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Dark Brides −斯くて魔王は再誕せり−  作者: 入観ねいと
第5章 王都動乱 漆黒の花嫁
44/100

#44


「嫌っスー! 師匠について行くっスー!」


そう言ってマナに引っ付いて離れないクナイにどうしたものかと考える。

場所は既にギャングルイ国の外。起きないクナイを馬車に乗せ、出国してからも日が高く昇るまで目を覚まさなかった。

途中の川辺で昼休憩を挟んだ頃にようやく目覚めたクナイに、シグは遠回しにお別れを告げたところこの調子である。


「いや、でも君も何かしら目的があって旅してるんじゃないのか?」

「前にも言ったっスけど、自分単に里を追い出されただけで目的とか何もないっス」

「じゃ、じゃあ何とか里に戻るとかは? そろそろ里の人も寂しがってるんじゃ」

「嫌っス! どうせ自分いなくなってみんな清々してるっス! こっちからも願い下げっス!」


ああ言えどもこう言う。ラチがあかない。少し離れた所でニックが昼食を準備し、リイフォはまだ昼というのに酒を飲んで楽しそうにこちらを見ていた。


「どうしたものか‥‥‥」

「シグ、が、決め、て」

「私は知らないわよ。勝手にどうぞ」


助けを求めても二人からはお任せすると一言返ってくるだけだった。


「あー、分かった。俺達にどうしても付いてくるって言うのなら、君が付いてくるに相応しい力があるか見せてくれ」

「ち、力っスか」

「ああ、そういえばあなたシノビ? だとか言ってたわよね。約束通りその力見せてちょうだいよ」


昨日の事を思い出し、ディーネがワクワクした様子で話しかけた。対するクナイは少したじろぐが、覚悟を決めた表情でシグに向き直る。


「分かったっス! 忍法は少し苦手っスけど、披露させていただくっス!」

「ニン、ポウ?」


聞き慣れない言葉とともにクナイが両手を合わせシュバババと動かす。よく分からないが何かを見せてくれるようだ。


「忍法! 《分身の術》!」


ボワッと煙が生じたかと思うと、目の前にいたクナイが二人になっていた。


「おおっ! おおぉ?」


すごいと思ったが、二人になったクナイをよく観察すると一人は顔面を手酷く殴られたかのようなブサイク面で、身なりもなんだかボロっちかった。


「ふっふっふ、どうっスか。どっちが本物か分かるっスか?」

「いや、どう見てもこっちが偽物だよね」


酷く似てないクナイモドキを指差すと二人のクナイが身体を仰け反らせ驚きを表す。シンクロしてる分余計に気持ちが悪い。


「な、なんと! これを見破るとは流石っス!」

「えぇ‥‥‥」


こちらの不安げな雰囲気を察したのかクナイが慌てて分身を消し、次の忍法を披露した。


「じゃ、じゃあ次っス! 忍法《変化の術》!」


またもや謎の煙がボワッとクナイを包み、晴れたそこには人ではないシルエットが見えた。


「こ、これは‥‥‥猫、なのか?」

「ふっふっふ、その通りっス! どうすっか、完璧な猫に変化したっスよ!」


確かに、猫と言われれば猫だが明らかに不自然な点が。


「何で頭に白髪のカツラ被ってるみたいになってるんだ?」


どう見ても人間の髪、というかクナイの髪の毛がそのまま乗っかってしまっている。そのせいで可愛らしいはずの猫がなんだか君の悪い合成モンスターのように見えてしまう。


「うぅ‥‥‥うわぁぁぁぁぁあん!」

「うおっ⁈」


煙とともに元の姿に戻ったクナイが泣き喚きながら地面に伏せた。まるで昨日の巻き戻しだ。


「やっぱり自分なんて何の役にも立たない落ちこぼれっス〜〜〜! 誰にも必要とされない動く生ゴミっス〜〜〜! うわぁぁぁぁぁあん!」

「あーあ、泣かせちゃった」

「シグ、デリ、カ、シー、ない」

「俺が悪いのか‥‥‥」


女性陣からの批判を受けたシグは、諦めのため息をつくとクナイに話しかけた。


「クナイ、君のニンポウ? ってのが難しいのは分かった。じゃあそれ以外で俺に実力を示してくれ」

「ひっぐ‥‥‥に、忍法以外で、っスか?」

「ああ。なんでもいいから、俺に参ったと言わせたら付いてくるのを認めよう」

「ほ、ほんとっスか⁈ で、でも‥‥‥」


一瞬輝いた笑顔がすぐに曇った。クナイはおそらく自分に自信がないのだろう。ならばここは年上としてうまい具合に彼女に自信を持たせつつ認めてあげよう。


「そんな事言って大丈夫なの?」

「問題ないさ。仲間が増えるのも、それはそれで楽しいものだと思うしね」

「ま、あなたに任せるわ。どうなっても自己責任よ」

「クナ、イ、がん、ば」


ディーネも言葉こそツンケンしているが、クナイが付いてくる事に関しては嫌がっていないようだし、マナは応援さえしている。

二人からの許可も得たので、自分の言葉を撤回する必要はない。

