#60 祭りの後は
レストニア王国の国外。ルナリスを連れなんとか脱出が出来たシグは、自らが《闇・雷迅》の超電磁抜刀の射出により破壊した跡地に舞い戻った。
「あ、あの‥‥‥もう歩けますので、下ろしていただけますか?」
「あ、ああ。すまない」
そっと地面にルナリスを立たせた。着地の際の衝撃は全て受け止めていたが、どうやらルナリスに影響は無かったようで安心する。
「ここが、国の外なのですね‥‥‥初めて、自分の足で外に立てました」
少し興奮気味にそう言うルナリスに、シグは微笑み手を差し伸べた。
「ああ、そしてまだ始まりだよ。これからもっと広い世界に行ける。おいで、ルナリス」
「‥‥‥はい!」
その差し出された手を取り、ルナリスも花のような笑顔を見せた。そんな二人に剣呑な視線が突き刺さる。
「じ、いぃ」
「おぉ〜、綺麗な人っス! お姫様みたいっス!」
木の陰からこちらを堂々と伺う二人。隠れる気などさらさらない。相変わらず読めない表情でこちらをじとっ、と見るマナと、いつも通り騒がしく興奮しているクナイであった。
「えっと、何してるんだ?」
こちらの質問には答えず、ツカツカと近くまで来る。二人と初対面のルナリスは、突如現れた見知らぬ人物に、また自分より小さな二人に、警戒すればいいのかどうか分からず微妙な顔でシグを見た。
「えっと、彼女達は?」
「紹介するよ。彼女達は俺の仲むぁっ⁈」
その先を言わせないかのように、マナがシグの上襟を掴み自らに引き寄せ、唇を奪った。
「んんッ〜〜〜⁈」
「‥‥‥‥‥‥んっ、おか、えり」
たっぷりと拘束し、離した後でそうシグに告げた。
「あ、ああ‥‥‥ただいま。ちゃんと帰ってきたよ」
「う、ん」
どことなく満足げな様子で頷いた。
そして、チラリとシグの隣へと視線を向ける。今のやり取りを見て石のように固まるルナリスを真っ直ぐに見た。
「さっすが師匠っス! これぞ先手必殺ってやつっスね!」
「なんか微妙に違うし、そもそもどういう事なんだよ‥‥‥」
なんだその殺伐とした言葉は。出会わせて速攻で暗雲が立ち込めた気がする。
「えっ、えっと、あのその、えっ?」
王女としての凛としていた振る舞いが嘘かのように両手を忙しなく動かしながらあわあわするルナリス。
仕方がないと、シグがマナとクナイを紹介して落ち着かせることにした。
「あー、こちらがマナ。あっちがクナイ。二人は俺と一緒に旅をしているんだ」
「は、はい! そうなんですね! ‥‥‥えっと、私どうすれば⁈」
自己紹介も出来ないくらいに混乱するルナリスに代わり、結局シグが全てを紹介した。
「あー、こちらルナリス。今日から俺達と一緒に行動するから、よろしく頼むよ」
「よろ、しく」
「よろしくお願いするっス!」
「あっ、はっ、はい! こ、こちらこ、そ?」
未だ状況の整理が終わらないルナリスの前に、マナが近寄った。そして赤い瞳で見上げ覗く。
「じっ」
「あ、あのあの‥‥‥何、か?」
何を思ったか、おもむろに帽子を外し、魔族である証の角をルナリスに見せつけた。
「ひぅっ⁈ つつつ角⁈ ま、魔族、ですか⁈」
「お、おいおいマナ?」
それは流石にいきなり過ぎないだろうか。
角を見たことで明らかに動揺し、後ろへ一歩下がるルナリスへ、マナは両手をバンザイさせた。
「が、おー」
「ひぅっ⁈ た、たたた食べないで下さい! ひゃぁっ⁈」
マナのやる気の無い威嚇に驚き腰を抜かし震えるルナリス。見ている方からすれば間抜けな光景である。
「何をやってるんだよ‥‥‥」
「この、子、おも、しろ、い」
どうやら単純にからかっていただけのようだ。その表情からは本当に面白く感じているか全く分からないが。
「ん」
身体を丸めビクビクとするルナリスに、マナが手を差し出した。
「ルナ、リス‥‥‥シグ、好き? なら、仲、間。私、は、マナ。よろ、しく」
表情は変わらないが、優しいその声にルナリスも緊張が解けたようだった。
「‥‥‥えっと、はいっ! よろしくお願いしまッーーー⁈」
マナの手を掴んで立ち上がろうとしたルナリスだったが、その途中で手を離され、すってんころりんと地面を転がった。
