#47
「そんじゃ、アタシ達はお祝い品届けなきゃだからここでお別れだね」
入国後、王城が見え始めた所でリイフォ達と別れる。彼女達は馬車でそのまま王城まで行き、お祝いの品を献上しに行くそうだ。
「どうせ城に用があるなら乗っててもいいんだけどねー」
「いや、流石にちょっと。これ以上迷惑はかけられないですから」
シグの断りにとても残念そうに唇を尖らせるリイフォ。それをニックが窘めた。
「困らせるんじゃない。ありがとうな、この二週間こいつの相手をしてくれて」
「いえ、お礼を言うのはこっちですよ。本当にありがとうございました」
「‥‥‥お前達が何をするかは分からないが、がんばれよ」
「また会おうねー! 用が終わったらまたギャングルイ国に来なよ! 大歓迎だからねー!」
荷台からブンブンと手を振るリイフォ。馬車はゆっくりと王城へと進んで行った。
シグ達も、二人が見えなくなるまで手を振った。
「愉快な人だったね」
「まあ、あの国の人なんだから当然でしょ」
シグの言葉に、胸中から返事が返ってきた。流石にディーネの姿は目立つので、ペンダントの中に引っ込んでもらっていた。
「‥‥‥次、は、勝つ」
最後に勝ち越されたマナが珍しく心情を吐露した。意外に負けず嫌いな性格かもしれない。
「餞別にトランプ貰ったっス! 後でみんなでやりましょうっス!」
ついでに貰ったトランプを嬉しそうに掲げるクナイ。結局旅の間シグと最下位争いしかしなかったが、それでも楽しそうにプレイする様子は眩しかった。
「ははは、その前に落ち着ける場所を探さないとね」
「私は少し寝ておくわ。どうせ外見れないし。また後でね」
そう言ってディーネの気配が薄れた。意識を落としたのだろう、物言わぬペンダントが揺れる。
この国に来た目的。それを成す為にはまだ動けない。日が沈むまで目立たない所に潜もうと考えるシグは、マナとクナイを連れ記憶を頼りに移動を始めた。
国の中はどこもかしこも人だらけであった。大剣覇祭のエキシビション当日であり、また王女の結婚式も控えているため、レストニア王国は外部の人も多く入ってきているのだ。
ザワザワとした喧騒。歩くだけで人とぶつかりそうになる。小さな二人を庇いながらシグは進む。
「すごい人混みっスね! 全然前に進めないっス! 師匠抱えて跳んで行っていいっスか?」
「目立つからダメだし、行き先知らないでしょ」
「う、う‥‥‥酔、う」
誰もこちらを見ることはない。外部の者が多いため、余所者であるという事が目立たないのだ。これはシグにとってとても助かった。
皆、とても幸せそうだ。笑顔がそこらかしこに満ち溢れ、とてもとても眩い。
幸せ。幸せ。幸せ。
かつて自分もそちらの輪にいたはずの。
見慣れた街角。よぎる母と二人の息子の影。幻だ。かつて確かにあった遠い記憶。
「わー! すっごく美味しそうな匂いっス! 屋台が沢山っスねお腹空いたっスね食べませんかっス!」
「クナ、イ、だ、め‥‥‥シ、グ?」
よくみんなで買い物に来た商店街。兄と一緒に来たことも、一人でおつかいをした事もあった。
あの頃の町の人達はとても暖かくて優しくて、まるで家族が沢山いるかのようだった。
毎日が幸せで、幸せで幸せでーーーそれがどうして逆転してしまったのかーーー
燃える風景。もちろん幻覚だ。身体が灼ける。幻覚だ。眼球は乾き視界は揺れる。幻覚だ。町の人々の憤怒の顔、罵声、暴力。幻覚。倒れ焼け死ぬ母。幻覚?
違う、現実だ。現実にあったのだ。
「シ、グ!」
「師匠? シグ殿?」
蛇が笑う。黒い双子の蛇が囁く。長く細い舌を出して甘い甘い誘惑を仕掛けてくる。
殺そうよ、殺そうよ。
愉快に痛快に、みんなを踊り狂う道化師にしてしまおう。その踊りで幸せを分けて貰おう。もがき苦しみ醜悪な顔で、甘美な悲鳴を聞かせて貰おう。
蛇は剣。毒の滴る悪の魔剣。嗜虐の魂に憎しみは共鳴する。
ほら。ほらほらほら。魂を解放しよう。やりたい事をやろう。その為の毒ならここにたくさんーーー
「よっ、お兄さん! しけたツラしてるね! 採れたてのリカンの実でもどう? 元気でるよ!」
ぬっ、と世界が戻った。眼前に突き出た女性の顔に驚き足を止める。そのせいで背後にいたクナイにぶつかってしまった。
「おぷっ!」
「ご、ごめん、大丈夫か?」
「へ、ヘーキっス」
顔を抑えるクナイ。どうやら鼻が背中にぶつかってしまったようだ。同じく背後にいたと思っていたマナはいつのまにか隣に並んでいた。
「おっと、お嬢ちゃん達もどう? リカンの実美味しいよ! 剥かなくてそのまま皮ごといっちゃえるから。ほらほら」
「がぶりんちょ。もぐもぐ‥‥‥むっ! めちゃくちゃうまいっス!」
口元に差し出されたリカンの実に躊躇なく食いついたクナイが感嘆の声をあげた。
マナも受け取るとカリっと一口食べた。
「‥‥‥おい、しい」
「でしょ? ほら、お兄さんも」
「あ、ああ」
記憶が蘇る。この女性は、たしかシェミさん。この行商区でも人気の店主だ。笑顔で少し強引に押し付けてくるリカンの実。昔もこんな風に彼女に何かを貰った事もあった気がする。
「‥‥‥うん、とても美味しいです」
「そいつは良かった! いい感想をくれたお礼! ほい!」
紙袋に残っているリカンの実を、袋ごと渡された。
「え、いや悪いですよ。せめて代金を」
「気にしない気にしない! 元気が出ない時は美味しいモノ食べてよく寝る! これは久々に来た君へのサービスさ! それじゃあね!」
「あっ」
「ありが、とう」
マナのお礼にウィンクし、止める間もなくシェミさんは人混みに消えていった。渡された袋の中のリカンの実はどれも艶々としていて立派だ。
「代金くらい払いたかったけど‥‥‥相変わらず元気な人だ‥‥‥」
「食べていいっスか⁈ まだまだお腹ぺこぺこっス!」
「そうだね、ついでに何か買っていこうか。折角だし」
「やたー!」
はしゃぐクナイに苦笑しつつ、何があるか見渡す。
ふと、シェミさんとの会話に違和感があった気がしたが、マナの手を引いて走り出したクナイを追いかける為にすぐに消し飛んだ。




