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Dark Brides −斯くて魔王は再誕せり−  作者: 入観ねいと
第6章 エルフの聖域
64/100

#64


森の外縁部を守護するエルフ達は、こちらへと向かって来る侵入者へと木々の合間から容赦なく矢を放っていた。

謎の黒い壁でこちらの矢を防ごうとしているが、その壁も矢を受け続けボロボロと崩れかかっている。

このまま撃ち続ければやがて矢は彼らを穿ち、谷底へと突き落とすだろう。

そう全員が考えていた時、宙に浮かぶ侵入者達の中から、小さな物体が高速でこちら側に飛来したのを見た。


「ッ! 敵だァ! 撃ち落とせェ!」


この場の指揮を執るエルフの男、ハイネルが叫んだ。すぐにその指示に従い、矢の目標は小さな物体、よく見れば人間のまだ年端もいかない褐色白髪の娘だ、へと向けられる。

誰も手を止めたりはしない。この場にいる全てのエルフが彼女を狙い、撃った。矢は寸分違わず彼女を貫き、無惨にも谷底に突き落とす。


はずであった。


「はぁ⁈」


その声を上げたのは誰だったか。声を上げずとも皆気持ちは同じである。

真っ直ぐに飛ぶ人間の娘は進路を変える事なく、飛翔しながら身体を高速で回転させ、見事な体捌きを持ってして、手で、腕で、肘で、足で、向かい来る矢の全てを叩き落とした。


唖然とする彼らの隙を突き、人間の娘は、侵入者はまんまとこちらの大地に到着した。着地と同時に膝を曲げ、勢いを殺す事なく転がるように森の中へ、木々の間へと跳び、素早く消えた。


