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Dark Brides −斯くて魔王は再誕せり−  作者: 入観ねいと
第5章 王都動乱 漆黒の花嫁
58/100

#58 漆黒の花嫁


城壁の内側。国外に近い住宅の屋根の上で、隣にいる不機嫌さを隠そうともしない上司的な存在のフェンリにビクビクしつつも、ジョニーは十二翼として警護の任に付いていた。


「‥‥‥今日は城下も明かりが多いですね。夜通しお祭り騒ぎでしょう。今頃は式も始まった頃ですかねー」

「‥‥‥‥‥‥」

「襲撃があってからもう五日も経ってますけど、本当にまた来ますかね? オレも向こうで楽しくやりたかったなー、なんて」

「‥‥‥‥‥‥」

「サーシェさんが不貞腐れながら結界も広げてくれてるみたいですし、こんな警戒態勢の中来るバカはいないでしょうね」

「‥‥‥‥‥‥」

「あー、姉さん、お腹すきません? 何か取りに行きましょうか?」

「柔らかそうなガキ連れてこい」


完全に薮蛇である。


「‥‥‥ごめんなさい、我慢しましょう」

「お前でもいいぞコラ」

「すんません、マジ勘弁してください」


襲われても対処できる距離までじわりじわりと離れながらジョニーは懇願した。


「チッ、つまんねーなぁ、つまんねーなぁ。ずっとお預けくらってる気分だぜオイ。あークソ、むしゃくしゃするからここら一帯殲滅してやろうかなぁ」

「やめて下さいねマジ。侵入者の対応よりも難度が激上がりしちゃうんで」

「ケッ! 来るならチャッチャと来いここに来いマジぶっ殺してやるからよぉ‥‥‥」


ギラギラとした殺意を周囲も感じ取っているのか、敏感な動物は既にここら辺りから逃げ出しており、とても静かになっていた。

こんな臨戦態勢殺る気満々な化け物がいる場所からわざわざ侵入する阿呆など居ないだろうとジョニーは思う。そもそも、もう当分来ないんじゃないかなぁと希望的観測を持っていた。


「ん? 地面が揺れたな‥‥‥」

「そうですか? 何も感じませんでしたけど」


呟き、知覚を尖らせるフェンリにジョニーは気楽に答えた。


「地震じゃあねぇな。だが、揺れの大元はあっちか」

「うーん、気のせいじゃないんですか?」

「黙ってろ木偶の坊。‥‥‥微かだが、匂うな‥‥‥何処だ‥‥‥」


ヒクヒクと鼻を動かし、彼女にしか分からない匂いを嗅ぐ。


「近づいてるが‥‥‥それでも遠い‥‥‥上?」


フェンリが夜空を見上げる。つられてジョニーも星の海を眺めた。天気が良く、雲一つない為、満天の輝きである。


「アァン? ん? んん? ん〜〜〜?」


隣で不気味な唸り声を上げるフェンリを他所に、ああ綺麗だなぁと純粋に星々の観察を始めた。

フェンリの方は目を細め、遠くの何かを探すように視線を夜空に巡らせた。

そして、目当ての何かを見つけ出す。


「ーーーッ⁈ オイオイどんな手使いやがった⁈ クソッ! こんな辺境にうちを配置するからこんな事になんだよクソッ!」

「うわッ⁈ いきなり何なんすか姉さん!」


ぼうっとしていた所に突如叫び出すフェンリに驚くも束の間、ここの警備を任されているはずなのに背中に血の翼を生み出し、何処かへと飛び立とうとしていた。


「ふざけた速度出しやがって! 間に合うか⁈」

「ちょちょちょ、姉さん⁈ 一体何をーーー」


ジョニーが言い切る前に、フェンリは勢いよく飛び立ち、一瞬で暗闇の中に消えていった。


「え、えぇ‥‥‥」


風圧に尻餅をつき、茫然自失となる。

頭の中で職務放棄、連帯責任、懲罰などの言葉がグルグル回ったが、それらを無理やり追い出し、頭空っぽにしてジョニーはヤケクソ気味に星の観察を再び始めた。






王城の中に建てられている巨大な聖堂。中には既に上位貴族や他国の代表者達が控えており、今宵の主役の登場を心待ちにしていた。


大聖堂の扉が重々しく開かれる。一気に場が静まり返った。皆の視線が集中する。


シャリン、シャリン、と鈴の音が木霊する。音に合わせて大聖堂に純白の装いの新郎新婦が、次期国王ユリウス・ディエライトと王女ルナリス・レストニアが入場した。


目を奪われるとはこのことか。新郎も新婦も、とても魅力溢れる面立ち。まるで美しい彫刻に心惹かれ、いつまでも見入ってしまうかのよう。


全員の視線をよそに、二人は手を取りゆっくりと壇場まで進む。その先にいる神父の前まで行くと、二人は止まった。

それを確認し、神父が口を開いた。


「新郎ユリウス・ディエライト。新婦ルナリス・レストニア。汝らに問う。良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、互いに寄り添い、思い合い、死が二人を分かつまで、神聖なる婚姻の契約のもとに、愛を誓うか? 新郎ユリウス・ディエライトよ」

