#49
天変地異もかくや、闘技場内は爆ぜた大地が嵐のように舞い上がり視界不良となった。
沈黙が場を包み込む。悲鳴すら上げられぬ想像を絶する光景に皆が震えていた。
これが七王剣。人間の域を超えた怪物の力。
誰もがデュラメスの死を確信していた。この状況で生き残る事の出来る人間などいないからだ。
だが、彼もまた七王剣たる資格を持つ者である。
「うぉぉおおおおおお!」
吹き飛ばされた土煙。水化の魔法でも全ては防げなかったのか、血だらけになりながらも飛び出たデュラメスが力の限りレイピアを振り回した。
普段の優美さなど欠片もない。必死の形相である。
「《冷酷なる海竜群》!」
五頭の竜が放たれる。前方からキリエを囲むように突き進む竜達は更にその姿を変えた。
「《海竜の滅飛沫》!」
全ての竜が自壊する。大量の水が細かい粒に変化し、回避しようもない面による攻撃がキリエを襲う。
大槌を地面に突き立てたままのキリエは、空いている左手を軽く横に凪いだ。それだけで、彼女の最も得意とする魔法はとてつもない規模で発動する。
「ーーー《気焔爆雷》」
ほんの刹那、空が赤い小さな点で埋め尽くされる。それらが全て、向かってくる水弾を打ち消す為のキリエによる空間座標爆破魔法《気焔爆雷》である。
空に展開された全てが同時に爆破し、襲いかかる水弾が一つ残らず打ち消された。爆破の炎と弾ける水が宙を彩り、さながら花火のように咲き散った。
「‥‥‥やるではないか、デュラメス」
まだ空に魔法の残滓が残る光景を前に、キリエはそう呟いた。
背後に向けて。
「くッ‥‥‥」
最後の力を振り絞った奇襲。大規模魔法を囮にした背後からの刺突は、振り返る事もなくキリエに大槌の柄で止められていた。
「誇れ。お前の魔法の色彩はとても美しかった」
首だけを背後に向け、虹の魔眼が敵意ではなく敬意を表しデュラメスを捉えた。
「《気焔爆雷》」
小さな爆破。だがその一撃は水化したデュラメスの核を的確に揺さぶり意識を奪った。
「‥‥‥あぁ、うつく、しい」
消えゆく意識の中で、凛として佇むキリエに最後にそう呟くと、地に倒れ動きを止めた。
「し、試合終了ォォォオオ! 勝者! キリエ・ジュナルだァァァアア!」
一拍遅れて会場に歓声が沸き起こる。特にそれらに対し感慨もないキリエは、しかしいつもの相貌を崩し、倒れ伏すデュラメスに微笑んだ。
「ただの優男かと思ったが、中々骨のある奴じゃあないか。ーーーようこそ、七王剣へ」
振り返る事なく前だけを向き、キリエは淡々と闘技場を後にした。
「いやー、いいもん見れたねー。"破壊神"の異名に偽りなし! 聖槌グランマインの豪快さと、反して緻密さの必要な空間座標魔法を操る人間離れした技。まさに七王剣ってわけだねー!」
スタンディングオベーション。大きく拍手しながらリイフォが感想を述べた。
「とんでもねぇな。こんなのが七人もいるのか」
「いやぁ、彼女は七王剣の中でも完全な武闘派だからねー。何より、あの虹の魔眼。魔法に関する構造を色彩として暴く反則持ち。そして得た情報から的確に魔法を破壊するセンス。麗しき戦乙女ってやつさー」
グビグビと、残っていたワインを豪快に瓶飲みし終えると、リイフォは空き瓶をにっこりと貴族のおじさんに手渡し会場を去る。
「対戦相手のデュラメスってのも十分化け物だったけどな。あれでも手も足も出ないとは」
一歩後ろを追従しながらニックも上機嫌なリイフォに感想を伝えた。
「まあ、まだ聖武器を授与されてないしねー。アレがあるだけでまた違う展開になってたかなー。と言ってもワンオフの品だから作るのに半年くらいかかるらしいけどねー。神樹の素材とか使ってさ」
リイフォが通りを歩く。すれ違う人達が男女問わず立ち止まり振り返る。そんな事を全く気にしない二人は指定された取引場所へと向かっていた。
「さあて、そろそろちゃんと仕事しないとねー」
「普通の人間は仕事の前に酒を飲まないがな」
ニッコリと、向けられただけで蕩けてしまうようは笑みを見せてリイフォは誤魔化す。
