#48
「それでは、式を楽しみにしておりますよ次期国王」
「ええ。わざわざおいでくださりありがとうございました」
城内の謁見の間には連日、レストニア王国と交流のある諸国の代表らが挨拶とお祝いの品を持ってやってきていた。
今回の式の主役とも言えるユリウス・ディエライトはそういった者達の応対に勤しんでいる。
「流石に疲れてくるな。このように下手な愛想を振りまくより、やはり私には戦闘が向いているのだろうよ」
「いえ、そのような事はございません。軍力もさることながら、ユリウス様は外交も得意とされておりますゆえ。諸国代表達も皆ユリウス様の対応に好感を持たれているようお見受けしております」
愚痴を吐くユリウスに、側に控える女性がそう淀みなく答えた。
「君がそう言うのであれば、少しは自信が持てるな」
「いえ、差し出がましい真似をしてしまいました。申し訳ありません」
どこまでも真面目に受け答えをする彼女、ユリウス直轄の十二翼にして秘書のような役割もこなすラシエル・コリーサに苦笑する。
「それで、次は誰と会って話せばいいのかな?」
「次の予定に進む前に、先程、こちらに入国したばかりのギャングルイ国の代表、リィース・フォー・グラニエル女王様がお祝いの品をご持参されたのですが」
ラシエルの言葉に眉根を寄せ目を細める。
ギャングルイ国はふざけた成り立ちの国ではあるが、大陸でも唯一レストニア王国と比肩する程の力を持つ大国だ。この国とも太い貿易のやり取りをしている。
「‥‥‥そうか。仕方ないが、先にお会いしておこうか」
流石に後回しには出来ない人物だ。何を考えているか分からない掴み所のない御仁であると聞く。また、こういった堅苦しい式典には一切参加しないとも聞いていたのだが、来てしまったものは仕方がない。
覚悟を決めたユリウスにラシエルが淡々と告げる。
「大剣覇祭のエキシビションが始まるからと、お祝いの品だけ置いてもうお帰りになられました。おめでとうと伝えておいてくれ、と伝言を残して」
「‥‥‥‥‥そうか」
あまりに代表らしからぬ行動だが、あの国ならさもありなん。
ユリウスは何とも言えないもやもやを振り切るようにラシエルに予定通り次の謁見者を通すよう命じた。
「いやぁ、こんなに人が多いとはねー。おじさんみたいな親切な人がいなかったら入れなかったよ。あ、どうもー」
ドレス姿のままのリイフォは闘技場の貴族特別席に同伴という形で入ることが許された。もちろん同伴を許可してくれた貴族とは初対面である。
隣に座る件の初老の貴族がデレデレとリイフォにワインを注ぐ。何とも奇妙な光景である。
貴族のお抱えの執事達もどうしたら良いのかオロオロしていた。
「うーん、この国のワインも中々だね。お酒の仕入れも広げようか」
「やめておけ。勝手な事をしたらサキに殺されるぞ」
貴族とは反対側に立ち控えるニック。落ち着き払い、凛とした立ち姿は同業者であろうメイド達の目も奪っていた。
「さてさて、一戦目の方は終わってたから見れずに残念だったけど。七王剣のキリエ・ジュナルと昨日の優勝者のデュラメス・パラノインかー。楽しみだねー」
グラスを傾けるリイフォの視線の先、闘技場の舞台へとエキシビション二戦目であり、大剣覇祭の最後となる戦いの主役達が姿を現した。
「‥‥‥‥‥‥ちっ」
闘技場の中心で、上階にある観客席を見た後、面白くなさそうに舌打ちをした。特別観覧席には同僚である七王剣のメンバーがほとんどいたが、やはりそこにユリウスの姿はない。
試合相手であるデュラメスを目前にしても意識はまだその事で一杯になっていた。
「初めまして。キリエ・ジュナルさん。今日はよろしくお願いしますね」
「ああ、よろしく。名前は‥‥‥何だったかな?」
心ここに在らずと言った様子のキリエに対し何を思うのか。デュラメスは言葉は返さず微笑してレイピアを構えた。対しキリエは特に構えもせず棒立ちのままだ。
「それでは大剣覇祭、エキシビションマッチ第二戦! 現七王剣、キリエ・ジュナルと新七王剣の座を得たデュラメス・パラノインの試合を開始いたします!」
魔法により増幅された審判の声が闘技場中に響き渡る。湧き上がる観客の声援を受け、デュラメスが先手を取った。
素早い連撃。レイピアの刺突が無数に繰り出されキリエへと襲いかかった。
「‥‥‥中々速いな」
そう呟きその全てを躱しきるのは流石は七王剣といった所か。後退など一切せずに横の動きのみで躱している。
「これで終わりか?」
背負った武器を構えすらせずに挑発めいた言葉を投げかける。それを受け、キリエとの距離をとったデュラメスは華のように笑った。
