#52
城内は大剣覇祭中の賑やかしさや結婚式の準備とは違う慌ただしさに包まれていた。それもそのはず、正体不明の侵入者のせいである。
寝ていた兵を叩き起こし、警備人員を増やして対応。また事の顛末を末端まで届かせるにはまだ時間がかかっていたが、とにかく侵入者は十二翼の手によって排除されたらしいという話が広がっていた。
真っ先に事の詳細の報告を受けたユリウスは、部下や七王剣に指示を出してある場所へと訪れていた。
城の上層部西側。王女ルナリスの居住する塔である。
「ルナリス様。まだ起きておいでですか?」
既に明かりが落とされた室内へと問いかける。気配からルナリスが起きている事は分かっていたが。
「ええ。まだ起きていますよ、ユリウス」
窓辺に佇み、こちらに返事をする彼女。やはり姉妹だな、と姉の面影が濃く残るルナリスの横顔にしばし見入ってしまう。
「夜分遅くに申し訳ありません。どうやら城内に賊が侵入した模様。早急に十二翼のフェンリが対応し、追い払ったようですが、まだ安心は出来ません。念の為報告に参りました」
「‥‥‥そう、ですか」
視線は外に向けられたまま、こちらの報告にさして興味を示さない。結婚の話が決まってからはずっとこの調子である。心ここに在らずといった様子だ。
「ここの警護は引き続きフェンリが行いますのでご安心ください。私もすぐに駆けつけますので」
「分かりました」
一度も目を合わせる事なく、ユリウスは深々とお辞儀し、部屋を後にした。
「‥‥‥どうせなら、賊がこの城ごと壊してくれたら良かったのに」
一人部屋に佇むルナリスの独白は窓の外へと溶けて消えた。
「‥‥‥引き続き警戒しておけ。次はきちんと始末しろ」
塔と城との渡り廊下を歩きながら、ユリウスは顔を前に向けたままそう発した。
「チッ」
ここに来た時から感じる殺意がより一層鋭くユリウスの背中を刺すが、一切を無視した。
さすがに先の戦いで苛立つフェンリも、ユリウス相手には噛み付く事はしなかった。
「言われなくても次は逃さねーよ‥‥‥クソが‥‥‥!」
塔のてっぺんで胡座をかき、ユリウスが城内に姿を消すまで睨み続けた。
城内の上層部。その中心とも言える玉座の間の真下。そこは特別な部屋である。ある意味王城の中核をなす部屋と言ってもいい。
その部屋へと、七王剣であるキリエが、警戒態勢の為鎧姿のまま、聖槌も担いだままで、大雑把に扉を打ち開け侵入した。
「サーシェ! 賊の侵入を許したそうだな!」
ズカズカと部屋に入ったキリエは、室内に散らばった本や食べ終えた皿の残骸、ぬいぐるみに洗濯もしていない衣服の山を掻き分け.目的の人物へとたどり着いた。
「サーシェ! 相変わらず汚い! 片付けておけこの大バカ者!」
「えぇ〜‥‥‥メンドイのら〜‥‥‥」
天蓋付きのベッドの上で、モゾモゾと動くシーツを無理矢理剥がす。
「ギャ! やめるのら! ミーはここから動かないのら!」
転がり出たのは、運動不足の為か少しぽっちゃりとした体型の小さな女性であった。
「何を子供みたいな事を! いい加減に大人として、七王剣としての振る舞いをしろ!」
「ひぇ〜‥‥‥年取るとヒステリックになるって本当なのら〜‥‥‥」
「お前とッ! 一つしかッ! 違わんだろうがッ!」
試合中よりも鬼気迫る形相で叫ぶキリエ。心底恐怖し、ベッドの上で震え上がるこの女性こそこの王城の守護結界の術者。
七王剣サーシェ・アムスクラ。扱う聖武器は聖杖ホーリーグレイブ。
戦闘力ではなく、類い稀なる結界師として七王剣となった人物である。
「ミ、ミーだってきちんと仕事してるのら‥‥‥ちゃんと結界貼り続けてるのら」
「だが、侵入者が出たそうだが?」
「それと結界関係ないのら。侵入者は異種族じゃなくて人間だったのら?」
「‥‥‥あのフェンリ・ノズゴートとやり合って逃げおおせた者が人間だと?」
キリエもきちんと報告は受けている。だが俄かには信じ難いのでここに来たのだ。
「そんな事言ったらキリっぺも人間辞めちゃってる事になるのらよ? ぷーくすくす」
「‥‥‥相変わらずお前と話すと頭が痛くなる。その弛みきった肉体を絞ってやろうか?」
「ひ、ひぃ〜〜〜! キリっぺマジ冗談通じないのら! だからいい歳して恋人も出来ないのら?」
「お・ま・え・が・言・う・なッ!」
怒号が部屋を揺らす。ゼェゼェと荒くなった息を整えて、改めて確認を取る。
「では、結界に問題は無いと言う事だな?」
「最初からそう言ってるのら。人間なら異種族感知結界は反応しないのら。でも人間なら、あ、キリっぺとか別よ? この上層部に張ってある金剛結界は抜けられないのら」
