#65
クナイが飛び出して10分程経ったか、あれだけ絶え間なく放たれ続けていた矢がピタリと止んだ。
恐る恐る顔を出して対岸を見れば、ブンブンと元気良く手を振るクナイの姿が見えた。
その足元には最後の最後にやられたのか、オデコをぷっくりと腫らし気絶するガタイの良いエルフの男が倒れていた。
「‥‥‥味方ながらに恐ろしやクナイ、本当に全滅させるとは」
力加減の出来ないクナイに、試しにデコピンをさせたオデコをシグは思わず撫でて痛みを思い出す。
「死ぬ程痛かったけど、やっぱり死ぬ事はなかったな。うん、良くやったぞ」
影の壁を解除し、手を振り返す。障害の無くなった対岸へと移動を終えると、ここまで運んでくれたシルフィの魔法が消えた。
振り返り、向こう岸に残っているシルフィを見る。真剣な表情を浮かべるシルフィへと親指を立て、シグ達はエルフの聖域の奥へと進んだ。
「身体が、痛いッ! ずっと、痛いッ!」
涙目で我が身に起こる激痛に思わず弱音が溢れる。聖域とされるだけはあり、この場を包む聖なる気が絶え間なくシグの身体を蝕んでいた。
「も、う‥‥‥だ、め‥‥‥」
「し、師匠ぉぉおーーー⁈」
それは魔族であるマナも同じ。力尽き倒れた。クナイが急いでマナを背中に軽々とおぶった。
「く‥‥‥ここまで、キツイとはね‥‥‥王国の大聖堂の比じゃないぞ‥‥‥」
「だ、大丈夫ですか? ほら、肩貸しますから」
「ありがとう‥‥‥」
ひ弱なルナリスに支えられるという始末。それほどまでにコンディションが絶不調になっていた。
「あんまり長居は俺もマナも出来ないな。知らない森だし、なんとかディーネのいる場所まで最短で行きたいけど。あー、みんな気絶させちゃってるしすぐに聞けないかぁ」
クナイのデコピンを食らったであろうエルフ達の大量に倒れた姿を所々で見ながら呟いた。
「あっ、それなら一人まだ喋れそうなの居たっス!」
そんなクナイの提案に乗り案内された場所に行くと、俯けに倒れてブツブツと何かを呻き続ける小さな人物がいた。
「あ、あ〜‥‥‥だ、だいぶ、舌は、回りゅ‥‥‥けろ、誰も、助けに、こりぇない‥‥‥にょか‥‥‥誰か、早く、解毒を‥‥‥う〜ん‥‥‥」
ピクリとも動かず呟きだけが聞こえる。状況が分からないのでクナイに視線を向け説明を求める。
その意図が分かったのかそうでないのか、クナイはマナを担いだまま、件の人物に近づくとヒョイっと腕を掴みひっくり返した。
「う、わ⁈ な、ん‥‥‥ぎい⁈ ま、たお前‥‥‥ひッ⁈ ま、まじょく、まで!」
露わになる相貌。成る程、耳は確かに長い。それ以外は人間の子供と変わらない。ちょうどクナイと同じくらいの年頃に見える女の子だった。
急にひっくり返され驚き、その背に乗るマナを見て更に驚く。帽子を維持できなかったせいでモロ出しの角を見て魔族だと気づいたようだ。
「驚いてる所すまないが、少し聞きたい事があるんだ」
「にッ‥‥‥人間の、おしゅッ⁈」
話しかけるとマナ以上に驚愕されてしまった。あまりに不思議な反応に眉根を寄せると、エルフの少女は呂律の回らないはずの舌を壊れたように動かした。
「やめ、やめろッ‥‥‥ひじょい、ことしゅる気‥‥‥だりょッ! けだもにょめッ! げしゅ‥‥‥下等生物‥‥‥わらしは、屈指にゃい‥‥‥じょッ!」
「えぇ‥‥‥」
とんでもない暴言である。本気の怯えだ、睨みつけながらも涙目。幼子にそこまで言われるとすごく傷つく。彼女らにとって人間とは魔族よりも恐ろしいという認識なのであろうか。
