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Dark Brides −斯くて魔王は再誕せり−  作者: 入観ねいと
第5章 王都動乱 漆黒の花嫁
51/100

#51


夜の庭園に赤が爆ぜる。フェンリの背中から生えた禍々しき血の翼が分離し、槍と化して降り注ぐ。

逃げようとするクナイの退路を塞ぐように落とし落とし落としまくる。


「ケケケッ! 素早いじゃねーか! ほらほら! もっと走れ走れ走れ!」

「ッ〜〜〜!」


蟻で遊ぶ幼子のように、愉快に無邪気に残酷に、血の槍は庭園の景観をこれでもかと破壊しながらクナイを追い詰めて行く。


「シッーーー」

「んあ?」


上空のフェンリに向けて空を切るようにクナイの右腕が動く。闇夜に紛れて黒塗りの武器が飛翔し、しかしすぐに羽根に叩き落とされた。

その内の一つを器用に摘み、マジマジと観察するフェンリ。シノビの持つ暗器の内の一つ、手裏剣である。


「へぇ、見たことねぇな。暗殺用ってやつ? 威力は無いが、夜だと見えねーってか? 残念だったなぁ、ホラ返してやんよ!」


力任せに投げられた手裏剣を躱す。どれ程の力が込められていたのか、地面に深くめり込んだ。


次にクナイが取り出したのは手の平に乗るくらいの小さな球体。それをフェンリと自らの中間程に投げ、続いて投擲した手裏剣で自ら球体を切り裂いた。


カッーーー!


