#42
トントントン、と小気味よい調理の音がリビングに木霊する。料理のお店ではなかったが、ただの一軒家にしては立派な作りの厨房でニックが一人せわしなく動いていた。
「えっと、手伝ったりしなくて良かったんですか?」
「いーのいーの。お客さんにそんなことはさせないよー。ゆっくりくつろいでくつろいで」
「はぁ」
家主ではないはずのリイフォがそう諭し、それを体現するかのように柔らかなソファに身を沈ませワインを飲んでいた。
ワインは勝手にリイフォが家のどこかから持ってきて開けたものである。勝手知ったる家とばかりの様子は、二人の親身さを表しているのか。
「お二人は夫婦っスか?」
なんとなく聞き辛かった事をクナイが打っ込む。こちらの意図を察しての言動では決してないだろうが。
「あー、分かっちゃう? 実はーーー」
「んな訳ねーだろ! 全く違うわ! なんでお前も乗っかろうとしてんだよ!」
思わせぶりな態度をしたリイフォに厨房から激しい否定が飛んできた。
「俺達はただの腐れ縁だ。正確に言うなら上司と部下ってとこか」
「もー、照れて隠さなくてもいいのに」
「ふざけんな。俺はお前みたいなガサツで粗暴な女は願い下げだぜ」
「上司と部下‥‥‥という事はこの国で働いているって事ですか」
ギャンブラーと名乗っていたし、見た目もこんな感じだったので勝手に無職だと思っていたが。
「俺はな。こいつは在籍はしてるが、めっっったに働きゃしねえ穀潰しだ」
「ちょ、さすがに酷くない? ちょっっっとは働いてるでしょ」
グイーッとワインを飲み干し、反論になってない反論がゲップとともに吐かれた。
「その言葉をサキの前で言ってみろや。つかお前今日出勤だろ。俺は休みだけどよ、こんなとこでサボってていいのか?」
「そのサキちゃんにー、あとよろしくーって置き手紙してるから大丈夫」
「‥‥‥いつもの事過ぎて驚きゃしねーよ。頭は痛いけどな」
名前しか分からぬサキなる人物に、ニックだけでなく四人も同情した。その原因であるリイフォはワインが空になったため、次の酒を探しに行った。
「ニック殿は料理のお店で働いてるっスか?」
「いや、ちげーな。料理は、まあ、趣味だな。本職は‥‥‥そうか、リイフォから何も聞いてないのか。あー、簡単に言えばこの国の運営とか治安維持とかする仕事だよ」
「国の役人、という事ですか?」
「まあそうだな」
思ったよりも立場が偉そうな人達だったので驚く。
「なんだか、俺が知ってる役人とは違いますね。いや、悪い意味ではなく、ですね」
「他の国がどうかは知らないが、この国が異常なだけだよ。住人も役人も、まともな奴なんかいねぇからな」
「そうですか。でも、俺はニックさんの方が好感持てますよ」
「‥‥‥そうかい。ちなみにあのバカもか?」
タイミングよくリイフォが戻ってくる。抱えるようにして持ってきたのは瓶ではなく樽だった。
「‥‥‥悪い人では、ない、ですかね」
「おう。バカで最低なだけだ」
「なになに? 何の話?」
真っ赤な顔で嬉しそうに樽をリビングに運び終えたリイフォに、首を振って何でもないと答えた。
ニックが作った料理は、シグ達からすれば確かにこの国一番と言われてもおかしくない美味しさだった。
そもそも富裕層ではないシグには高級料理など口にした事はないし、マナやディーネ、それにクナイもそういった食事の経験がない。
だが、もし経験があっても、決して派手さはない一般的なニックの料理に、同じく素直に美味しいと告げたであろう。
「ご馳走様でした。とても美味しかったです」
「おい、しかっ、た」
「これがちゃんとした料理なのね。今まで私は料理もどきを食べさせられていたのね、シグ」
「‥‥‥今度から気をつけるから、睨まないでくれ」
「とっっっても美味しかったっス! 久々にお腹いっぱいで幸せっス!」
軽く十人前程あった料理が全て平らげられていた。中でも多く食べていたのはクナイとリイフォだった。
皿を片付けるのを手伝い、リビングで一息つく。
「じゃあ食後のお酒もらおっかなー」
「まだ飲むのかよ‥‥‥」
そう言いつつもニックは立ち上がると新たな酒と色鮮やかな果実水を持ってきて皆に振舞ってくれた。
「甘くて美味しいですね」
「アルベリーの果汁から作ったものらしいが、美味しいな。ちょっと甘すぎるが」
「えー、アタシもそれ欲しいなー」
「お前は酒があんだろうが」
こんなに大人数でワイワイ食事をするのはいつぶりだろうか。まるで長年付き添った家族のような不思議な空間だった。
「それで、今更だがお前達は何をしてこのバカに気に入られちまったんだ?」
ニックの問いかけに、チラリと視線がマナへと集まった。
「実はねー、この子があのオグヴァに勝ったんだ!」
隣に座っていたリイフォがマナを抱きながらそう答えた。
「‥‥‥くる、し、い」
「それは、すごいな。全くそうは見えないが‥‥‥」
「ははは、ギャンブラーは見た目では測れないもんだよ!」
「ふっ、そうだな」
苦笑。それは本心からリイフォに同意していた。
「そんな凄腕なら、やはりここに住むのが目的なのか?」
「いえ、まだ何も考えてなくて。ここに来たのもお金さえ払えば安心して過ごせると聞いたからで」
「まあ、間違いじゃないな」
「いいじゃーん! 住んじゃいなよ! 毎日退屈しないよ?」
「ギャンブル中毒者は黙ってろ。ここに滞在する大体の奴がこんな感じだからな」
そうはなりたくないが、ここに住むのも悪くはないと思える。
まだ五ヶ月しか旅していないが、それでも有効的に接してくれた種族は少なかったからだ。
「焦って決める事でもないだろ。もうちょい国の様子見たらどうだ? ギャンブルメインなのは否定しないが、物流は豊かだ。近くの市場なんかはいろんなもんがあって面白いと思うぞ」
「今日はもう閉まってるけどね、明日見てみなよ」
ニックとリイフォの勧めに頷いた。後は今日の宿となりそうな場所を探すだけだ。
「この近くに、出来れば安い宿とか知りませんか?」
「あ? 今から探すのも面倒だろ。ここ貸してやるから好きに使いな」
「えっ、いいんですか?」
「一人暮らしにゃ広すぎて余ってんだ。俺の部屋は二階にあるし」
どんだけいい人なんだ。無愛想そうな顔してとんだお人好しだ。
「じゃあアタシもここに泊まろうかな!」
「お前は帰れ。サキがここに突撃してくる前にな」
「‥‥‥はぁい」
ちょくちょく出てくるサキなる人はよっぽど恐ろしいのか、素直にリイフォは余った酒瓶をちゃっかり抱えて帰り支度をする。
「それじゃあ明日の朝に迎えに来るから一緒に市場を回りましょ! あと、君達タイミング良かったかもね」
「何のです?」
「レストニア王国って知ってるでしょ? 一ヶ月後に結婚式があるからって、その為の献上品を求めに王国の貴族の使いが買い求めに来てるの。だからいつもより珍しい品物が揃ってるからね」
少し間を置いて、尋ねた。
「‥‥‥結婚式、って、どなたの?」
「確か第二王女のルナリス? だっけ? お相手は有名な七王剣の‥‥‥いや、結婚するために返上したのか、元七王剣のユリウス・ディエライトだね」




