#67
空へと光が登りゆくのとほぼ同時に、真下の森に隕石でも落下したかのような衝撃が起きた。
木々は勿論、大地すら砕き掘り返す程の威力。砂煙の晴れた後には奇妙な黒い物体が残った。
蕾が花開くように、黒い花弁がゆっくりと剥け、中身を露出すると共にサラサラと消えた。
中には倒れ伏したシグと、一緒にいたマナ達四人の姿があった。
光の柱に飲み込まれる直前に、魔力充填を終えた《闇・雷迅》の空中での超電磁抜刀。何も固定する物のない虚空で推進力を得る為に、鞘の形を傘状にし真上に掲げ、無理矢理反動をつける事で超速垂直落下を行ったのだった。
「な、何が何やらっス‥‥‥」
フラつきながらもしっかりとマナを離さず担ぐクナイ。同様にルナリスも立ち上がって周囲を見渡した。
「空から急に落下した、という事でしょうか。何が起こったか全く分かりませんが‥‥‥シグ?」
麻痺して立ち上がる事が出来ないエリシュと共に、いつまでも地面に伏せて動かないシグに二人は駆け寄った。
「シグ? シグ? 大丈夫ですか?」
ユサユサと揺らすも何の反応も示さない。その様子にまさかと口を抑えるルナリス。
「そんな‥‥‥」
「いや、シグ殿生きてるっスよ? ほいっと」
片手で自分よりも大きな体格のシグを軽々とひっくり返した。死んだように目は閉じられているが、口は呼吸の為に動いていた。
「無茶、し過ぎ、た。二回、も、技、使った」
「疲労のせいみたいっスね。すぐには起きれそうにないかもっス」
「‥‥‥良かった、生きてました」
ほっと胸を撫で下ろし、側で転がるエリシュにも無事かどうか声をかけようとした。
だがそれを拒むように何処からか現れた蔦が彼女に巻きつき攫う。
「ッ!」
狙いはエリシュだけではない。同様に蔓がルナリスやクナイにも襲いかかったが、その全てをクナイが足で打ち払った。
「ちっ、大人しく捕まればよいものを‥‥‥」
そう言って、木々が倒されて出来たスペースに現れたのはエルフの男性だった。彼だけでない。囲むように十数人のエルフ達が次々とその場に踏み込んできた。
打ち払った蔓だったが、じわりじわりとシグ達を囲み逃げ場を塞いだ。
「魔族に下等な人間か‥‥‥よくも聖域の奥地までズカズカと入り込んだものよ」
始めに声を上げた、木で作られた杖を持つエルフが忌々しそうに彼女達を睨みあげる。
その横に蔓によって捕らえられたエリシュが宙吊りにされた。
「うっ、助かった‥‥‥感謝、する‥‥‥」
逆さまになった状態で仲間へとお礼を言うが、それを受けたエルフはニンマリといやらしい笑みを浮かべた。
「助かった? 何を言っているんだ、この薄汚い、醜い混血の裏切り者が」
「なッーーー」
ほっと安堵していた表情が、その言葉によって一転絶望に染まる。
「ま、待て! 私は裏切ってなどいない!」
「んん〜? そうか? ここにいる我らが高潔なるエルフの同胞達はそうは思っていないぞ? なあ、みんな」
彼が周囲の仲間達へと問いかける。すると彼と同じようにみながエリシュを嘲るように笑い合った。
「そ、そんな‥‥‥私もエルフだ! お前達と同じーーー」
「同じ、だあ⁈ ふざけた事を抜かすんじゃあないぞ、この薄汚れた混血が! ほら、皆に見せてやるよ、その可笑しな耳をな!」
「や、やめッーーー」
エリシュが被っていたフードが無理矢理剥がされる。そこにあったのは幼い少女の何の変哲も無い顔立ち。派手な赤色の長い髪が抑えを失って垂れ下がった。可笑しな所などなさそうに見える。
だが、彼女がエルフであるならば必要な、長い耳は無かった。エルフの半分程か、人間よりも少しだけ長いだけの、彼女が最も見せたくないそれが公衆の面前に晒された。
「や、やだっ、やめてっ、お願いします、フードっ、お願い‥‥‥」
