#41
場に出されたありえないはずのストレートフラッシュ。あまりにも信じられず、オグヴァは六つの目を血眼にして穴が空くほど見つめた。
もちろんそんな事をしたところでカードが変わるはずもなく。
「二十三回戦終了。マナ様ノ勝利デス」
ディーラーの手によりチップが移動する。
マナが58枚、オグヴァが42枚。
これで残り七戦全てをドロップで降りてもマナは最終的に51枚となり勝利確定である。
「‥‥‥俺様の目が間違ったとでも言うのか」
長年培われてきた観察眼。微細な変化すら見逃さず相手を丸裸にしてきたオグヴァの最大の武器。それが、最後の最後に判断を誤ったのか。
「間違い、なかっ、た。あなた、の眼、きちん、と、私の、変化、捉え、てた」
「‥‥‥まさか、気づいてたのかい嬢ちゃん」
カードから目を離し、対戦相手を再び捉える。そしてオグヴァは驚いた。先程まで六つの眼で捉えていた人物と、今目の前にいる人物がまるで別人のように変わっていたからだ。
もちろん本当にマナが別人になった訳ではない。姿形になんら変わりはない。
だがオグヴァにしか分からない、通常本人ですら自覚しない身体の自然で微細な動きが全く別物になっていた。
「驚いた‥‥‥本気で驚いたぜ‥‥‥そこまで自分の身体を、無意識に動くはずの部分までコントロールできる奴がいるたぁなぁ‥‥‥」
「‥‥‥難し、く、ない。七年、自分、の身体、しか、なかっ、たら、自然、と」
七年。閉じ込められた闇の中で、唯一知覚出来たのは己の肉体のみ。思考すら虚無に落ちそうな中、何よりも自分を自分と認識できるのはそれだけだった。
そんな普通ではない状態で自然と身に付いた悲しい特技である。
「フハッ! なぁに言ってるかわかんねーが、すげーよ」
驚きは畏敬へと変わる。つまり、自分は罠にかけたはずが、逆に罠にまんまとハマってしまった訳だ。
「つーことは、最初から演技だったのか。ガハハハ! 素人かと思ったらとんだペテン師じゃねぇか! 騙されちまったぜ! だがよ、俺様の手札が分からないのに結構な博打したな嬢ちゃん。最後の仕掛けの前に負けてた場合もあったのによ」
視線がオグヴァに向く。そういえば、勝負を始めてから初めて視線が合ったかもしれない。
じっとこちらを飲み込む赤い瞳の持ち主は告げた。
「あなた、と、同じ。私は、気配、で、分か、る」
「ッ‥‥‥」
自然と息を飲んでいた。同じ、だと。こちらが眼で相手を読んでいたように、目の前の化け物は気配で、眼で見ることすらせずに読み切っていたと言うのだ。
「こりゃあ商売上がったりだぜ。やめだやめやめ! ギブアップだディーラー!」
「オグヴァ様ノ降参ヲ受理。ヨッテポーカー三十戦終了。マナ様ノ勝利デス」
ディーラーが、オグヴァの賭けていたシグの全財産と、一つの小包を持ち上げマナへと手渡した。
身体の小さなマナには少し重かったか、受け取るとよろけ落としそうになるがなんとか耐えていた。
「マナ!」
「‥‥‥わ」
イカサマ防止の結界が解かれるとシグがマナへと駆け寄り抱きしめた。
「良かった、本当に良かった‥‥‥」
「‥‥‥う、ん」
心底ホッとするシグと、抱きしめられ、いつもの無表情を少し緩ませるマナ。
そんな二人をさらにクナイが抱きしめ、ようとするがもちろん身体の大きさが足りず二人にしがみつく形になる。ディーネはクナイの頭の上に乗っていた。
「うわぁぁあ! すごいっス! 勝ったっス! ありがとうっス〜〜〜!」
「やるじゃない。見直したわ」
「い、えい」
軽くブイサインで返す。そんな四人の後ろから、勝負に負けたオグヴァが声をかけた。
「約束だからな、にいちゃん。悪かったよ。こんなすげー嬢ちゃんが言うんだ。なら確かにあんたは情けない人物なんかじゃないんだろうよ」
「‥‥‥いや、どうも」
なんと答えたら良いものか、少しむず痒い気持ちでシグは曖昧に答えた。
「今日はもう上がりだな。酒飲んで不貞寝だわ。もう二度と会いたかないぜ全くよ。‥‥‥久々に悔しいぜ、ありがとよ嬢ちゃん」