「ふ、ふぇぇ‥‥‥」
「う、ん。やっ、ぱり、おも、しろ、い」
「新参者に早速立場を叩きつけるとは! 流石は師匠っス!」
「いやいや、何の立場なんだよ‥‥‥」
初めての国外に、初めての魔族の少女との邂逅。しかも虐められるという。初めてだらけで頭が一杯のルナリスはキャパシティを超えたようで半泣きである。
「ふ、ふ。大丈、夫。ちゃん、と、かわい、がる、よ?」
「何故疑問形‥‥‥まあ仲良くしてくれよ、本当に‥‥‥」
こうしてルナリスとマナとクナイの初顔合わせは終わった。若干不安は、本当に若干残るが、マナもルナリスと仲良くしようと歩み寄ってくれているのだろう。
ーーー多分。
「じゃあ、とりあえず移動を始めよう。追っ手が来ないはずもないし。ルナリスには少しキツイだろうけど、いいかな?」
「は、はい! 大丈夫です! そ、それで、どちらへ?」
マナとクナイの視線がこちらに向けられたのが見なくても分かる。言葉にしなくても、次にシグ達が向かう場所は決まっていた。
「今ここには居ない、大切なもう一人の仲間の所さ。早く行かないと怒られるからね。いや、本当に」
こうして、王国で王女誘拐という前代未聞の事件を起こした彼らは始まりの地へ。
カドレの森へと凱旋する。
右目の傷を包帯で軽く巻いただけで応急処置を終え、ユリウスは急ぎ城内を歩いていた。
傷の本格的な治療を勧めたいが、怒りを露わにした表情に何も言えず傍を歩く配下の者達へと伝令を告げる。
「早く要人を全て会議室に集めさせろ。戦争の準備だ。用意出来次第、カドレの森へ攻め入るぞ」
「は、はいッ! 早急に集合させます!」
「クソッ‥‥‥聖剣まで‥‥‥あの裏切り者の仕業だな‥‥‥」
右目を抑えながら憎々しげに呟くユリウスに、遠くから配下の者が急ぎ駆け寄った。
「ユリウス様! 至急お伝えしたい事が!」
「何だ、この忙しい時に」
「申し訳ありません! しかし、事態は急を要するモノで」
「‥‥‥言え」
配下から伝えられた内容に、ユリウスの表情が険しくなった。
「宝物庫が、破られただと?」
伝えられた内容、その現場に赴く。そこは凄惨な様子であった。
王城の宝物庫を守護していたであろう警備兵達は、皆大型の魔獣に切り裂かれたかのような酷い死体と成り果てていた。まだ新鮮さの残る血肉は廊下にべっとりとこびり付いていた。
それを一瞥すると、破られた扉の中へと踏み入る。室内はいつもと変わらず金品財宝で溢れ返っていた。
だがユリウスはそんな物に目もくれず、ツカツカと奥まで進み、あるモノが無くなっている事を確認した。
厳重に封印を施されていた筈の箱は破壊され、その中に収まっていたであろうモノは無く、それを見て更にユリウスの表情は悪鬼の如く険しく歪んだ。
「‥‥‥よりによってコレを盗むか! 何者だ⁈」
目的のモノ全てを観戦し終えたリイフォは、祭りで賑やかしい人々を尻目に、国外へと向かう馬車の中で寝っ転がっていた。服装はドレスではなく、いつもの動きやすくダラシない格好である。
その手には何やら古めかしい、分厚い本を広げ持っていた。
「ソレ、そんなに重要、です?」
同じく馬車の中に、シグ達も見た事の無い少女がチョコンと端に座り、行儀の悪いリイフォに問いかけた。
「そりゃあ重要だよ重要。わざわざミイシェちゃんに頼んだモノなんだからねー。重要じゃなきゃミイシェちゃんに悪いよー」
「別に、ミイシェ、気にしない。でも、気になるのは、どうして、結界が破れるの、知ってた?」
「うーん、知ってた訳じゃないよ? 今日、式が始まるタイミングで結界が破られるのに、賭けたの」
どうだ! と言わんばかりの表情のリイフォ。相手の反応は冷たかった。
「リイフォ、相変わらず、意味不明」
「もー、そんな顔しないでよー」
重要と言っておいて、あっさり本を放り投げると、シュバババとミイシェと呼ぶ少女に抱きついた。
「んー、ミイシェちゃんありがとねー」
「リイフォ、離れて、ウザい」
「あーん、そんなツンケンしたとこもかわゆいなぁー」
「ハァ、リイフォの病気、治らない」