「笑ってもダメだ。さっさと行くぞ」
それに対して何の反応も見せずニックが急かした。
「ちぇー。まあ、まだまだ楽しい事が起きそうだし。退屈はしなさそうだねー」
「‥‥‥お前のそういった予感は外れないからな」
今朝別れたとてもとても愉快なメンバーを思い起こす。
「期待してるよーシグっち」
「へっきしょい!」
「シグ殿、風邪っスか?」
大きなクシャミをしたシグにクナイが問いかけた。鼻を擦りながら首を傾げるシグ。
「いや、ここ半年くらい病気になってない。というかならないからなぁ」
「自分、生まれてこの方病気にかかったこと無いっスよ!」
「あー」
えっへん、と自慢げなクナイに三人は同じ事を考えたが言わないでおいてあげた。
「それで? こんな人気のないとこにコソコソ隠れてどうしようっての?」
ようやく姿を出せたディーネ。少し不満げである。
「とりあえず、下調べも無しにいきなりは城に入れないからね。数日かけて潜入ルートを決めようかなと」
「あなたここ出身でしょ? 分からないの?」
「俺は貴族じゃないよ。城に用事なんてないから分かりません」
ふーん、と興味なさそうに呟き欠伸をする。
「シ、グ。どう、調べ、るの?」
「とりあえず、マナとクナイは安全な場所に居てもらって、俺とディーネで城の近くから調べていこうかなと。気配遮断があるし、少しでも中に入れればいいけど」
マナの瞳がシグではなく何処かへと向けられる。辿るとその先には王城の一部分だけが覗けた。
「それ、は、無理」
「‥‥‥どうしてだい?」
否定の言葉に疑問を投げかける。危険だからという事だろうか。
「城、に、結界。薄い、けど、探知、系。おそ、らく、人間以、外に、反、応」
「それは‥‥‥気配遮断も関係なく?」
頷き肯定する。なんとも面倒な事になってしまった。ならばあまりしたくはなかったが、一発こっきりぶっつけ本番で突入するしかないのか。だが、危険が大きい。
「はいはいはーいっス!」
「なんでしょうかクナイさん」
思考に入り込もうとしたが、元気よく手をあげるクナイに吹き飛ばされた。仕方ないので発言を許可する。
「ふっふっふ、みなさん自分の事忘れてないっスか? 自分はシノビっスよ、こういうコソッとする事が大得意のシノビっスよ?」
「ああ、確かにそんな話もあったなぁ」
「うわ興味なさげ! いやいやいや、自分にここは任せて欲しいっス!」
ドンっ、と真っ平らな胸を叩き自信満々の顔をする。
果てしなく不安だ。実力の程は十分すぎるくらいに身をもって経験したが、それと今回の潜入は話が違う。
「いや、でもなぁ。潜入ルートとか、目的地がどこにあるかとか、色々調べるんだよ?」
「大丈夫っス! あれっスよね、お姫様を暗殺すればいいんスよね?」
「全くもって分かってなかった!」
頭痛が痛い。誤用ではなく、本気で。
「で、も、適、任。クナ、イしか、いな、い」
「師匠ぉー!」
マナの言葉に犬のように反応し飛びつく。尻尾があればブンブン振っていただろう。
「いや、でもな‥‥‥」
「いいじゃない。本人がやりたいって言ってるんだから。流石にこの子もおつかいくらいは出来るでしょ」
「うーん‥‥‥」
マズイな、三対一になってしまった。クナイの力を疑う訳ではない。ただ、とてつもなく危険だ。いくら力があろうが、クナイは人間である。怪我もするし、死ぬ事もあるのだ。
唸り悩むシグを他所にマナがじっとクナイを見つめる。
「クナ、イ」
「はいっス! 何っスか師匠!」
「約、束。怪我、しな、い、無理、しな、い。必、ず生き、て、戻る。出来、る?」
「‥‥‥了解です! 必ずや!」
マナから身体を離し、まるで騎士の宣誓のように主人に膝をつくクナイ。それを受け、マナはチラリとこちらを見た。
「分かったよ‥‥‥クナイを、クナイを信じてるマナを、信じるよ。頼む」
「お任せあれっス!」
ビシっ、と親指を立ててキメ顔をするクナイ。
でもやっぱり不安だなぁ、と今更撤回出来ないシグは一人モヤモヤとするのであった。