「あ、あの! 私たちは貴方に酷いことなどしませんよ!」
「‥‥‥お、お。清らか、な気。しゅばら‥‥‥しい‥‥‥」
しかし顔を近づけ話しかけたルナリスに対してはこちらとは全く反応が違っていた。少し気持ちが落ち着いたエルフの少女への交渉の役目を無言でルナリスに任せてみた。
「す、少しお聞きしたい事が。ディーネさんって言う精霊さん? がこちらに連れていかれたそうなのですが、何処にいらっしゃるのか教えていただけませんか?」
「やはり‥‥‥ありぇのしぇいか‥‥‥ふん、教えりゃれ、ないにゃぁ‥‥‥」
「ど、どうしてもダメですか?」
「ダメだ‥‥‥しゃっしゃと、帰りぇ‥‥‥」
そっぽは向けないので目を閉じ拒否の意を示す動けないエルフの少女。困り顔でこちらを見るルナリスと交代するようにクナイが再び近寄った。
「任せるっス! 自分口を割らせるやり方も修行済みっス!」
「また‥‥‥お前‥‥‥ふん、にゃにをしても、わらしは口を割らにゃい‥‥‥ころしゅなら、ころしぇッ!」
命を奪われようとも、敵に何一つ情報は渡さない。そんな決死の覚悟をする相手へと、クナイがドヤ顔で懐から取り出したモノを見せつけた。
「ふっふっふ‥‥‥これを見てもまだ、強がれるっスかね‥‥‥」
「しょッ、しょれ、はッ⁈」
それは酷い拷問であった。口にするのもはばかれる、恐ろしい手法。これがシノビの技というヤツなのか。皆が戦慄していた。
「やッ、やめッ⁈ ゆりゅし、てッ⁈ あぁッ⁈」
「どうしたっスかぁ? もう耐えられないっスかぁ? 早く口を割って楽になったらどうっスかぁ? ほれほれほれ〜」
無邪気な笑みで一切手を抜かず、エルフの少女を攻め続ける。あまりにも酷い責め苦に、さしもの気丈な少女も悲鳴をあげる。
「こ、こんにゃもにょにッ‥‥‥わらし、はッ‥‥‥屈指にゃ‥‥‥にょほほほほほほほぉ!」
堪らず響き渡る笑い声。大爆笑である。
「あぁ〜〜〜! らめらめらめ〜〜〜! わきやめりょお〜〜〜!」
動けないエルフの少女の身体へと、クナイがいとも容易く行うエゲツない攻め。鳥の羽によるくすぐりである。
柔らかな羽毛を絶妙に肌に触れさせ動かす。見事なテクニックだ。
「ほう、脇が弱いみたいっスね。こちょこちょこちょ〜」
「にゃほほほほ〜〜〜!」
「私も、やら、せて」
「ほいっス師匠」
「りゃめ‥‥‥りゃめろ‥‥‥おっほ! おにょにょにょぉ〜〜〜!」
多分嬉々として、表情は変わらないが、クナイから羽を受け取り攻めるマナ。エルフの少女は見るも無残に叫び声を上げるのみ。
無表情で相手の反応を楽しむかのように様々な場所にくすぐりを行なっている。身体の痛みを忘れるくらい夢中になっていそうだ。
「エルフの方って、あんな風に鳴くのですか? 本には書いてませんでしたけど」
「いや、違うと思う‥‥‥てか、それひょっとして本気で言ってる?」
シグの問いかけに首を軽く傾げるルナリス。これ以上は聞くまいと視線を凄惨な拷問現場へと再び向けた。
三人とも子供の為、何というか微笑ましいイジメの現場のようだ。マナとクナイは交代交代に羽でくすぐりを続ける。その度に身体は動かないが叫ぶエルフの少女。どのくらい経ったか、遂に根を上げた。
「い、言い‥‥‥まひゅ‥‥‥らから‥‥‥もう、やめへ‥‥‥」
「勝ったっス!」
「い、えい」