眩い閃光。クナイはあらかじめ目を守っていた為無事だったが、しっかりとそれを直視していたフェンリの視界を白く染め奪う。


「うおッ⁈ そんなもんもあんのかよ!」


最優先はここからの逃走。一時的に視界を奪った相手に追撃などせず、即離脱を図る。


「でも残念、匂いで分かるんだなぁこれが!」


逃さぬよう進路に次々と槍を降らせる。目を閉じたままだ。的確にクナイをも狙い射出する。


「に、逃げないと‥‥‥このままじゃ‥‥‥」


打つ手がなかった。視界を奪っても逃げることを許されない。


「おっ、見えてきた見えてきた。ほらほらほら! もっと何かねーのか⁈ ねーなら喰っちまうぜオイ!」


視界を取り戻したフェンリが空から急降下。遠距離から一気に距離を詰め攻め込む。両手の鋭く尖った爪でクナイを切り裂こうとする。


「ッーーーセヤッ!」


それをしゃがんで躱し、上体に回し蹴りを叩き込む。力一杯の一撃は、通常ならシグと同じく大ダメージを受けるのだが。


「か、硬ッ!」

「ケケケッ! いい感じの馬鹿力だなぁ! だが足りねーよ嬢ちゃん!」


蹴りはフェンリの身体を覆うように守る血の翼に防がれた。ひび一つ付かないその硬度はいか程のものか。

更に翼はその形を変化させる。無数に枝分かれし、棘となりクナイへと襲いかかった。


「くぅッ⁈」

「おおー! ほんとにすばしっこいな!」


地面を破裂させる程に蹴り、一気に後方へ飛び退く事でなんとか回避する。が、全てを躱しきる事が出来ず、左腕に軽く切り傷が生じてしまった。


「あっ‥‥‥」


流れる血を見てクナイの顔が固まる。腕を伝い地面にこぼれ落ちる鮮血に、止血もせず呆然としていた。


「ケケケッ! もうちょい楽しみたいが、そろそろ野次馬がゾロゾロ来そーだし、喰わせてもらおうか‥‥‥って、ああん? どうした?」


いきなり動きを止め、傷口をじっと眺める獲物。見ると涙をボロボロと流しているではないか。


「はぁ? 何だよ、その程度の傷で泣いてんじゃねーよ! バッカじゃねーの?」


驚き罵倒するも、こちらには何の反応も示さず泣き続けた。


「うっ‥‥‥うぅ‥‥‥師匠‥‥‥約、束‥‥‥怪我、しないって‥‥‥」


久々の戦闘に気分が高揚していたフェンリだったが、その様子を見て急速に冷めていく。代わりに翼は変化し、フェンリの身体を覆っていく。

死の装束。纏う血はドレスとなり、バキバキと音を立ててそこらかしこが鋭利に尖っていく。

獲物に突き立て串刺しにし、そして喰らう為に。


黄金の瞳が苛立ちとともに細められた。


「あー、もういいわお前。さっさと喰っーーー」


言葉はそこで切れた。

フェンリ程の強者といえど、いかに油断していたからといって、目の前で泣いていた獲物の姿を見失うどころか、懐に何の警戒もさせず入られれば、驚くのも無理はない。


先程までの逃げていた人物とは全く違う。


純粋で鋭い、恐ろしい程の殺意がフェンリを貫く。


「破ァァァアア!」

「テメッーーーごぶッッッ⁈」


ただの拳。しかして目で追えない程の速さと、埒外の怪力が合わされば立派な致死の武器だ。


血のドレスすら砕き腹部に穴を開けフェンリの身体は城壁まで吹き飛ばされ激突した。

揺れる王城。人間ならば粉々になる一撃を受け、それでもすぐに壁から飛び出し、自らを穿った相手へと反撃せんとするのは化け物であるが所以だ。


「やんじゃねーかオイィィッ! サイッコーにキまっちまったぞコラァァァアア!」


開けられた筈の腹部の穴はすでに閉じ、ドレスは最早鎧となった。手に持つ真紅の槍で、己に仇をなした最高の獲物へと一撃を見舞わんとする。


「ーーー《秘伝の巻物・開帳》」


獲物は懐から取り出したであろう、羊皮紙を丸めたような物を一気に開いていた。


「これ以上約束、破れないっス」

「何だァ⁈ これ以上にまだ何か見せてくれんのかえぇッ⁈」


御構いなしに突撃をかますフェンリを無視し、クナイは巻物の忍法を発動させた。


「《忍法・逆口寄せ》」


真紅の槍は獲物を貫くことは出来なかった。空を切り、周囲を見渡すも既に影も形も気配もない。

文字通りこの場から消失していた。


「‥‥‥逃げ、た‥‥‥だと? いや‥‥‥」


逃げられた、のだ。堂々と、こちらに一撃を見舞って。


「ふッざけんじゃねェェぞコラァァァアア! ここまで盛り上げといてよォォォオオァァァアアッ⁈」


怒りのままに、手に持つ真紅の槍を地面に叩きつける。それだけで既に崩壊していた庭園が大きく陥没し、ヒビ割れた。


「クソクソクソッ! クソッたれがッ!」

「あ、姉さんー、そこまでにしてきましょうよー」


爆発寸前のフェンリに、勇気ある者が声をかけた。

物陰から半身だけ出してビクビクと話しかけるのは、フェンリと同じ銀翼のブローチをつけた細身の青年だった。

十二翼序列三位、ジョニー・ブレクション。数少ないフェンリとコミュニケーションを取れる人物だ。


「‥‥‥ジョニー、てめぇ結構前から覗いてたろ? アァン?」

「ひッ⁈ だ、だって手出ししようものならオレごとぶち殺す気満々だったでしょ⁈」

「チッ」


舌打ちで肯定し、フェンリは武装を解除した。だが有り余る殺意までは収まっていなかった。


「見てたんならテメェがユリウスのヤローに報告しとけ。ウチは今猛烈に苛立ってる。‥‥‥今夜ウチに近寄る奴は代わりにブッ殺すからな」

「へ、へい! それじゃあ姉さん、オレはこれで!」


触らぬ神に祟りなし。余計な刺激はしないよう、ジョニーはクナイもかくやな逃げ足でその場を離れていった。


「‥‥‥チッ、疼きが止まんねぇなぁ。久々に血が吸えると思ったのによぉ」


不機嫌さを隠しもせず、フェンリは再び夜空に舞い上がった。






マナが持つ一枚の紙、そこに描かれた紋様が光りを帯びる。

これはクナイが大事な物だと言っていた、ギャングルイ国でマナが取り返した物。その中身の巻物に描かれた忍法の複写である。


曰く、この紋様に関わる忍法は、巻物と複写間を瞬時に移動できるモノ、らしい。

忍法が全く使えないクナイが唯一忍法を使用できる巻物。ただし、一度使った忍法は二度と使用出来なくなるという制限付きの巻物だが。


その忍法が目の前で実際に発動した。


「すごい、なんか光ってる」

「なん、か、出て、きた」


怪しい煙とともに紙から人影が飛び出てくる。もちろんクナイである。


「うわ、本当に移動出来るんだ。全く魔力感じないけど。この前も思ったけど忍法って魔法とは体系からして違うのね‥‥‥って何泣いてんのよあんた」

「う、うわぁぁぁぁぁあん! 師匠師匠師匠ォォォオオ!」

「ぎゅ、む」


出てきて早々に泣き喚きながらマナに抱きつくクナイ。涙も鼻水も滝のように出て、ぐしゃぐしゃでボロボロである。


「緊急時にしか使わないって言ってたけど‥‥‥大丈夫なのかクナイ?」

「あら、怪我してるじゃないあんた」

「クナ、イ、怪我、して、る?」


ビクッ、と肩を震わせて動きを止める。ギュっとマナを抱きしめる手の力が強くなる。


「ご、ごべんなざいッ! じ、自分っ、や、やぐぞぐ、まもれながっだっズ〜〜〜ゔぇぇえっ!」

「お、おいおい」


更に酷くなってしまうクナイにどうしていいのか分からず困惑するシグ。クナイの慟哭は止まらなかった。


「や、やっぱり、じ、自分、役立たず、っスか⁈ ダメダメっスか⁈ イヤっス! イヤイヤイヤっス! 捨てないでぐだざいっス〜〜〜!」


懇願である。必死でマナに縋りつき、捨てないでくれと。怯えきった小動物のようである。

そんな怯えた心を溶かすように、マナが優しくクナイを抱きしめ返した。


「よし、よし。クナ、イ、大丈、夫。クナ、イは、よく、やっ、た。すご、い、よ?」

「ほ、ほんと、っス、か?」

「う、ん。クナ、イ、出来、る、子」


優しく優しく、母親のように頭を撫でてあげるマナ。どちらも小柄であるが、まるで親子のようだ。


「そうだぞ。クナイ、よく頑張ったな。ありがとう」

「そうね、立派だと思うわよ」

「師匠ぉ〜! シグ殿ぉ〜! ディーネ殿ぉ〜!」


よしよし、と三人に頭を撫でられてようやくすすり泣き程度に落ち着いたクナイ。

そんなクナイの頭を撫でながら、シグは小さく、だが力強く呟いた。


「ここまで頑張ってくれたんだ‥‥‥必ず無駄にはしないよ‥‥‥」

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