それだけ告げると、振り返る事なくオグヴァは去った。勝負の場では勝つ為に色々と挑発的な発言をしていた彼だが、案外根はいい奴かもしれない。
「‥‥‥こ、れ」
マナがクナイへとある物を手渡す。それはクナイが大事だと言っていた、勝負で取り戻せた物。布で包まれた箱をマナから受け取ると嬉しそうにクナイはぴょんと跳ねた。
「ああああぁ! ありがとうございますありがとうございますっス! 師匠! 師匠と呼ばせて下さいっス!」
「え‥‥‥」
ぎゅぎゅっと抱きしめられながら師匠と呼ばれる事に戸惑うマナ。助けてくれとシグを見るが苦笑で返された。
「盛り上がってるのはいいけど、お客さんみたいよ?」
「ん?」
姦しく絡む二人を眺めていると、こちらの肩に移ったディーネから小言が。近く者へと視線を向ける。
「いやー見事な勝負! まさにスタンディングオベーション! だね!」
パチパチパチ、と口で拍手を送ってくる妙齢の女性。格好はとてもズボラであった。半袖の白地シャツに膝が破れた超パンという、なんともラフである。しかも両手に酒瓶という、是非とも関わりたくない人物だ。
「よし、そろそろ出るか。行こうみんな」
「う、ん」
「そうね」
「はいっス!」
「あ、君も当然のように来るんだね」
「ちょいちょいちょーい! 会って即放置プレイとか中々やるね! 逃がさんぞ!」
なんとかスルーしようとしたが回り込まれてしまった。よくあのスピードで酒を零さないものだと感心してしまう。
「いい勝負を見せてくれた礼だ! どうだい? 美味しい食事でも奢らせてくれないか? この国一番の料理を紹介しますぜ?」
ヒソヒソと怪しい話でもするかのように四人に耳打ちする。
「奢り‥‥‥」
「‥‥‥一、番」
「美味しい?」
「飯! 飯っスか⁈ 行く行く行くっス!」
女性の殺し文句は四人それぞれに効いたようだった。決まりとばかりに酒で赤い顔に笑顔を咲かせ、女性は案内を始めた。
地下を出てメインストリートに添い国の中心近くへ。ここまで来るとギャンブル施設でらなく普通のお店も割合が多くなってきた。
「そういえば、まだ自己紹介してなかったね。アタシはリイフォ。ここに住んでるギャンブラーさ」
歩きながらもググイと酒を飲み、ゲップまでするリイフォ。ダメな大人の空気しかない。ついていくのが不安になったが引き返そうものならもっと絡まれそうだ。
「でしょうね。えっと、俺はシグ。こっちがマナ。肩にいるのがディーネ。付いてきてるのがクナイだ」
「ご丁寧にどーも! みんな珍しい人達だね、多種多様な人達が住んでるここの中でも特に」
「そうですか?」
シグからすれば魔獣やモンスターそのものな見た目の者達が闊歩するこの国の住人達の方が珍しいが。
「そうだよ。ディーネちゃんは精霊さんでしょ? 後ろのクナイちゃんは表舞台には滅多に出てこないシノビっしょ?」
「へぇ、分かるんだ」
「えっ、何で分かったっスか⁈ ビックリっス!」
ディーネは少し警戒を、クナイは単純に驚きを返した。
「まあ結構長くこの国にいるからねー。分からない事のが少なくなったよ」
「ちなみにシノビって何ですか?」
「およ、シグっちはクナイちゃんの事知らないの?」
出会ってまだ少ししか経ってないのに距離感を一気に詰めて来る人である。だがそれが自然と相手に不快感を与えないのは人柄だろう。勝手な愛称にはつっこまず、答えた。
「ええ、何せさっき会ったばかりですので」
「そうなんだ! すごい仲よさそうだからビックリだ!」
あなたもそんな感じですけど、とは言わずにもう一度尋ねる。
「それで、シノビって言うのは?」
「私がお答えするっス! シノビとは主君に仕え主君の影となり主君に尽くす、超絶カッコいい仕事人っス!」
「ごめん、わからない」
ドヤ顔で説明してくれたが全く伝わらなかった。
「シノビって言うのは傭兵みたいなものさ。雇い主に仕えて、表舞台では出来ないお仕事、暗殺とか? を専門にする凄腕の者達の名だね。私も実物を見るのは初めてだけど、肌が褐色だし、衣装も独特だから見ればすぐ分かるよ」
「へ〜。確かに変な衣装だ」