ちびっ子二人がブイサインを決める。息を荒げ笑い涙を滝のように流すエルフの少女へと再び質問する為に、ルナリスへと耳打ちした。
「俺だと怖がられるから代わりに質問するのお願いしていい?」
「あ、はい。大丈夫です」
質問して欲しい事を伝える。それを受けルナリスが心身ともに疲弊しきったエルフの少女の傍に膝を下ろした。
「で、では‥‥‥ディーネさんは今、どこにいらっしゃるのでしょうか?」
「‥‥‥神、樹の‥‥‥もろに‥‥‥いりゅ‥‥‥」
呂律が怪しいが、おそらく神樹の元にいる、という事なのだろう。続けて次の質問に移る。
「では、なぜディーネさんを攫ったのですか?」
「一つゅき前‥‥‥神樹、に‥‥‥魔じょく、にょろい‥‥‥かけ、た‥‥‥解呪、に‥‥‥ちゅよい、聖気持ちゅ‥‥‥しぇいりぇい‥‥‥いりゅ‥‥‥」
あまりの呂律に解読するのに少し時間がかかる。情報を整理する為にシグが復唱した。
「えっと‥‥‥神樹に魔族が呪いをかけたから、それを解呪する為に聖気を持つディーネの力がいる‥‥‥つまりディーネの力を借りたいって事なのか? だったら攫わなくても‥‥‥」
ふっ、とこちらを馬鹿にするように鼻で笑うエルフの少女。すごい腹立たしい顔芸である。
「そりぇ、無理‥‥‥我りゃが、しぇいりぇい王でも‥‥‥できにゃかっ、た。ありぇは、解呪にょための‥‥‥生贄にしゅるのら‥‥‥」
「‥‥‥そうか、助けを求めたんじゃあないのか」
神樹にかけられた呪いを解く為の生贄としてディーネは攫われた、と。
「ディーネの力の繋がりは感じられる。その解呪とやらの生贄にはまだされていないようだが‥‥‥急いだ方がいいな」
ルナリスと代わり、シグがエルフの少女に問いかける。怯えられようがどうでもよかった。
「神樹とやらはどこにある?」
「ひぃ‥‥‥にゃにをふじゃけた事を‥‥‥しょもしょも‥‥‥呪いをかけたの魔じょく‥‥‥しょの女とおにゃじ‥‥‥敵に教えりゅ訳にゃい‥‥‥」
少女の拒否にクナイがすっと羽を見せつけるが、シグがそれを制した。これ以上の情報を引き出す為には、それではダメだと分かっているからだ。
「酷い事をする気だろ、だったか。君はそう言ったな」
「ッ‥‥‥」
殺意にも似た容赦の無い赤い眼光が、少女を竦ませる。
「そんな生温い事をしている暇はない。俺は俺の大切な人の為に、急がなくてはいけないんだ。だからーーー教えろ」
「う、あ‥‥‥」
シグから伸びる影が少女の身体へと絡みつく。今のところ力は一切入っていないが、ゾワゾワとした感覚が少女を襲う。
「殺しはしない。だが、覚悟しろ」
この男は躊躇などしない。そう確信させるだけの覚悟を少女はこちらを射抜く瞳から感じた。
そして、先程の遊びとは比べ物にならない程の行いを今からするだろう事も。
まるで全身に無数の刃の切っ先が向けられているかのよう。そしてそれらは既に皮膚に押し付けられている。そんな襲いくる冷たい感覚に、少女の歯はいつのまにか勝手に震え、カタカタと音を立てていた。
「どうか俺に、そんな非道をさせないでくれないか?」
影が遂に圧力をもって少女の身体を締め付け始めた。同時に手足の爪に違和感を覚える。目の前の男が何を始めようとしたのかが分かった。
「まずは、一枚目だ」
「いッ! 言いましゅ‥‥‥言いますゅ! らから、やめへ‥‥‥くらさいッ!」
爪を剥がされる寸での所で、とうとうエルフの少女は折れた。それは互いにとって最良の結果であった。




