#63
シルフィの風魔法により、シグ達はカドレ森の南方へと運ばれた。ここに来るまでに使った超電磁抜刀飛翔とは違い、風に包まれフワリと浮かぶ空の旅は快適と言わざるを得ない。
「これもっとスピード出ないっスか? こう、シグ殿のみたいにドギューンっと!」
「やめなさい。しかし、どうにかこの魔法使えるようになれないかな‥‥‥」
一人だけ物足りないのかそんな事を言い出すクナイを嗜める。個人的には複数人での移動手段としてこれ程便利なモノはないと思うが。
「寝言は〜、寝て言うのですよ〜? 精霊魔法を使おうなんて〜、身の程知らずって感じ〜? そもそも〜、魔法の素質自体感じられないし〜?」
横に並んで飛ぶシルフィから言葉の刃で切り捨てられる。口調も元に戻ったが、毒舌も相変わらずだ。
「ま、まあ知ってたし。別に魔法使えなくてもいいし」
「その点〜、新顔さんの方が〜、多分素質ありそうですよ〜?」
「ひぁっ⁈」
突然顔を近づけてきたシルフィに驚くルナリス。そして身体をまさぐるようにベタベタと触りまくる。
「ちょっ⁈ ななな、何をっ⁈」
「う〜ん、やっぱり聖なる気が満ちてますね〜。どなたですか〜?」
「あ、あのその、まず手をっ! あっ、どどこ触ってるんですか⁈」
見ちゃいけないけど、見てしまう。美少女と呼ぶ事に何の問題も無い二人の交わりに神々しさすら感じる。
横目でこっそり見ていると、マナが身体を間に入れて隠されてしまった。ジロっと見られたので急いで視線を外した。
「そこ、ま、で。うちの、子、いじめ、ない」
「ああ〜ん」
マナによって引き剥がされるシルフィ。意外とルナリスの事を気に入っているのか。というかうちの子って、どう見てもマナの方が年下なんだけどなぁ、などと考えつつ初っ端に首を吹っ飛ばされた為に出来なかった紹介を行う。
「そういえば二人とは初めてだったね。こちらはルナリス・レストニア。名前から分かるけど、王国の王女様でーーー」
「あ〜ん、やっぱり⁈ どうりで清純な気が〜、感じられるはず〜!」
マナに抑えられながらもパタパタと両手を上下させルナリスを求める。まるで好物を目の前にした獣のようだ。
いきなりの変容に驚きつつももう一人を紹介しようとする。
「あー、んで、こっちがーーー」
「あっ、バカそうなのに〜、興味はないんで〜、いいです」
「酷いッ⁈」
キッパリとクナイの紹介を不必要だと切り捨てられた。いい子なんだぞ! ちょっとアレなだけで!
「? どうしたっスかシグ殿、いきなり頭撫で始めて。くすぐったいっス」
「いや、なんとなくさ。気にしないでくれ。干したウールラビットの肉だ、食べるか?」
「わーい!」
こちらが取り出した保存食を嬉しそうに頬張るクナイ。なんだか手のかかる娘や妹を持った気分だ。このまま純粋に育って欲しい。ちょっとアレだけど。
「それで、ルナリスには俺と違って魔法の素質があるのか?」
「それは〜もちろん〜、王族の姫なら〜、聖唱者の素質も〜、あるはず〜?」
「‥‥‥‥‥‥」
シルフィの言葉にルナリスの表情が曇った。それに気付かずシグが質問をする。
「聖、唱者? 魔導士とそれは違うのか?」
ふふん、と何故かシルフィが偉そうに胸を張った。揺れる二つの物体に目がいかないようなんとか抑えた。
「歌うだけで〜、世界に祝福をもたらす〜、神の恩寵を受けし者、ですよ〜?」
すごい、具体的な事が何一つない説明。とりあえず凄そうという感想しか湧かない。
「曖昧過ぎて分からないな‥‥‥。つまり、ルナリスが歌うと何かが起きるって事?」
問いかけに対し、首を振ってルナリスが答える。その時になってようやく悲しみに俯かれた表情を見た。
「‥‥‥いえ、私が歌っても何も起きませんよ。それが出来るのはお姉様だけです」
「そうなんだ。じゃあ代わりに魔導士として、魔法を使ったりする事は出来るんじゃあないか?」
