#46
「いやぁ、やっと着いたねー」
きっかり二週間。ギャングルイ国から出発し、馬車の旅は目的のレストニア王国へたどり着く事で終わりとなった。
目の前には国境の代わりとなる巨大な壁が先が見えない程に両方へと伸びていた。現在は開放されっぱなしの大きな門の前に長い行列が出来ていた。
「やっぱりお客さん多いねー。折角着いたけど、中に入るにはまだまだかかりそうだ」
リイフォはそう言って馬車の荷台の中に寝転んだ。
「アホ。今のうちに着替えてろ。あの服は着替えだけで時間かかるからな」
外から馬の手綱を握っているニックの声。うへぇ、と嫌そうな顔をしたリイフォは仕方ないと立ち上がり、荷物で散らかる荷台の中から衣装をなんとか取り出した。
「‥‥‥立派なドレスですね」
上級貴族でしか着る者のいなさそうな豪奢なドレス。高価なモノをあまり見ないシグにもそれがたいそう立派なモノであるのが分かるくらいだ。
「あー、まあ高いだけだよ。普段こんな着にくいは動きにくいは窮屈だはの服着ないけどねー。よっと」
「ちょッ⁈」
いきなり目の前で服を脱ぎ出したリイフォに慌てる。だらしない格好にものぐさな性格をしている為普段は意識しないが、リイフォはスタイルがとてもいい。そんな彼女の豊満とも言える肢体が惜しげもなく晒される。
「ん? どうしたのシグっち?」
「そ、そそ外に出てますんで!」
脱兎のごとく荷台から姿を消す。はてな、という顔をするリイフォはそのまま着替え続けた。
「あんまりウチの純情な男の子をからかわないで欲しいわね」
ジトーっとした目でディーネが苦言を呈した。
「あぁ、シグっちも男の子だもんね。こいつは失敬。お見苦しいものを見せちまったぜー」
「なんか無性に腹立つわね。そのスタイルで言われると嫌味にしか聞こえないわ」
「‥‥‥大、きい、方が、喜、ぶ?」
「やめなさいマナ。見てるこっちも虚しくなるわ」
スカスカとした胸に手を当てるマナにディーネが溜息をついた。
「あー、ビックリした」
「すまんな、シグ。あいつはいっつもああなんだ。あんまり自分の見た目に頓着しないやつでな」
荷台から飛び出たシグにニックが謝罪した。
「ニックさんも苦労してそうですね」
「苦労しかしてない気もするな」
「ははは。でも、一緒にいて楽しそうですよ」
そう言って笑いかけると、ニックも少しだけ口元を緩めた。
「ふ‥‥‥否定はしない。おい、リイフォ! 着替え終わったか?」
荷台からはまだドタバタと音が聞こえていた。着替えるだけなのになぜこうも騒がしいのか。
「だー! もうちょい! クナイちゃん、もっと強く巻いて!」
「こうっスか⁈」
「あだだだだだ! そ、そうそんな感じありがとう!」
「‥‥‥大変なんですね、女性の着替えって」
「大変なのはここからだよ。今から化粧してやらないといけない」
「化粧って、ニックさんが?」
「ああ。俺もやりたくはないが、あいつは女のくせに全く出来ないからな」
そう言うとニックは荷台に入っていった。料理もでき、女性の化粧も行うとは、本当に何でも出来そうな人である。
「‥‥‥また、戻ってくるなんてなぁ」
そびえ立つ壁の向こう。まだここからでは国内の様子は窺えないが、それでもシグの脳裏にはありありと浮かぶ。
「大丈、夫?」
「うわっ、ビックリした」
気配なく近づいてきたマナに驚いた。相変わらず感情の読めない表情だが、こちらを覗く瞳は全てお見通しなのだろう。
「多分、きっと、大丈夫、かな?」
「はっき、り、しな、い」
「ごめんね。自分でもよく分からないんだ。生まれ故郷に対して、懐かしみもあれば、それでは収まらない感情も確かに渦巻いてるから」
「‥‥‥そう」
チロチロと、先程から黒い双子の蛇が、舌を出して嬉しそうに笑っている。
それに気づかないフリをして、シグはマナの頭を撫でた。
「よし、完成だ」
「す、すごい‥‥‥」
荷台の中には絶世の美女と言っても過言ではない程に変化したリイフォがいた。
いや、元から美人だったがドレスと化粧でこうも更に高まるとは驚きである。
「お姫様みたいに綺麗ですよ」
「はははー、そいつはどうもねー」
「身なりはキチンとしとかないとな。すんなり入国できん」
化粧を施したニックもまた衣装が変わっている。貴族お抱えの執事のような様相である。
「ニックさんも、なんというかその格好の方がしっくりきますね」
「それは、褒めてるのか?」
自然と出てしまった言葉にニックは微妙な顔をした。
「あははは! シグっちもそう思うでしょ? アタシもいつもその格好でいて貰いたいんだけど嫌がるんだよねー!」
「ふん。お前だって毎日その格好は嫌だろ?」
「まあねー」
しかめっ面をするニックと本当におかしそうに笑うリイフォ。
荷台の中は散らかっていたが、それでもこの二人がいるとここが急にお城の中のような雰囲気を醸し出す、なんとも不思議な感覚だ。
「さて、もうちょい入国までかかりそうだけど、先にシグっち達にいいモノをあげとこう」
そう言ったリイフォに阿吽の呼吸でニックが何かを手渡した。それは小さな二つの箱。
「はいどうぞ。こっちはマナちゃんのね」
「え、っと。これは?」
「ま、開けてみてよ」
リイフォに促され箱を開けるシグとマナ。
箱の中にはこれまた小さな円状のガラスのようなものが二つ収まっていた。色は薄い茶色。
「これはねー、あんまり流通してないんだけど、コンタクトレンズって言う目にはめるものなんだー」
「目に、ですか」
手に取ると、とても薄い。少しカーブした形になっている。
「そそ。流石に赤い目は目立つっしょ? それをはめたら色を誤魔化せるんだー」
「なるほど‥‥‥」
試しに付けてみる。目にモノを入れるというのが初めてだったので悪戦苦闘したが、なんとか両目にすっぽりと収まった。
隣のマナはシグよりも早く付け終わっており、色の変わった瞳でシグをじっと見つめる。
「‥‥‥茶、色に、なってる」
「おおぉ、すごい。マナもなってるよ」
「うん、バッチリだねー! あとは、この帽子でも被って〜、よし、これならコソコソしなくてもまあ大丈夫でしょ? これで不法入国はしなくて済むよー」
シグの頭に帽子を乗せてニッコリ笑うリイフォ。
「あ、ありがとうございます。なんというか、本当に何もかもがお見通しなんですね」
本来なら、国に入る前にリイフォ達と別れてこっそり侵入するつもりだったのだが。
「何もかもは無理さー。さて、まだ時間あるし暇つぶしにトランプでもしてよっか。68戦34勝34敗! 今日はマナちゃんに勝ち越すぞー!」
「自分、今日は七並べやりたいっス!」
「あなたも懲りないわね。シグ、代わりにカード持ってよ」
「よしよし、みんな集まれー!」
嬉しそうにトランプを取り出しシャッフルする。見た目はお上品になったが、やはり中身は変わらなかった。
輪を作りワイワイと楽しむ。旅の休憩中に良く見られた光景だ。それも今日で最後。
こうして、リイフォ達との最後の団欒が行われた。