必死に懇願するエリシュのその様子に、心底愉快だとエルフの男は大笑いした。
「ふ、ふふふ、ふははははははッ! これでエルフだと? 中途半端な、人間の子供に相応しい糞みたいな耳じゃあないか! 良かったな! 下等な人間である父親に似て、ご立派な耳だ!」
「いやっ! いやぁぁぁぁぁぁあ!」
麻痺毒によって身体の動かない彼女に、その辱めを辞めさせる術などなかった。ただグチャグチャに顔を歪ませ、涙を逆さに落とす他ない。
「どうして‥‥‥どうして、こんな‥‥‥私が‥‥‥何をしたと言うのだ‥‥‥」
「貴様は馬鹿か? 私たちは全員がお前の事を嫌ってるのだよ、気付かないはずはないだろう?」
エリシュの髪を鷲掴み、地面の方向へと思いっきりに引っ張った。痛みに悲鳴が上がる。
苦痛に顔を歪めるエリシュに顔を寄せ、唾を吐きながら彼はその理由を教えた。
「純粋なエルフでもないのにかかわらず‥‥‥薄汚い血の混ざり者にもかかわらず! 誰よりもドルイドとしての素質を持つなど‥‥‥認められる訳がないだろうがッ! こんなふざけた話は、ないッ!」
「あうッ!」
頬を殴られる。口が切れ、血が額まで流れ落ちた。
「さぞ気持ちが良かっただろうなぁ、下等な種族との混じり者の分際で、私達を見下すのは‥‥‥ええッ?」
「うッ⁈」
次は腹に。堪らず口内に溜まった唾と血が混じったものが吐き出さた。
その酷い行いにルナリスが声を上げかけた。
「やッーーー」
「ダメっス」
だがそれをクナイが制した。
「ダメっス。自分も師匠担いだままなんで、守りきれるのは二人までっス。さすがに囲まれてるの厳しいっス。シグ殿が起きるまでは耐えて下さいっス」
「うぅ‥‥‥」
それでも目の前で行われる非道を止めたい気持ちはあったが、クナイの言う事はもっともで、自分の力の無さに唇を噛み締めるしかなかった。
周囲を囲むエルフ達も油断なく彼女達の動向に気を配っている。怪しい動きでもしようものなら即蔓が捕らえにくるだろう。
「わ、私は‥‥‥そんなつもりなど‥‥‥ただ、みんなと、同じように‥‥‥」
「同じように、だと? 私達と同じエルフでない貴様が、か? 目障りなのだよ。くくく、裏切り者として処分する大義名分も出来た。そこの賊共々皆殺しにしてやろう」
杖が地面を叩く。エリシュを縛る蔓がそれに呼応し締め付けを強くしていく。
「あッ! うぅッーーー」
「苦しいか? 是非とも苦しみに苦しみ抜いて、死ね!」
「あッ! あぐッ! ぁぁぁぁぁぁあッ!」
骨の軋む音。余程苦しめたいのだろう、ゆっくりゆっくりと、エリシュを溶かすように死へと誘っていく。
その様子を見てもクナイは何も変わらない。しっかりと周囲に注意を払い、必要とあらばマナとルナリスを抱え逃げるつもりだった。未だ気を失い倒れるシグを残しても。
シグについては信頼している。彼ならばそうしろと言うだろう事も。
そのように敵に集中していた為、虚を突かれた。
「やめなさいッ!」
クナイの前へ、殺されかけているエリシュへの元へと、ルナリスが飛び出した。
「ちょっ⁈」
反応が遅れた。ルナリスはいつこちらに襲いかかってくるかも分からない蔓に近づきながら、もう一度声を荒げた。
「やめなさいッ! どうして⁈ どうして仲間にそのような酷い事が出来るのですか⁈」
「はあ?」
エルフの男の手が止まる。不思議そうに自分に意見を飛ばす劣等種を見た。
「なんだ? 人間如きが私に口を利くんじゃあない!」
「そ、そんなの関係ありません! 早く、その人を離しなさい! 酷い事をしないでください!」
男の威圧的な声に身体を震わせながらもルナリスは繰り返した。翠の瞳は真っ直ぐに男を刺す。
「話にならん‥‥‥いや、そんなにコイツを離して欲しいのか、そうかそうか」