「あ、その、それは良く分かりません。魔法について誰かに教えてもらった事が無いので。使った事も無いのです」
それもそうか。守る対象である王女に戦う術をわざわざ教える必要は無いだろう。
「まあ、王女に魔法を使わせる必要が無いからね。もしかしたら、すごい魔法が使えたりしてな」
「ふふ、そうだったらいいですね」
シグの言葉に、ルナリスは困ったようではあるが微笑んだ。落ち着いたシルフィを離すと、今度はマナが質問した。
「私、は?」
「ん〜、あなたは〜、私とは属性が真反対過ぎて〜、分かんな〜い。でも〜、魔力量は《不死者》だけあって〜、ヤバイかな〜って」
「そう」
納得したのかそれ以上は聞く事は無かった。《不死者》というワードに反応するルナリスに、また今度と説明は後回しにされた。
「ちなみに〜、残り二人は壊滅的〜って感じ〜?」
「それわざわざ言う必要無かったよね?」
これ以上俺たちを虐めないで欲しい。虐めを感じているのは俺一人だが。
「まあ〜、代わりの力があるんだし〜、いいんじゃないですか〜? ほら、着きますよ〜」
眼下に広がっていた森が終わる。その境界線。霧に包まれその奥底が見えない峡谷。その先には新たな森林が広がっていた。
「ここから先が〜、奴等ド腐れエルフ共が住まう〜、神樹の聖域で〜す」
肌が痛い。太陽に焼かれるようなチリチリとした感覚に襲われる。これと似た感覚を、王国で、あの大聖堂でも味わっている。
「ピリ、ピリ、する」
マナもどうやら同じらしい。表情からは伝わり辛いが、身体中痛いはずだ。これが聖なる気というやつか、俺たちの身体にはそれが毒のように蝕んでくる。
「すごい‥‥‥とても清らかな空気? みたいなのを感じます。神々しい、というか何といいますか」
「そうっスか? 自分良く分かんないっスけど」
ルナリスにはそのように感じられるようだ。これが普通の反応だろう。クナイは、よく分からん。
「では〜、私はここまでで〜す。本当に本当に本当に〜、お姉様をお願いしますよ〜?」
「ああ。じゃあ向こうまで飛ばしてくれ」
「は〜い」
シルフィはカドレの森から出る事が出来ない。自らは残ったまま、峡谷の向こう側へとシグ達を風魔法で運ぶ。
「あ、もう見つかってますから〜、頑張って下さいね〜」
「それはどういうーーーッ⁈」
まだ向こう側に辿り着く前にシルフィからそんな激励が飛ぶ。同時に矢が向こう側から無数に降り注いだ。
「みんな後ろに!」
空中で襲いかかる矢に対し、シグが影を展開する。いつもより反応が鈍いが、矢が当たるより先に前面に展開された影がそれらを防いだ。
「なッ⁈」
矢を受ける影に小さく亀裂が走る。周囲に満ちる聖なる気の影響か、はたまた矢に備わる力のせいか。亀裂は徐々に徐々に数が増えていく。
「ここで撃ち落とされたらさすがにマズイぞ‥‥‥」
真下は霧によってどれ程の深さがあるか分からない。落下すれば当たり前だがタダでは済まない。
矢の打ち手の姿はここからでは全く見えない。何人いるのかも不明。森の合間から飛翔し続ける矢に影は削られていく。
焦るシグの背後で服がちょいちょいと引っ張られた。
「シグ殿、シグ殿。あんまし体調良くないみたいっスし、師匠も辛そうっス。自分が先に向こう側に行って何とかするっス!」
「えっ、まだ向こう側まで距離が‥‥‥」
シグ達は風に運ばれ続けているとは言え、まだ峡谷の半ばほど。向こう側まで行くのは不可能だと思ったが、すぐに考え直す。
「ああいや、クナイなら行けるか‥‥‥分かった頼む! ただし! 前に言った通り、まずは指一本だ!」
「了解っス!」
元気良く返事をすると、クナイが跳んだ。矢の降り注ぐ中、シグの展開している影を踏み台に大きく跳躍。弾丸のように向こう側へと放たれた。




