#5
ドルヴェンド帝国は大陸の東、荒々しく広がるセビュート山脈の中腹に位置する。レストニア王国とはカドレの森を下に挟み、ちょうど反対側にある。
年中が瘴気に覆われて暗く淀んだこの土地は気候も激しく、雷鳴などはここに住む者にとって子守唄に等しい。
そんな魔族が治めるドルヴェンド帝国の中心である魔城グレマンド、その王の間への巨大な扉が、雷鳴もかくやと言った爆音を立ててこじ開けられた。
「バドゥーク! バドゥークはおるか⁈」
まごうことなき殺気を漲らせ王の間へ突入したのは、全身を赤い毛で覆った大男。獅子の顔に魔族の証である立派な角を額から生やしている。
「ガルドア殿! 誰の許可を得て入ってこられたのだ! また魔王様への不敬! 許されませんよ!」
ガルドアと呼ばれた大男に、臆することなく前に出たのは対照的に小さな矮躯の魔族の女性。長い黒髪に隠されて表情は見えないが、こちらも額にはガルドア程ではないが角が生えている。
「魔王、だと? 魔王を名乗って良いのはゼグルド様ただ一人! 不敬は貴様だ小娘! ワシの前からすぐに失せろ!」
「な、何という愚かな! もう許せぬ! その首を刎ねて二度とその口が開けぬようにしてやる!」
小娘と言い捨てられ憤怒に染まる女性の長い黒髪が、呼応するかのようにざわざわと蠢く。持ち上がった髪から覗くのは、人間にはあり得ぬ大きな一つ目を持つ顔。充血するように真っ赤に染まっていく。
「ほう、面白い冗談だ。ワシを笑わせてくれた礼だ。その目を二度と開けぬようにしてやろう」
ガルドアの全身が揺れる。いや、揺れているのは陽炎。膨大な熱が彼の身体から発生したために揺れて見えるのだ。
それを受けどこからか取り出した彼女のゆうに二倍はある大鎌をガルドアへと振りかぶる。
「抜かせーー」
「やめよオルフェアイ」
その一言で鎌の動きが止まる。ガルドアはそれを見てつまらなそうに熱を下げた。
「バドゥーク様! し、しかし!」
「やめよ。王の間を壊す気かオルフェアイ。下がれ」
「はっ!」
玉座から腰を上げ、ガルドアの前へと現魔王、バドゥークが歩み寄る。ツカツカと、音を立てさせるは身の丈程もある魔杖。
魔族の象徴である角を額左右から伸ばす、希少の二本持ち。
纏う煌びやかなローブとは対照的に、バドゥークは骸のような顔と身体をゆっくりと動かした。
「久しいな、ガルドア。来るならば前もって言ってくれればもてなしの準備もできたのだが」
陰鬱な笑みで見上げるバドゥークを一笑に付し、ガルドアは用件を述べる。
「くだらん。前口上は無しだ。先程発せられた暗黒の魔法、あれからは確かにゼグルド様の魔力を感じた」
「ほう、其方も気づいたか。そうだな、あれは確かにゼグルド様の魔力に間違いないだろうよ」
その返答にガルドアが殺意を隠そうともせず一歩踏み出す。それに反応したオルフェアイをバドゥークが手で制した。
「ならば話が早い。知っていること全て吐いてもらうぞバドゥーク!」
再び陽炎が揺れる。答え次第では命は無いと魔王相手に堂々と態度で伝えていた。
「知らぬ。何もな」
飄々としたバドゥークの答え。部屋の温度が跳ね上がる。オルフェアイですらあまりの魔力と殺気に、感じる熱とは真逆に背筋が凍る。
「嘘偽りは許さぬぞ、バドゥーク」
「嘘も何もないともさ。私の方こそ知りたいくらいだ。だからこそ、其方が来るちょうど前に魔力の発生源、カドレの森の近くに城を構えるノイノラ公へ、至急調査に向かうよう命令を与えたのだ」
バドゥークの真意を図るように、見る者によってはその視線だけで死を覚悟しそうな、鋭い眼光を向ける。
「‥‥‥そうか、ならばそう言うことにしておこう」
殺気はそのままに熱を収めたガルドアは、もう用がないとばかりに踵を返した。
「其方も、向かうのかね?」
「無論だ。隠居のワシが何をしようが問題はあるまい?」
「カカカッ! 王の間の扉を壊したのは問題だがな! 好きにせい。其方はもう帝国軍の者ではないのだからな」
ふんっ、と鼻を鳴らすと足音をならせながら巨体が王の間より去る。扉は開かれたままだ。
「‥‥良いのですか? あのような勝手を許して。いくら元六輝将とは言え目に余る態度です」
「下手に刺激して城を壊されてもかなわん。出て行くと言うのなら喜ぼうではないか。猛獣と言うのは始末に困る。勝手に野で朽ちてくれれば良いのだがな」
ガルドアが去った方向から目を切ると、さて、とばかりにオルフェアイへとにこやかに、と言っても不気味な顔が歪んでしか見えないが、告げた。
「やつが向かうのは計算通りだ。あとはやつが着く前にノイノラがうまく回収できるかだが、いかんせん心配だのう。ヴァインドラを呼べ。外でならば魔装の解放を許そうと。最悪ガルドアとともに森ごと全て消し去ってもらうおうか」