#50
シグの予想に反して、クナイの仕事振りは良かった。一週間をかけ、城内の様子を少しずつだが調べてくれた。
夜にしか行動できない為、クナイには昼までグースカ寝てもらった。逆に昼間はこちらでせっせと大量の食事を用意し、労いの意味を込めて献上させてもらった。
「うまいっ! うまいっス! これで今日も頑張れるっス!」
「軽く十人分くらいあるのに、よく毎回完食できるわね‥‥‥」
「育、ちざか、り」
「育ってるのか?」
ここまでに調べてもらった事から分かったのは、城内の下層部分は警備兵が巡回しているものの、そこまでレベルが高くないので容易に侵入できるという点。とは言えクナイの能力が高いからではあるが。
どうやら城を覆う異種族感知結界に力を入れている為、中に侵入するだけなら簡単であるらしい。
問題は上層部。おそらく王族や、高い地位の者達、そしてそれらを警護する七王剣の面々がいるエリアには、感知結界とは別の強固な結界が用意されているらしい。
「控えめに言って、入るのは無理っス!」
「控えめにはっきり言うなぁ」
「まあ一応入れそうな所がないか探してみるっス!」
結婚式まで残り一週間。そろそろ行動を起こさないと間に合わない。あとお金も底をつきそう。食費に。
「とりあえず、今日でクナイに調べて貰うのも最後にしよう。大体の城内の様子は分かったし。あとは王女のいる部屋がどこにあるかくらいが分かればいいんだけどね」
「分かったっス! 出来る限り調べてみるっス! それで王女様をどうするっスか? 暗殺っスか?」
暗殺に拘るクナイ。しかもワクワクした顔をしている。一応シノビとやらの本業がそれなのだろう。
「違うからね。念押しするけど、王女を暗殺してはいけないからね」
「ぶー。じゃあシグ殿はどうするつもりなんスか?」
「どうする‥‥‥か」
具体的には何も考えていない、何て言えないよなぁ。ただ、ルナリスが結婚すると聞いて、その前に会って話がしたいと思った、それだけなのだ。
「ま、まあそこは俺の問題だから。何かしら暗殺以外に、うん」
「えー。煮え切らないっスね。自分気になるっス。教えて欲しいっス」
グルグルとシグの周りを回るクナイに、見かねたディーネが答えた。
「はぁ。あのねクナイ。王女様はね、こいつの初恋の人なの。だから結婚する前に手篭めにしてやろうとしてるのよ」
「えっ、マジっスか⁈ 理由はロマンチックなのにやる事はエゲツないっスね!」
「ちっ、違う! というか何でその事をディーネが知ってるんだ⁈」
その話はマナにしか話してなかったはず。勢いよく振り返ると、やはり無表情なマナが口を開いた。
「教え、た」
「聞いたから。ガールズトークってやつ」
「知らない間にすごく仲良くなってたんだね君達‥‥‥」
「えー! ズルいっス! 今度は自分も入れて欲しいっス!」
「いい、よ」
「やたー!」
全て筒抜けになるのか、何か話す時は気をつけよう。
「ゴホン。その話は置いておいて、それではクナイさん、最後の仕事よろしくお願いします」
「了解っス! では行ってくるっス!」
「くれぐれも注意してくれ。特に、マナとの約束を忘れないように」
すでに走っていたクナイは振り返るとニカっと笑うことで返事をした。彼女はとてもうまくやっている。だから、今回もきっと大丈夫だろう。そう思わせる笑顔だった。
王城内は、陽が沈み夜になっても警備兵が交代でそこらかしこを回っている。しかし、結界の存在もあるため、人間以外の存在に注意は誰もしていなかった。
ましてや人間離れした人間の事など気にもしない。
闇の中音もなく駆け、翔び、潜む。薄く照らすランタンの火では見つける事は不可能。
一切存在を気取らせる事なくいつものように奥へ奥へとクナイは進んだ。この一週間で城内の地図は大体が出来上がっている。
だが知りたいのは上層部への侵入経路。魔法の知識の無いクナイですら直感できる見えない壁が上層部への侵入を拒んでいた。
「ちょっと触れるだけでもマズそうっスね‥‥‥」
一見何の変哲もない廊下だが、境界線がある。扉も何無いのに、警備兵が二人立っているのもその証拠だろう。
そこを越えれば何が起こるか。試してみる気にはなれない。
「他も見るっスか」
まだ調べていない北側へと移動する事にした。
その時、特に優れている嗅覚が美味しそうな匂いを捉えた。