「‥‥‥はい」

「では、新婦ルナリス・レストニアよ。愛を誓うか?」

「‥‥‥‥‥‥」


チラリと、壇場側に座る父上の姿を見る。いつものしかめっ面で、この式が進むのをただ淡々と見ているようであった。

背中からは来賓達の視線が集中しているのが分かる。答えなければざわめきが起こるだろう。

最後に、隣に立つユリウスを見た。彼はこちらの視線に気づくと、ニコリと微笑んだ。

優しい笑み。誰が見ても、そう思えるそれは、私にとっては空虚でしかなかった。


ーーー仕方がない、仕方ないのだ。


自分を言い聞かせ、少しだけ目を閉じる。

瞼に浮かんだ幻想を、偽りない笑顔を向けてくれた彼らの顔を、振り払うようにして目を開く。そして唇を動かした。


「ーーーは」


誓いの肯定は、何かが割れた、大きな破砕音によって中断された。


間髪入れずに、大聖堂の扉が隕石でも落ちたかのような強い揺れと衝撃と共に内部へと倒れ、派手な音が響き渡った。

揺れに合わせて聖堂内の人々が一気にどよめく。そんな彼らを守る為だろう、結界が閉じ込めるかのように発動し、壁となる。

術者は警護に来ている七王剣のナフサだ。他にもキリエ、ギルバート、クロウの面々がそれぞれ聖武器を手に前に出た。


扉の向こう、もはや扉は機能していないが、もくもくと立ち上る粉塵の向こうから、人影がぬるりと現れた。

堂々と、結界に閉じ込められた人々を両脇に、花道を進み出る黒い影。顔には子供が作ったかのような出来の悪い仮面で顔を隠していた。

その仮面の者は、ざわめきの中でもルナリスへと通る声でこう発した。


「約束通り、来たよ。答えを、聞きに」

「ーーーッ」


ツカツカと大理石の床を進む乱入者。

それを七王剣が許すはずもない。


「グッーーー⁈」


シグの身体が床に組み伏せられる。


「‥‥‥舐められたものだな」

「四肢一本、動かさないでもらおう」

「いや、これじゃあもう動きようもないと思うけどね」

「ほっほっほ! まさか単騎で来る大バカ者とはのう!」


右足は切り飛ばされ、左足は氷漬けにされ、右手は大槌に潰され、左手は光の輪に拘束された。

先日と同じ、聖武器による攻撃は《闇の刻印》の力を弱め、シグの身体は修復されない。

四肢の自由を奪われたシグは無様に床に固定されてしまった。


「ーーーシ、シグッ」


言葉は続かなかった。それを遮るようにユリウスが前に出た。配下が現れ、聖槍を差し出す。それを受け取ると壇場を降り、シグへと歩み寄った。


「まさか、ここに直接現れるとはな。どんな手を使ったかは知らぬが、ここまでだ仮面の魔族」


槍の切っ先が顔へと向けられる。唯一動かせる首を動かして、ユリウスを見上げた。


「いかに魔族であろうと、ここに来たのは自殺行為だったな。ここ聖堂内はお前達の力を削ぐ聖なる気に満ちている。入っただけで激痛が走ったのではないかね?」

「‥‥‥‥‥‥」


仮面はユリウスを見上げたまま、何も答えない。


「そこまでして、一体何が目的だ。半年前に起きた暗闇事変は貴様が元凶か? カドレの森の精霊もグルだな。洗いざらい吐いてもらうぞ。ーーーまずはそのふざけた仮面を外してもらおうか!」


槍が振るわれる。凪ぐようにして切っ先が仮面を剥ぎ取った。

現れる赤い瞳がユリウスを強い意志で睨みつけていた。


だが、ユリウスが驚いたのはそこではない。

未だ座してこちらの様子を伺っていたラゴラス国王も、同様に驚きの表情を見せた。


「なッーーー貴様、ラグ、ナス⁈」


ラグナス・レイヴン。かつて勇者として魔王と戦い、裏切り者の烙印を押されし者。彼らが見間違えるのも無理はない。成長したシグナスは兄にとても似ているのだから。


「馬鹿なッ! 貴様はあの時私がッーーーいや、違う‥‥‥ラグナスではない‥‥‥お前は、誰だ⁈」


激しく動揺したユリウスだったが、ようやく彼がラグナスではないと気づく。問われたシグはそれに答えるかのように身体を持ち上げようと動いた。


「俺が何者か、か‥‥‥」

「ッ⁈ 動くなッ! 《気焔爆雷》!」


キリエが魔法によりシグの右肩から上を吹き飛ばした。合わせるようにギルバートも聖盾の氷魔法で背中までを凍結させた。


「ッーーー! 」


起き上がる事も出来ず、身体も半分以上が壊され這い蹲るシグに、ユリウスは告げた。


「‥‥‥いや、もういい。貴様はここで殺す。死ね、紛い物」


聖槍が翠の光を表層に浮かび上がらせる。聖属性の加護。これで頭を吹き飛ばせば魔族といえど簡単に絶命する。

突き立てられようとする槍。


「ーーーいや、俺は死ねない」


ゴウッーーー!


