全てを出し終えた事に満足したのか、エリシュの表情は渇ききった諦観のものとなる。


「‥‥‥今はもう、それすら、感じない。何もかもがどうでもいい。全て無駄だったんだ。もう、終わりだ。楽に、させてくれ」


これ以上生きる意味などないと、全てを諦めきった彼女の手を取り、包み込む。


「いいえ、それでも終わりではないと思いますよ。例え今までが辛い事ばかりで、報われる事も無かったとしても、それでも貴方はまだ生きてます。生きていれば、きっといつかステキな事が起こります」

「‥‥‥ふん、甘い事を。そんな保障など、どこにも、ない」

「かもしれません。それでも、今を諦めきってしまうよりもずっとステキです。そんな未来を、貴方が信じられないと言うのであれば、貴方の未来がそうなるよう、私にそれを手伝わせてはくれませんか?」


そう言って微笑む、今日会ったばかりで何一つ互いの事など知らない、種族も違う彼女の顔は眩しかった。


「‥‥‥お前は、どうしてそこまで私に構うのだ? 私を助けても何の得もないだろうに」

「いいえ。そんな事はありません。それに、私だって大した者ではないのですから」


首を振り、少し離れた後ろからこちらを伺っている彼の顔を見た。再びエリシュに視線を戻すと、ハッキリとした言葉で告げた。


「私もまた、自分の人生に悲観しきっていました。でも、そんな私を助けてくれた人がいます。そして思ったのです。私も、彼のように誰かを、自分の事だけじゃない、誰か他の人を、自分と同じように助けてあげられるような、そんなカッコいい人になりたいな、って」


城の中で、変化のない日々に変化しようともしなかった愚かな自分。ただ嘆き、悲観するだけだった自分。そんな自分が例え外に出たとしても、本質が変わらなければ、きっと意味はない。

変わりたい。せっかくこんな自分を助け出してくれた彼のように、この広く輝かしい世界に似合う自分になりたかった。


「だから、これはただ単に私のワガママです。私のワガママに付き合って、これからの人生を一緒に変えてみませんか? 貴方の幸せは、きっと今からでも、必ず訪れますから」

「‥‥‥は、はは。無茶苦茶だ、訳が分からん。そんな子供騙しの台詞では、誰も納得など、しない‥‥‥しない、んだ‥‥‥私は‥‥‥私は‥‥‥」


言葉が詰まる。何の根拠もない、ただの楽観的で荒唐無稽で絵空事のような話に、どうしてこうも心がざわつくのか。

きっとそれは、目の前の翠の瞳が、同じような悲しみを宿していたからかもしれない。そして自分とは違う、希望も抱いていたからかもしれない。


「私は‥‥‥生きても、いいのか?」

「はい」

「私は、忌子のハーフエルフだ。それでもいいのか?」

「はい」

「お前は、この耳を、醜いこの耳を見て笑わないか?」

「はい、笑いませんよ」


震える声に優しく、それでいてはっきりと、ルナリスは丁寧に答えた。


「私は‥‥‥私は‥‥‥幸せに、なれる、かな?」

「ええ、必ず。だから、それを一緒に探しましょう」


こちらの髪を撫でて微笑む姿が、なぜかボヤけた。そして代わりに懐かしき記憶が呼び起こされる。




あれはいつだったか。今までなぜか全く思い出さなかったある光景が浮かぶ。

暗い部屋。忌子を産んだエルフにお似合いの、汚く狭い部屋で、自分とは違い美しかった母親が、自分を抱いて語りかけていた。


『エリシュ。私の可愛いエリシュ。これからもずっとずっと、あなたと一緒に居たいけど、私にそれは出来そうにないから。こんなお母さんを、どうか許しておくれ』


膝の上で見上げる自分を優しく撫でる母親の表情は、とても辛そうで、だがそれでも自分へと愛を与えてくれようとしていた。


『これから、辛い事がいっぱいあるかもしれない。その時は、私の事を恨んでくれて構わない。だけど、その代わりに‥‥‥どうかどうか‥‥‥生き続けて欲しい』


今にも泣きそうな顔で、ぎゅっと自分を抱きしめて、声を殺して嗚咽したあの姿を、私はどうして忘れていたのだろうか。


『エリシュ。あなたを愛しているわ。私のワガママだけど、どうかあなたは幸せになってね』




この世に生まれて十年。子供である身でありながら、味方もなくここまで過ごしてきた。

泣き言など吐く事はなく、そんな暇があるなら努力した。誰よりも強くなれば、きっと皆が自分を見てくれる。自分の味方になってくれる。

それが致命的に間違っていると気付いても、もう止められなかった。そう進む事でしかここでは生きていけなかったから。


でも、もうそれを止めてもいいのか。それが許されるのだろうか。ここ以外でも、自分は生きてもいいのだろうか。


「もう、我慢しなくても、いいの、か?」

「ええ‥‥‥貴方はとてもとても、頑張りましたから。だから、もう我慢などしなくて良いのですよ」

「う、うぅーーー」


森に慟哭が響く。せき止められていた、何年分になるか分からない感情がようやく吐き出されていく。

それが収まるまで、ルナリスは静かに彼女に寄り添った。

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