「う〜、こんな夜中にご飯を食べてる不届き者がいるみたいっスね〜。う〜ん‥‥‥仕方ないっス」
調査調査という名目で、クナイは匂いにつられそこにたどり着いた。
そこは所謂調理場。さらに言えば王城で働く者達のための賄いを作る食堂であった。
クンクンとだらしない顔だが、しっかりと気配は消して侵入する。中には四人。警備兵ではない。机を囲って食事を取っていた。
「ったく、こんな時間まで働かせられるとはなー」
「ほんとだよ。ここ二カ月働きっぱなしの休みも無し。いい加減我慢も限界だね」
「まあまあ。あともう少しで忙しいのも終わるって」
「そうそう。まあ結婚式当日はすごくバタバタしそうだけどね」
スパゲッティを口に放り込みながら二人の男性が愚痴る。それを宥める女性達。どうやら彼等は雑務の仕事を任せられた者達らしい。
「しかし、結婚式に戴冠式かぁ。長年復興に忙しかった我が国としてはめでたい事なんだろうけどさ」
「え〜、そうかしら?」
「何だよ、ダメな事でもあるのか?」
だってねぇ〜、と顔を見合わせる女性二人。男性二人は首を傾げた。
「可愛そうって思わない訳? 王女様」
「え? なんで?」
キョトンとした男性に二人して大きくため息をつき、やれやれと首を振った。
「だからあなたモテないのよ」
「俺がモテない事は関係ないだろ!」
「ちょっと大きい声出さないでよ‥‥‥。ルナリス様、まだとてもお若いのにもう結婚しないといけないのよ」
「なんだ、そんなことか。貴族や王族なら仕方ないだろ」
「しかも、お相手のユリウス様って見た目はカッコいいけど、元々はお姉様であるフェイリス様にご執心だったとかいう噂もあるし」
「なんだか、言い方は悪いけど、何もかもがお姉様の代わりにさせられてる感じで、ちょっとね」
「ふん、くだらん。そんなこと一々下っ端の俺たちが気にする事じゃあない」
ズルズルとスパゲッティを食べる男性達を冷ややかに見て、女性同士で話を続けた。
「貴族や王族の華やかな暮らしも憧れるけど、やっぱり望ましい恋はしたくないわねー」
「うんうん。聞いた話だと、ルナリス様、ほとんど部屋から出て来ないらしいわよ。お付きのメイド達も言ってたけど、部屋の窓からいっつもボンヤリ月見てるって。その顔が悲壮感しかなくて、見てる方も辛かったって」
「やだー。確か西の塔の部屋だっけ? 可愛そー」
「‥‥‥ほほう」
王女様は西の塔。月の見える部屋にいる、と。
中々重要な事を聞けたクナイは、垂れていたヨダレを拭うと、しぶしぶ食堂からこっそり抜け出した。
向かったのは外。バルコニーから城壁へと飛び移り、素手のみで登っていく。
ある程度登った所で、やはり見えない何かが行手を遮っていた。城内にあった境界線と同じ感覚。これ以上進むと何かが起こるという直感。
それ以上は上に登らず、西側へとそのまま壁伝いに移動する。目的の塔はすぐに分かった。
城の上層部から突き出るように伸びた渡り廊下の先に建てられた塔が、夜空に浮かぶ半月の光に照らされていた。
目的の王女の居場所は掴んだ。しかし、クナイの意識はそこに無かった。注視したのはその上。
塔の上に立つ人型のシルエット。
月明かりを浴びるその異形の者が、これ程距離を開けていても危険だと本能が告げていた。
ニイっ、とその人影が笑った。そんな気配を敏感に察知したクナイが取った行動は素早かった。
「ッーーー!」
走る。垂直の壁を地面と同じように駆ける。あの影から離れなければ。急いで。
ほぼ落下するかのように地面へと飛び移り、城から離れようとする。
「おいおい、人の顔見て即逃げるとか傷つくわー。ウチってそんな怖い? んん?」
常人離れしたクナイの逃げに追いつき、頭上から声をかけるは、本当に人間か。
いや、明らかだ。
「いやぁ、退屈してたし丁度いいや。いくら夜行性だからって一人で塔の上に居座らせられるウチの身にもなって欲しいね。ちょぉっとばかし筋肉質っぽいけど、オッケー許容範囲だ」
黒い髪に黒いフリルのついた衣装。少女のような見た目だが、少女どころか人間ではない。背中からは赤黒い、血で形取った醜悪な羽根を生やして浮かび、こちらを見下ろす。
ギザギザとした歯を剥き出しにして愉快そうに笑う異形はクナイへと金色の瞳を向け告げた。
「ケケケッ、夜はまだ長い。遊ぼうぜーお嬢ちゃん!」
正真正銘の化け物にして、十二翼序列一位。
夜の支配者フェンリ・ノズゴートが獲物に襲いかかった。