苛立たしげな表情を浮かべていた男だったが、一転笑顔を作ると優しくルナリスへと返事をした。
「分かった、分かったとも。趣向が変わってしまうが、いたぶるのは貴様にしてやろう。だからーーーコイツは一息に楽にしてやるよ!」
思い切り強く、男は杖で地面を叩いた。先程とは比べ物にならない力でエリシュの身体が一気に締め付けられる。
「ぎッーーー」
悲鳴も一瞬。物凄い圧力に、もはや次ぐ言葉などなく、一息後に身体はグチャグチャに圧殺されるだろう。助かる術など、なかった。
「ーーーやめなさいと、言ってるでしょうッ!」
ルナリスが叫ぶ。それだけだ。ただの言葉、何の力もあろうはずがない。蔓はその締め付けを止める事無く、エリシュは死ぬ。
そのはず、だった。
「‥‥‥な、何ッ⁈」
蔓が締め付けを止める。それどころか、エリシュを解放するかのようにシュルシュルと解けていく。そして優しく、彼女を地面に降ろした。
「お、おい! おい! クソッ!」
男が何度も杖で地面を叩く。いつもならそれだけで蔓を手足のように自在に操れるのだ。それなのに今回は一切こちらの言うことを聞かない。
「なぜだッ! クソッ、クソッ、クソッーーー」
「シッ!」
その好機を見逃す程愚かではない。事戦闘において、クナイは天才である。
同じく周囲を囲んでいた蔓は力なく地面に落ちていた。その合間を縫い、術者の懐に飛び込むとその腹部に掌底を叩き込んだ。
もちろん、うんと手加減をして。
「ブひッ⁈」
加減された一撃により身体をバラバラにされる事なく、男は森の奥深くへと吹き飛ばされた。
それを見送る事なく、唖然とし動きを止めている残りのエルフ達に襲いかかった。
「ひぃッ!」
飛ばされて消えた男と同じように、何度も何度も杖で地面を叩くが何も起きない。それでも彼にはそれを繰り返す他なかった。
「なんで⁈ なんでこんなァッーーー」
額に炸裂するデコピン。宙に浮く身体が地面に接触する前にクナイは近くにいた三人ほどを同じ目に合わせた。
「クソッ! 女だ! そこの銀髪の女を殺せ! 森の加護が消えたのはそいつのせいに違いない!」
誰かが叫ぶ。杖を持たぬエルフの戦士達は腰の剣を抜くと、中心にいる守る者のいなくなったルナリスとマナへと襲いかかろうとした。
「死ねッ! ーーーあうんッ⁈」
剣を振り下ろそうとした男が壁にぶち当たったかのように仰け反り倒れた。隣にいた男も同様に。
「な、なんだ⁈」
「石だッ! あのチビが石うぉんッ!」
叫び倒れるエルフ達。クナイが地面に落ちてある石を拾い、それを指で弾いて矢のように次々と命中させていたのだ。
「た、たかが石で! うわぁぁぁあ!」
勇敢にもクナイの方へと突撃を仕掛けた男の喉元に、正確に無慈悲に高速で飛ばされた石がめり込まれた。それを見る事も避ける事もできず、悶絶し倒れる。
たかが石でも込められた力の大きさによっては致命的な威力になる。その様子を見て理解した生き残りが叫んだ。
「ば、化け物だ! 逃げろぉ!」
その一言をキッカケに、残っていたエルフ達は一目散に森へと逃げ帰っていった。それを追う事はせず、クナイは急いでマナに飛びついた。
「師匠! 大丈夫っスか怪我はないっスか無事っスか⁈」
「見た、ら、分かる、は、ず」
そうまくし立てるクナイにマナは苦しそうに答えるのだった。
「あぁ! 良かったっス無事っス〜〜〜!」
すりすりと頬ずりするクナイを尻目に、ルナリスは地面に置かれたエリシュの元へと近寄った。
「大丈夫、ですか?」
「‥‥‥なる、ほど、な」
安否を尋ねてくるルナリスに、頬は腫れ口から血を流しながらも、エリシュはその翠の瞳を見つめながら呟いた。
「王家の‥‥‥ヴィス、トリアの‥‥‥血統、か‥‥‥」
そう言って彼女は目を閉じた。