「侵入された! 森の中だ! カイサルとレイオンの隊は剣を取れ! 侵入者を切り殺せ! 残りは引き続き弓で迎撃を続けろ!」


ハイネルが力の限り叫ぶ。指示を受けた二つのエルフの隊は弓を担ぐと腰の剣を抜き、森に消えた侵入者を追う。


「クソ! すばしっこい! まるで猿だ!」


彼らは木々の間を跳び回る姿の端を捉えるので精一杯だった。斬りかかるどころか近づく事すら難しい。


「剣では無理だ! 魔導士を呼べ!」


隊のリーダーであるカイサルは接近戦は無理だと判断し、部下にそう告げた。


「はっ! 今すぐーーー」


ヌッ、と上から何かが現れる。伝令を受けた部下の目の前に、侵入者の姿が唐突に現れた。


「くッーーー」


剣を握り振り抜こうとする、が遅すぎる。それより先に侵入者の娘は右手を既に彼の眼前に突き出していた。

手には何も武器を持っていない。魔法を使う気配もない。ならば一体何をするつもりか。


向けられている娘の手。ピンと伸ばされた他の指とは違い、中指は曲げられそれを親指で抑えている。


それは、いわゆるデコピンの構えである。


「ガッ⁈」


炸裂音。放たれた中指が彼のオデコを直撃する。普通ならば可愛らしいはずのそれは、力一杯にぶん殴らたかのように彼を吹き飛ばし、意識を一撃で刈り取った。

魔力の気配など全く無い。しかしてふざけた威力。ならばそれはただ単に本人の純粋な力だけ、指一本だけで行われたというのか。


「なッ⁈」


カイサルが驚きの声を上げているその一瞬に、侵入者はもう彼の眼前に立っていた。


途轍もない威力の、ただのデコピンを構えて。




「カ、カイサルの隊が全滅だとッ⁈ そんな馬鹿な! 敵は人間の、それも小娘一人だろう⁈」


部下の報告を受けたカイサルが声を荒げた。そんな彼に、新たに駆けつけた別の部下からの報告が伝えられる。


「はぁッ⁈ レイオンの隊もだと⁈ たったの三分で二つの隊が、全滅⁈」


一体何が起きているのか。たかが人間の小娘一人に。苛立ちながらも冷静に戦況を分析する。

弓の部隊をそちらに回す事は出来ない。たが放置も出来ない。このまま被害が拡大すれば他の侵入者にもまんまと侵入を許す事になる。

考えついた方法は既に倒れたカイサルと同じものだった。


「魔導士の二人を向かわせろ! 全力で敵を排除するのだ!」




向かって来たエルフ達は全て気絶させた。残りは弓でもって残した皆を攻撃している部隊。それさえ無効化すれば楽に侵入出来る。

外縁部へと戻ろうとするクナイだったが、跳び回り踏み付ける木の枝が奇妙な気配を発したのを感じ取り、すぐさま地面に降りる。

上を見上げれば先程まで自分がいた場所に蔓が蛇のようにグネグネと蠢いていた。


「うわっ、なんっスかアレ‥‥‥」


気味の悪い動きをする蔓。それを真似するように周囲の木々からも蔓が伸びその身をくねらせ始めた。


「いいっ⁈」


それだけではない。蔓が伸びた。植物のはずのそれらは捕食者のように伸ばした蔓をクナイへと向ける。


「気持ち悪いっス! うわわっ!」


叫び回避するが、いかんせん数が多過ぎる。あっという間に物量で蠢く蔓に囲まれてしまう。逃げ場のなくなったクナイへと絡まり巻きつき縛り上げる。


「ぐ、ぐえぇ‥‥‥」


雁字搦めにされ宙に吊り下げられたクナイの元へと二人のエルフが姿を現した。


「捕まえたぞ! この低俗な猿め!」


木で出来た杖を手に、猿だと叫ぶ白髪の初老の男。その側にクナイと同じくらいに小さいフードを被った人影が側に控える。


「このままジワジワと締め殺してやろう!」


杖で地面を叩く。それに合わせ蔓の締め付けも強まる。その後に訪れる凄惨な様子を見たくないのか、側にいたフードの人物は目を逸らした。

魔導士である彼の力により蔓は手足の様に操られ、対象を捕縛、圧殺する。徐々に徐々に強まる力により、骨は砕け肺は圧迫され、最後には血を吹き出し、絶命する。


そう、圧殺する。圧殺、する、はず。圧殺‥‥‥されない?


途轍もない力で締め上げられているはずの人間の小娘の表情に何の変化もない。そんなはずはない、身体のあちこちが悲鳴を上げ、骨という骨が砕けているはずなのに。


「ん? んん? えいッ! えいッ! ええーいッ!」


何度も杖を地面に叩きつける。力一杯に魔力を込め蔓を操り締めに締め上げる。

だが、やはり目の前に宙ぶらりんになっている小娘に変化は全く見られなかった。


「もういいっスか?」

「ほえ?」


弾けた。肉体ではなく、締め上げていた蔓が、だ。魔力で強化された枝が、何の抵抗もなく、簡単に。

力任せに破られた蔓がボタボタと地に落ちる。そして捉えられていたクナイも着地。

間抜け声を上げた初老のエルフに、同胞を何人も沈めた凶器が向けられ、放たれた。

バッチーン! という破裂音と共に後方へとぶっ飛ばされた。その手にあった杖だけがコロンと地面を転がる。


「え、えぇッ⁈」


隣にいたはずの仲間の姿が消え驚くフードの者。そちらにも凶悪なデコピンが向けられた。


「‥‥‥あれ? 子供っスか?」


近くに寄って初めて見えたフードの中身。それは自分と同じくらいに幼い少女の姿だった。


「ーーー今だッ!」


その一瞬の隙を彼女は見逃さなかった。腕を前へと交差させる。その動作だけで、術者が居なくなり力なく倒れてた蔓達が再び動き、目の前の襲撃者に絡み付く。


「ま、またっスか⁈ ええい、こんなもの〜!」


すぐさま巻きついた蔓を引きちぎろうとしたクナイへと、エルフの少女は懐から取り出した細い筒状の物を口に咥え、思いっきり息を吹き込んだ。

筒から飛び出す細い針。既に蔓を引き千切っていたクナイの、だが一瞬の拘束の合間に針は首元へと刺さる。


「ち、チクっとしたっス⁈ ‥‥‥んあ?」


ぐらり、とクナイはその場に倒れ込んだ。ハアハアと息を荒げるエルフの少女は、その様子を見てニンマリと笑った。


「馬鹿め、ゲニッヒの痺れ針だ。これで半日はまともに身体を起こす事も出来んぞ、ざまーみろ人間!」


はっはっは、と高笑いを上げる。ひとしきり笑って満足したのか、ぶっ飛ばされ姿を消した仲間を探そうと背後へと振り向いた。


「へぇ〜、試してみるっス。チクっと」

「あひッ⁈ あーーーアババババババ!」


自らに刺された針を抜き、それをそのまま少女の後ろ首にクナイが刺した。効果はてきめん。刺されて即少女は痺れにより身体の自由が奪われ、奇声を発しながら俯せに倒れた。


「おぉ〜、すごいっスね。あ、自分毒とか効かないっス。一通り修行してるっスからね、えっへん」

「‥‥‥お、おにょ‥‥‥れ‥‥‥にん‥‥‥へん‥‥‥め‥‥‥」


痺れにより呂律も回らない中、呪詛のような捨て台詞を唱えるも、クナイには聞き取れなかった。


「さて、残りも片付けるっスか」


無力化した敵を放置し、自らの守るべき主君の為にクナイは外縁部へと走った。

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