シグの身体を中心に、魔法陣が出現する。赤黒い刻印が、聖堂の大理石の床を犯し、同時に周囲の者達を吹き飛ばす。


「なッ⁈ 《気焔爆雷》ッ!」


吹き飛ばされながらもキリエが魔法を発動させる。先程の小規模なものではない。シグの身体全体に対して大量に爆雷魔法をセットし、爆破しようとする。

だがーーー


「爆発しない⁈」


爆雷魔法が全て無効化される。いや、無効化ではない。全て吸い込まれた。見ればギルバートの氷魔法も消えている。

魔族の身体に、闇に魔法が飲まれたのだ。


「俺が何者か、だったな」


奪った四肢も元に戻っている。あり得ない。大聖堂の中で、聖武器による攻撃を受けて、それらをまるで無かったかのようにし、魔族は立ち上がった。


「クソッ! やむを得ん! グランマイン!」

「キリエ嬢⁈ みな、下がるのじゃ!」


狭い室内で、聖槌の大規模破壊魔法を発動させようとするキリエに、急ぎ聖典を開き結界を張るナフサ。近くにいたクロウ、ギルバートが飛び退く。


「《爆轟破砕の重地雷撃》!」


振り下ろされた大槌に大理石がヒビ割れる。

シグの足元に展開された魔法陣を上書きするかのように、大量の地雷魔法陣が出現。闘技場でデュラメスに使った大威力の爆発が、周囲を巻き込んで発動する。


ーーーそのはずだった。


「ば、馬鹿なッ!」


結果は《気焔爆雷》と同じ。魔法陣は発動する前に全て消滅した。


「酷いことをする。周りに被害が出てしまうじゃないか」


そう嘯くシグに、背後からクロウが攻撃を仕掛けた。


聖刀カグヤ。煌めく刀身は寸分違わずシグの首を刎ねる。


「なッ⁈」


首を通過した刀が左手に掴まれる。その間に首は繋がり、どれ程の力か掴まれた刀を動かす事が出来ない。


「は、放せッ!」

「分かった」

「ッグボーーー!」


回し蹴りがクロウの脇腹に叩き込まれ、放した刀とともに吹き飛び、来賓を守る結界に派手にぶつかった。


「フロストバクトゥム! 《絶対凍結》!」


ギルバートの持つ聖盾が床を鳴らす。盾から発動される全てを凍てつかせる氷の波動が正面にいるシグへと襲いかかった。


「‥‥‥‥‥‥」


向かいくる氷の津波に右手をかざす。それだけで襲いくる魔法は全て飲み込まれ、シグだけを避けるように氷の波が二つに分かれた。


「ダメか‥‥‥」


驚きもせず淡々とギルバートは盾を構えた。


「‥‥‥なんだその力は。なぜ聖堂内でそれ程の力を出せる。お前は、何者だ。何が目的だ!」


七王剣の戦いの様子を見ていたユリウスが問う。ここまでの力を見せられて、問いかけずにはいられなかった。

足元に未だ展開され続ける赤黒い魔法陣の上に立ち、シグは答えた。


「俺はーーーアイシス。俺はただ、彼女に答えを聞きに来ただけだ」

「答え、だと?」

「ああ。だから‥‥‥邪魔をするな」


大聖堂が悲鳴をあげる。輝きを増す魔法陣は、火花のように赤い赤い溢れる魔力を放出する。余波だけで周囲がその場に立てなくなる程に。


その中心に立ち、宣誓が挙げられる。


「ーーーこの力は、俺が俺である為に、


ーーー彼女が愛してくれた俺で在り続ける為に、


ーーーだから、来いッ!





ーーー《魔装ッ顕現ッッッ》!」



足元の魔法陣が、《闇の刻印》が、その瞼を大きく開ける。





闇の帳は落とされた。音も光も、世界の全てが消え去る。


ここは劇場。新たな演目が始まる前の、一時の暗闇。



ゴーン‥‥‥ゴーン‥‥‥ゴーン‥‥‥



鳴らされる鐘は、花嫁を祝福し、迎え入れる。


さあ幕を上げよう。観客は揃っている。


ここに宣誓しよう。愛の誓いを。




ーーー魔装とは、魂。己が自身のカタチを武器と為す、魔族だけに許された奇跡の魔法。



なれば、これがシグナス・レイヴンという者のカタチ。


人の身でありながら、その身体を、魂を、《闇の刻印》に蝕まれた彼が為す奇跡。




世界を包んでいた闇が、彼の元に収束していく。






"愛は死へ、されど愚者は為す"






全ての闇が集まり、世界が戻る。それらは一振りの剣へと生まれ落ち、観客の前に姿を見せた。


艶やかな黒き刀剣。だがそれは何物をも切ること能わず。

刀身と同じ、黒で施された一輪の花が柄に添えられた、儀礼剣。


それを手に取り、この世の何よりも愛おしそうに、その名を呼んだ。


「ーーー《漆黒の花嫁(ダーク・ブライド)》」

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