誰からも必要とされないというのは、とても悲しい事だからなあ、という思いを内に秘め、シグは決意を込めてクナイに発破をかけた。


「さあ! 全力でこい!」

「う〜〜〜、分かったっス!」


もじもじとしていたクナイが覚悟を決めた。

お互いに徒手空拳。こちらは素手で戦う作法など知らないが、クナイの方は心得があるのか構えを取る。

格闘技の心得があるならば、数発受けた後に適当なところで参ったをすればいい。思ったよりも簡単に済みそうだと思考していたシグはーーー


「あれ?」


視界から消えたクナイに驚く間も無く宙を舞っていた。


「はあッ!」

「ぐおッ⁈」


空を仰ぎ見る背中に強烈な痛み。更に身体は宙へと昇る。

遅れて両脚のふくらはぎにも痛みがある事に今更ながら気付いた。おそらくクナイが背後に回り込み、ふくらはぎを蹴っ飛ばすことで浮かした身体を、間髪入れず蹴り上げたのだ。


「うッそーーー」


嘘みたいな状況であるが、全てクナイがやった事だ。身体は最高地点まで昇ると、ぐるぐると回りながら落下を始める。

回る視界には地面でこちらと同じように回転運動をしているクナイが途切れ途切れに見えた。


「いくっスッ! テヤァァァアッ!」


地面に頭からあわや激突のほんの一瞬前に、回転を加えて威力を上げたクナイの拳が鳩尾に的確に叩き込まれた。


ーーーパァァァアンッ!


風船が割れたかのような破裂音。破裂したのは風船ではなくシグの身体だった。

グチャリと木っ端微塵になった肉片が午後の麗らかな陽気の下に散らばった。


「‥‥‥あ、ああッ⁈ またやっちゃったっス〜〜〜! 申し訳ないっス〜〜〜!」


拳を振り抜いて残心を終えると、我に返って土下座を決めるクナイ。そんな懺悔に物言わぬはずのシグが顔をひきつらせながら答えた。


「い、いや‥‥‥大丈夫だから、謝らないでくれ。参った。本当に参った」

「あ、あれ? 自分確かにシグ殿を取り返しのつかない感じにしちゃった気がしたっスけど‥‥‥あれ?」


土下座したまま顔だけを上げて不思議そうに首をひねる。

少し離れた場所でもクナイと同じように頭を悩ませている者が一人いた。


「‥‥‥なあリイフォ。俺は今シグの身体が木っ端微塵になったように見えたんだが、もしかして俺疲れてんのかな」

「昼間っから白昼夢でも見たの? だめよー、休憩したらまたすぐ出発するんだからさー」

「だよな‥‥‥少し横になってくるわ」

「いってらー」


目を何度も揉みながらニックが馬車の荷台に姿を消した。リイフォは変わらず酒を飲み続けた。


「とりあえず、クナイの力は分かった。付いてくることを認めるよ」

「ほ、ほんとっスか⁈ やったーーー!」


無邪気に喜ぶクナイにシグは何とも言えず渋い顔をするしかなかった。そんなシグの肩にディーネがフワリと乗ると呆れたように話しかけた。


「バカね、ただの女の子が旅なんか一人で出来る訳ないでしょ」

「‥‥‥確かに」


分かっていたなら教えてくれても良かったのに。口には出さなかったが、目で訴えるシグにディーネは悪戯っ子のように笑みを見せた。


「でもシグ殿すごいっス! 自分手加減が出来なくて、稽古も最初の方しかみんな付き合ってくれなくて、最後の方は里でも長しか相手してくれなかったっス! 無傷とは恐れ入ったっス! 自分まだまだっス!」

「そ、そうなんだ。ちなみに長以外が相手したらどうなったの?」

「何人かシノビ引退したっス!」

「あっ、そう」


引退どころかこちらは人生終了だったんだが。舐めて能力を使わず人間シグスペックで挑んでこの有様なのに、シノビというのはよっぽど鍛えているのだろう。


「師匠ー! これから自分、誠心誠意尽くして師匠をお守りするっス!」

「‥‥‥おお、う」


目の前でマナに抱きつく女の子は、決して落ちこぼれという理由ではなく、本当に厄介だという理由で追い出されたのではないだろうか。


「さてさて、一段落したならお昼にしない? 用意してくれたニックは先に食べて休憩しちゃったけど」


相変わらず酒を飲み続けながらリイフォが四人に近づいてお昼に誘った。真っ先にクナイが飛んでいく。


「いやー、元気だねクナイちゃん。初めて見たけどシノビってのはすごいんだね」

「‥‥‥あまりに突発かつ予想外だったんで対応できなかったんですが、特に疑問に思ったりしないんですね」

「ん? ああ、シグっちの身体の事? まあ伝承通りだなあくらいにしか思わないけど。ニックには少し刺激が強かったみたいだね!」


ケラケラ笑い、何でもないように話す彼女もやはり底が知れない。


「ハァ‥‥‥世界って広いんだなぁ」

「何浸ってんのよ。さっさとお昼食べるわよ」


黄昏る暇も与えられず、ディーネに急かされ昼食をいただきに動いた。

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