ほっぺをスリスリされながら諦め混じりにミイシェから愚痴が溢れた。
「ねーねー、尻尾撫でていーい?」
「ダメ、絶対、ダメ」
「えー、じゃあ耳!」
「ダメ、と言うか全部、ダメ」
ケチー、とブーたれるリイフォを無理矢理引き剥がし、獣人族の少女は馬車の出口に立った。
「ミイシェちゃん、もう行くのー?」
「うん、次の仕事、ある」
「そっかー。じゃあまた何かあったらお願いねー」
「了承、それじゃあ」
帽子をかぶり耳を隠すと、走る馬車から飛び降りた。その姿は雑踏の中にあっという間に消えていった。
「んー、今回はとっても楽しかったなー! 次のお楽しみも手に入れたし、まだまだ退屈はしなさそう、だねー!」
再びゴロンと寝転がると、ニコニコと本を拾いめくり始めた。中に書かれた文字は、現代では既に失われた古代のモノであった。
未だ賑やかな城下町。夜通し騒ぎ、酒を飲み明かす彼らは、まだ王女が攫われた事など露知らず楽しんでいた。
「いやー、それにしてもすげぇ光だったな!」
「ああ! 流石王女の結婚式! あんな花火みてーな魔法で演出するなんてな!」
聖剣の光を王国の演出であると呑気に信じる彼ら。露天で買った肴を路上に設置したテーブルに置き、食べて飲む。お祭りとしては真っ当な楽しみ方だ。
しかし、そんな彼らに不幸が降り注ぐ。
ーーーボドッ、とテーブルを激しく揺らし、何かが落ちてきた。ちょうど屋台で買った焼き鳥の皿の上に。
元々乗ってあった串類は散らばり、代わりに食卓に乗せられたのはーーー
「ヒィッ⁈ う、腕⁈」
「お、おえェェッーーー」
肘から先だけの、人の右腕。断面からはまだ新鮮な血が皿に漏れ流れた。それを目撃した一人は思わず戻してしまう。
「お、オエ‥‥‥な、なんだよ、コレ‥‥‥どっから来たんだよマジ‥‥‥」
「と、とりあえず警備兵呼んだ方がいいのか?」
一気に酔いが覚めた二人があわあわとしていると、皿に乗った腕が、ピクリと、動いた。
「ーーーえっ?」
魚のように跳ねた腕が、その手の平で一人の男の顔を鷲掴む。
「えっ、えっえっえっ⁈ い、イダダダダだ! 痛い痛い痛い、イッッッーーー」
「は?」
片腕の生乗せの次に食卓を彩ったのは、トマトのように破裂した頭蓋であった。
「は、え、はぁ? 何コレ‥‥‥何コレェェアッッッーーー」
無事だったもう一人の喉元に棘が刺さる。それは暴れる殺人腕の切断面から伸びていた。
「コヒュ‥‥‥コヒュ‥‥‥」
荒い呼吸は肺に届く事なく喉に空いた穴から漏れ出た。それだけでなく男の身体が急速に干からびていく。
まるで全身の血を吸いとられているかのように。
頭を潰した方の肉体には指先が心臓部を食い破り、噴水のように吹き出す血を浴びて脈動していた。
「キャーーー!」
いきなり生じた惨劇に、周囲から悲鳴が上がる。それは一気に連鎖し、町一帯が恐慌に陥った。
逃げ惑う人々。テーブルは倒れ、物は散乱し、屋台は崩れる。
その悲鳴の中心で、腕だけだったモノが、二人だけでは足りないと周囲の血肉を更に喰らい、大きくなっていく。ヒトのカタチへと。
「ちょ、ちょっと、何が起きてるの⁈」
人の波の流れに逆らい、買い出しに行っていた女性が店に戻って来た。そして自らの店で起こっている惨状に絶句した。
「ヒッーーー」
抑えた口から悲鳴が溢れ出た。それを聞きつけたのか、血の雨の中、その裸体を惜しげもなく晒した女性がそちらをギラリと睨む。
その眼光だけで、女性はその場に縫い付けられたように動けなくなった。ガチガチと恐怖に歯が鳴る。
「アァ‥‥‥まぁだ足りねぇなオイ‥‥‥こんなモンじゃあ‥‥‥癒えねぇよなぁ‥‥‥身体も‥‥‥心もよォォォオオ!」
手負いの獣が、そのギザギザの歯を獰猛に剥き出して、目の前に並べられたご馳走に飛びかかる。
獲物となった女性はーーー行商区でも随一の人気者であったシェミはーーー死に際の叫びも上げられずにその牙に捕食された。
今宵、町の一画が丸々閉鎖される事になる。
後に王国からの発表では、この惨劇を起こしたのはルナリス王女を攫った者の一派であると報じられた。