「‥‥‥そうか」
部屋の中心に、持ち手もいないのに直立し輝きを放つ聖杖ホーリーグレイブを見る。
放つ光は魔法を発動している事の証拠。持ち主であるサーシェは、聖杖を持つ事なくパスで魔力を供給し続け、結界を発動、維持している。
それは本人が寝ていようが自動で行われる為、職務を行いながら昼寝をかましたり自由気ままに遊んだり出来ると言う事だ。
見た目はぐうたらに過ごしているようにしか見えないが、王城の守護に必要不可欠である為、キリエ以外は誰も口出しをしていないのである。
「大体、キリっぺくらいの力量のあるヤツなら、国内にいる時点でみんな気付くはずのら。今回の賊さんは例外だと思うのら。フェンリっぺが撃退したなら当分は来ないはずのら」
「‥‥‥まあ、私もそう思うがな」
いくら城内まで侵入しようが、重要な財や人物は上層部で守られている。
それを突破できる者となれば七王剣クラスの猛者か、六輝将クラスの化け物になる。
だが、そのような気配など微塵もない。
「しかし、一体どこの手の者だ。人間であるならば他国の回し者か?」
「なんでもいいのら。もう寝たいからシーツ返して欲しいのら。今日はもう騒ぎも起きないのーーー」
ベッドに寝転がっていたサーシェが飛び起きる。先程までの弛みきった顔ではない、真剣そのものだ。
「‥‥‥異種族感知結界に反応のら。これは、魔族のらね」
「なんだと⁈ このタイミングで魔族だと⁈」
ならば先程の侵入者は魔族の手の者? 人間のはずだが、なぜ?
グルグルと思考するキリエにサーシェから追い討ちがかかった。
「マズイのら‥‥‥反応が五十を超えてるのら‥‥」
「はぁ⁈」
一体どこにそれ程の数の魔族が気取られもせず国内に侵入していたのか。
「クソッ! 私も出る! 城内への侵入者の報告は⁈」
「もう警報鳴らしたし、ユリっぺにも伝えたのら。総員直ちに迎撃せよ、だそうのら。上層部はミーとユリっぺとギルバっぺとナフじぃで守るのら。とりあえず敵の場所は魔法で連絡するのら」
耳に展開した連絡魔法からの指示をキリエにも伝える。それを聞き終わる前にキリエは外へと飛び出していた。
「全く! 何がどうなっている!」
聖槌を片手に、サーシェの指示に従い近くの敵へと向かう。窓から身を投げ落下しながら敵を目視する。
全身が黒い衣服で覆われた人型。顔はふざけたデザインの仮面で隠されている。
「砕けろォォォオオ!」
城内の為、聖槌の大破壊魔法は使えない。だが、殴りつけるだけでも必殺の威力を持つ。
落下のスピードと衝撃が合わさり、敵は呆気なく大槌に圧殺され消えた。大槌の一撃に大地が揺れる。
「‥‥‥随分と呆気ない。まあいい、次はどこだサーシェ!」
叫び次なる敵へとキリエは走った。
「なんじゃこの騒ぎは。侵入者とか、年寄りには夜戦は辛いのう」
「職務です。辛いでしょうが頑張って下さい」
「まあ違う夜戦ならまだ現役なんじゃがの!」
「?」
渾身の下ネタも、理解されなければ寒々しい。ナフサの言葉にハテナを浮かべるギルバートに戦闘前だというのに疲れてしまう。
「はぁ、最近はこういう草食系のがモテるとか聞くが、嘆かわしいのぅ」
「良く分かりませんが‥‥‥申し訳ない」
やはり生真面目に謝るギルバートに、髪の生えていない頭をくナフサ。
そもそもこういった冗談が通じるのも、今の七王剣には誰一人としていないのも寂しさを感じる。
「あの小僧が懐かしいわい。まあいい、配置に付くとしよう。と言ってもサーシェ嬢の結界が破られる事はないだろうがなぁ」
「ナフサ翁。油断は出来ませんよ。何が起こるか予想はできませんから」
「だったら逆に、昔を思い出して若返れるかもしれんのう」
金剛結界は最上位結界魔法。それをほぼ永続的に発動展開できる異才により王城は絶対的な安全性を持つ。
これを破壊しようとなると、王国随一の破壊力を有するキリエでも一撃では難しい。
帝国最強の魔装砲ならば結界を一撃で破壊くらいは出来るだろうが、それでも中の城は守れる程の強固さなのだ。
「それで? 我らが司令官殿はどこに?」
「ユリウスさんなら玉座の間にーーー」
ギルバートの言葉が止まる。急激な魔力反応。それも魔族の、震える程に身に覚えのある魔力の反応が。
窓の外を見る。燃えている。赤く赤く赤く、夜が燃え盛っている。
「こ、この熱光はッ⁈」
ナフサはかつてを思い出す。
禍々しいまでの戦意の塊。圧倒的な暴力。生み出す熱は全てを融解させ、灰と化したあの悪魔を。
「獄熖のーーー」
城内だけでなく、国中がまるで真昼のような白光に照らされた。