「素晴らしい! 無駄のない動き、華麗なステップ! やはり戦いは美しくないと! 貴女は全てが美しい!」
「なっ‥‥‥変な男だな貴様」
美しいと言われ満更でもないと照れるキリエを他所に、デュラメスが魔力を練り上げる。
「ボクの美しさでもって貴女を打倒しよう」
レイピアに込められた魔力が刻まれた魔法式により変換される。刀身を中心に渦巻くように水流が生じた。
「さあ僕を魅よ! 《麗しの水飛礫》!」
離れた距離から繰り出される刺突。先程と違い、刀身から同時に放たれるのは水の弾丸。
これが昨日の試合でも行われた刀身以上のリーチの正体である。
魔法により強化された水弾は鎧すら貫通する威力を持つ。それが刺突の数だけ無数に放たれた。
キリエを襲う土砂降りのような水弾達。キリエだけでなく地面や、背後の壁にも打ち当たり破砕音をまき散らした。
安全の為、魔法による強固な結界が観客席を守っているとはいえ、目の前で弾ける水弾の威力に悲鳴が上がる。
無論この程度で終わる相手だとは考えていない。土煙を上げる場所に手を休めることなく攻撃を続ける。
「僕の美技に心震えておくれ! 《慈悲無き穿雨》!」
レイピアをまるで指揮棒のように振り、今度は上空に水雲を発生させた。闘技場の半分を覆う雲から、怒涛の勢いで水弾がキリエへと降り注いでいく。
スコールのような激しさで放ち落とされた水弾は観客の悲鳴すら搔き消す程。
今までの試合では使われなかった大威力の魔法を前に、さしもの七王剣も倒れたのではないか。いや、もしかしたら死んでいるかも。そんな雰囲気が会場を包んだ。
「‥‥‥合格だ。名前を聞こう、新人」
誰もが息を飲んだ。土煙の中から現れたキリエの姿は傷どころか汚れすらなく、威風堂々と仁王立ちしていた。
キリエの鋭い眼光は奇妙な虹色に移り輝き、デュラメスを射抜いていた。
「素晴らしい‥‥‥ボクはデュラメス・パラノイン。この世界で一番美しく戦う者だ」
「やはり変わった奴だな。覚えたぞデュラメス」
「それは光栄。抱きしめさせてくれ! 《水籠の抱擁》!」
デュラメスが優雅にレイピアを振るう。
キリエの足元、豪雨に濡れ穿たれた地面から水が吹き出ようとする。
「《気焔爆雷》」
キリエの呟きとともに、足元の地面の一部が爆破した。威力も低い、ましてや自分の近くへの攻撃。
だが、たったそれだけでデュラメスの魔法が不自然に止まった。吹き上げかけた水が再び地面に吸い込まれ消える。
魔法を消滅させられた焦りを決して表には出さず、デュラメスは次なる攻撃を仕掛ける。
「‥‥‥《冷酷なる海竜》」
今までの素早い突きとは違い、タメから放たれた力強い刺突。水弾よりも大きな水の槍が竜のようにキリエへと襲いかかった。
「《気焔爆雷》」
先程と同じ魔法。同じく小さな爆発が竜の一部で弾けた。たったそれだけで、大きな水竜が連鎖的に威力を失い、崩壊。
キリエへと届くことなく、地面に水の跡を残して消滅した。
「一体何を‥‥‥」
「先程のクロウの試合。互いに傷だらけになりながらの決着だったな。観客は喜んでいたが七王剣のエキシビションとしては落第だ。まあ、あいつは自分が傷つくのが好きな癖もあるが」
デュラメスの問いには答えず、淡々とクロウの試合の批評を述べるキリエ。
ゆっくりと、背中の武器を遂に手に取る。
「本来のエキシビションの意味は、新人に、また国民に、七王剣という者がどういう存在なのか叩き込む為の儀式だ。クロウの代わりに私がそれを行おう」
七色に移り輝くキリエの瞳がデュラメスを捉えた。
「小手調べだーーー《気焔爆雷》」
「ぐッ⁈」
今度は直接デュラメスの身体を爆破した。弾ける肉体。だが、血潮は吹き出ず、デュラメスの身体は水となりダメージを無効化する。
「よし、大体この程度だな。ーーー死ぬなよ」
何かを確かめ終えると、手に持った武器をゆっくりと持ち上げた。掲げられるキリエの武器。それは巨大な槌であった。
聖槌グランマイン。七王剣、キリエ・ジュナルに与えられた彼女専用の聖武器。
その力は単純明快。
「《爆轟破砕の重地雷撃》!」
力強く振り下ろされた大槌。叩かれた地面が打ち震え、魔法は成る。
デュラメスを中心に、地面に巨大な魔法陣が浮かび上がる。それも一つではない。闘技場を覆い尽くしてしまう程無数に描かれ重なり、魔法の発光が全てを輝き照らす。逃げ場など無い。
「爆ぜろ」
人間の視覚と聴覚の受容量を超えた光と音と振動が、闘技場だけでなく外にいる者達へも照らし轟いた。