「‥‥‥凄腕? この子が?」
「シグ殿! ディーネ殿! ひどいっス! 服は変じゃないし、腕も、ま、まあまああるっス!」
「じゃあ何かやってみせてよ」
「こ、この国ではそういった行為は禁止っスからまたの機会にお見せするっス」
ディーネの要望に汗を流してノーを出すクナイ。疑わしげな目は晴れることはなかった。
「ははは、面白い子だねクナイちゃんは。でも、シグっちにマナちゃんもだいぶ面白いよね。シノビよりレア、というか幻くらいの存在だよね」
流し目でシグとマナを見るリイフォ。その言葉にシグはゆっくりと問い掛けた。
「‥‥‥俺達の事、知ってるんですか?」
「ちょちょい、そんな殺気立たないでよ! 別にとって食おうって訳じゃあないんだからさ!」
グイっと、マナがシグの服を引っ張る。目が合うとマナは軽く頷いた。
「‥‥‥すいません、ちょっと、まあ訳ありでして」
「ははは、いいよいいよ。この国に訳がない奴なんていないくらいさ」
「それで、あなたは何を知ってるんですか? その、俺達の事」
「ん〜、まあ一般的には知られていないよね、その赤い瞳、《不死者》ってのはさ。御伽噺のような存在だよ」
綺麗だね〜、とシグに近づいて目を覗くリイフォ。
「付け加えて知ってる事は、《不死者》は世界でたった一人。その一人が魔王の奥さんだった‥‥‥て言う噂ぐらいだね」
「‥‥‥‥‥‥」
それはつまり、マナの母親の事だろうか。記憶には出てこなかった。マナを見るも表情に変化はなかった。気になったがここで聞く話でもない。
「だから君達が本物なのかどうかもわかりゃあしないけど、その赤い瞳はこの国以外では目立っちゃうから気をつけてね。特に魔族の間では赤い瞳は有名だから」
「‥‥‥本当に、分からない事が少なそうですね」
にひひ、と笑って誤魔化すリイフォ。この女性が何者かも気にはなるが、悪い人ではないというのはマナのお墨付きだ。信じよう。
「お喋りしてたら着いたね! じゃじゃーん! ここがこの国一番のお店だー!」
「え、ここ、ですか?」
リイフォが指し示したのは、両側を高い建造物に挟まれた、看板も何もない一見してただの二階建ての家だった。
「さ、入ろう入ろう! 邪魔するよー!」
シグの困惑など御構い無しに勢いよくドアを開けズカズカと中に入っていく。仕方がないのでその後に続く。
「ニック! いるんでしょ? お客連れてきたわよー! ご飯作ってー!」
室内は清潔感のある、だがやはりお店には見えない普通の一軒家だ。玄関から入ってすぐ大声でニックなる人物を呼ぶリイフォ。返事はすぐに返ってきた。
「だーーー! うるせぇーーー! 許可無く入ってきてんじゃねーーー!」
二階からドタドタと降りてきたボサボサ髪の男性が侵入者であるリイフォに怒鳴り散らす。
「え? 許可とか取った事ないけど?」
「あぁそうだな! 言っても聞かねーからな! あとここは店じゃねー! 誰でも彼でも連れてくんじゃねーよ!」
言い争う二人に、シグがおずおずと話しかけた。
「あの、お邪魔みたいなんで帰りますよ?」
「あん? 今日のはまた随分と若いのばっかじゃねーか。どっからこの国まで来たんだ?」
リイフォへの糾弾をやめると、打って変わって普通にこちらへと問い掛けてきた。
「えっ、ええと、カドレの森の方から、ですね」
「そりゃまた遠くから来たな。疲れたろ、特にこいつの相手はよ。立ち話もなんだ、リビングに案内しよう。あぁ、俺はニックだ」
「は、はい。俺はシグって言います」
他の三人も紹介しようとしたが、それはリイフォがマナとクナイを後ろから抱きしめて代わりにしてくれた。
「でねー、この子がマナちゃんにこの子がクナイちゃん。こっちがディーネちゃんだよ。さっきお友達になったんだー」
「そうか。すまんな、こいつ気に入った奴を強引に友達にする変人なんだ。迷惑がわりに大したもんじゃねーが、飯ご馳走するよ。付いて来てくれ」
本当に申し訳なさそうにニックはシグ達をリビングへと案内した。こちらはマナに確認するまでもないくらいにいい人だと分かった。