#54
ルナリスのいる室内で戦う訳にはいかない。
外へと、城へと飛び移り、屋上に立つ。
逃がすつもりなどないのだろう、背中から生やした血の翼をはためかせ、敵は同じく屋上に立った。
「さあて、邪魔が入る前にヤろうぜ?」
「‥‥‥そうか、君だな。さっきここに侵入した女の子を傷付けたのは」
「アァン? なんだ、やっぱあのガキとグルかよ。テメェは保護者か? だったらあのガキ殺せなかった代わりに、テメェが責任取って貰うぜオイ!」
接近しながら背中から伸びた翼を分離。槍のように射出する。それを一切避けずにこちらも踏み込む。
「《魔装ーーー顕現》」
身をいくつも貫かれながら、手にするは双子の黒い蛇。
「《闇・双蛇の締刃》」
振るう刃に乗せる殺意に偽りなどない。クナイの涙の代償を払って貰うだけだ。
「魔装か! こいよクソダサ仮面野郎!」
槍を打ち続けながら、手にはもっと鋭く硬化された血の槍出現。それを、屋上を駆けながら突き出す。
「グッーーー!」
思いっきり腹を貫かれながらも、こちらも刃を突き立てる。
猛毒が対象の体内を一気に駆け巡り、地獄の痛みを与える。
はず、だった。
「アァン? 毒か。チマチマした事すんじゃねーの」
「何⁈」
互いに互いを貫きながら、一方は苦痛を、一方は愉悦の笑みを浮かべる。
「テメェ、うちを誰だと思ってんだ? アァン?」
蹴り飛ばされる。槍が身体から抜け、血は溢れる事なく瞬時に戻る。屋上を転がりながら、全く毒を意に介さない敵を驚愕の目で睨む。
「ーーーペッ」
口から吐き出される何か。血だ。呪いの毒に侵された血を、集め体外に出したのだ。
「そういや自己紹介がまだだったなぁ。うちはフェンリ・ノズゴート。十二翼とかの肩書きはどうでもいいな。《真性吸血種》だ、よろしく同類」
ニイィと笑う化け物。《真性吸血種》というものが何かは分からない。だが、感じる。こいつは、俺と同じ化け物だ。
「一々刺されんのも面倒だな。テメェも頑丈だし、久々ヤル気満々でイっちまうか? えぇオイ!」
ドレスがバキバキと音を立てて変形する。血に塗れた鎧へと。全身を包み込んだその姿はさながら狂戦士だ。
「さぁ喰っちまおうぜ! 《鮮血の串刺公》!」
今までの物とは違う。魔装にも匹敵する圧の魔力がカタチとなる。
幾重にも折り重なる血の螺旋が、禍々しき槍となる。表面に浮き上がる紋様が鮮烈に赤く光り、回転する。
「死なねぇ化け物の味ってのはどんなんだろうなぁ⁈」
あれはマズイ。貫かれれば、死ぬよりも厄介な事になる。そんな、予感。
「近寄らせないッ!」
影を展開。同時に魔装を複数顕現。刃を突進してくるフェンリへと無数に突き立てる。
「軽い軽い軽いィィ!」
貫けない。槍と鎧に弾かれる。影による拘束も力任せに引き千切られた。
「もっと楽しませろやオイ! 喰らえよオラァ!」
向けられた槍を躱す。だが、背中から展開された棘が身体を貫き、自由を奪われる。
「頂きだぜオラァ!」
「ガッーーー!」
槍に貫かれる。今までに無い不可思議な感覚。これはーーー
「お、お前‥‥‥」
「ケケケッ! んだよ、案外ウメェじゃねーか! ゲテモノは美味ってのは本当だなぁ!」
身体が、血が、魔力が吸われている。こちらの回復速度に匹敵する吸血。身体の力が抜けていく。
「クソッ!」
「おおっと、効かねーぜ」
影を、刃を、ありとあらゆる抵抗をするも無意味。串刺しにされたまま、徐々に徐々に喰われていく。
「終わりか? 終わりなのか? 終わっちまうのか? なら、喰い切ってやるぜ」
「く、そ‥‥‥」
強い。最初に感じた通り、この敵はとても強い。
死ぬ。何度も何度も死んでいく。痛い、怖い、逃げたいーーー
楽しい。戦いは楽しい。
「んだァ? 喰われながら何笑ってんだテメェ?」
「‥‥‥?」
笑う? なぜ? こんなに苦しいのに。
そっと手を自分の顔に沿わせる。
「あ、れ?」
フェンリの言う通りだった。俺の顔は笑顔に歪んでいた。
『戦え』
熱い。貫かれた箇所か、いや違う。もっと深くだ。
身体の奥深くに鎮まっていた太陽が顔を出す。
『戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦え』
内側から燃やされる。身体の芯から焼き尽くされる。轟々と湧き上がる炎と共に、耳を塞いでも聞こえる叫び声。
『敵は強い。それがどうした。強き者と戦う。そしてそれを打倒する。それこそ真の戦い。これに勝る喜びなど、あろうものか』
無理矢理押し付けられた形の《煉獄の轟斧》。本来の持ち主と同じ利かん坊。
普段はあまり使わず押さえつけていた戦意が、強敵との戦いに呼応する。
『偽るな。戦いこそ喜び。勝利こそ栄光。己の力を示す事に、何を迷う必要があるのだ』
「違、う‥‥‥俺は、戦いなんか‥‥‥」
「なんだなんだ、イカレ野郎か? 何をブツブツ言ってやがる。まだ隠し球があんなら見せてみろや。そんでよーーー」
本当に、本当に楽しそうに、化け物は笑った。
「もっと戦いを楽しもうや」
その言葉に、タガが外れる。奔流はとめどなく。身体を揺らす地の底から這い上がる溶岩の如き力は、抑えなど溶かし、噴火するかのように。
「アアアアァァァァァァァァァァアッ!」
ーーー《魔装覚醒》
《闇燼滅・煉獄の轟斧》
「ーーー戦う」
身を貫く槍が溶ける。
それもそうだ。
「戦う、戦う戦う戦う!」
この身は炎。斬撃も刺突も魔法も、何一つ通じぬ獄熖の身体。
己の魂すら燃え上がらせる戦意の塊。
「ーーー戦え! 貴様の全てを尽くねじ伏せよう!」
槍を半分程を融解され、たまらず後退したフェンリは、姿を大きく変えた敵に舌なめずりをした。
「‥‥‥オイオイ、いきなりイきり出すなよ。こっちまで興奮しちまうだろォォォオオ!」
槍を瞬時に復活させ、化け物は化け物へと挑みかかった。